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第28回:夜中に悔いやむお兄ちゃん

「お兄ちゃんてば、あれからどこいってたの。事務室まで探しにいったんだよ。なにか人に言えないようなことしてたんじゃないでしょうね?」

「あ、わるい、わるい。トイレの個室で人知れず発奮(はっぷん)状態にあった」

 ばちん、と一発。千歳の本気のビンタは、結構痛い。

 今は放課後。部活も終わり、帰宅途中。部活にいそしんだ少女の肌はわずかに汗ばみブラウスがへばりついて、なんともそそられる……とか言ってると、本当に変態の烙印(らくいん)を押されてしまうので程々にしておこう。


 俺が死神になろうと思ったのは、本当言うと、この世に未練があったからだ。トラクターに轢かれた勢いで成仏してしまったものの、俺は千歳のことが心配だった。実妹ではないが、俺にとっては子供の頃から一緒に育ち、それに近い感情を持っていた。千歳は二親ともあまりうまくいってなかったから……。

 俺は死神になれば現世に行く機会もあるって聞いて、試験勉強を始めた。もしかしたら大学受験よりも一生懸命だったかもしれない。死神の仕事の暇を見て、千歳の姿をチラッと見に行く、ずっとそれを考えてた。

 なのに。その考えが(よこしま)だったからなのか?

 ふざけたことに、俺は、千歳を殺さなければならない。

 それじゃ、本末転倒じゃないか。

 なんでだ。なんで、千歳が死ななきゃならない?


 俺は全ての責任が自分にあるように思えて、そうではないのに、己を殴った。


 なぜ、死神が存在するのか。

 昔、小説で『不気味な泡』と呼ばれる死神の話を読んだことがある。その死神は女性がもっとも美しい瞬間にそれ以上醜くならないよう殺すのだ、という。

 現実は少し違う。これは実際死神試験の勉強でもしないと理解しにくい世界運営の概念が関わってくるのだが、生者でも理解できるようにごく簡単にいうと、死神の仕事は魂の保護だ。ふとしたきっかけで壊れてしまう魂を、壊れる前に回収するのが役目なのである。『不気味な泡』の話とは似ているようで、かけらも似ていると思わない。

 

 久しぶりに会った千歳はとても幸せそうに見えた。少し寂しいくらいに。

 俺には、千歳の魂が壊れるようにはとても見えない。

 ……そう、見えないのです。思えないんです。どうしても。

 神よ、なんだか、納得いきません。


 千歳の家に帰り、千歳のつくってくれたパスタを2人で食べる。俺は別に食べる必要はないのだが、食べることも可能だ。死した人間に貸し出される体は、そこにありながらそこになく、死んでいながら生きているように活動できる便利なものである。久方ぶりの千歳の手料理は、控えめに言っても、かなりしょっぱかった。

「これ、ミネストローネか? 本当はミソスコシトローネなんじゃないか?」

 千歳が泣きそうになる気配を察知したので我慢して全部食べきった。やばい、高血圧になりそう。昨日は冷凍食品でよかった。死神とはいえ、千歳の料理は辛い。てか、最近の子は料理できなすぎ!

 風呂上りにはトランプをした。トランプのスピードは苦手だ。反射神経が身に合わない。銀行も大貧民も神経衰弱もダメだ。やっぱ、男ならババヌキだ。……いや、やっぱパーティーゲームは2人でするもんじゃないよ。

 ちなみに俺の髪が濡れているのは風呂上りだからだ。千歳の入浴をのぞいてお湯をぶっかけられたからではない。そんなノビタ君まがいなことはしてないんだ、うん。……それにしても、最近の女子高生は発育が良いな。

 千歳は朝練の習慣があるから十時には消灯する。病院のような生活リズムだ。千歳は深夜番組を見たりしないらしい。俺が生きていた頃には朝まで見たもんだったがねぇ。明日は、部活はないってことなんだから夜更かししようよ。

「ダメ。リズム崩すと直すの大変なんだから」

 まじめなのね。いやん。お兄ちゃん疎外感。

 月明かりが窓から注ぎ、目さえ慣れれば明かりを消しても結構明るい。千歳はベッドに横になり、俺は壁に背を預けて月を見上げた。いつもと変わらないはずなのに、月はいつも以上にぼんやりとしていた。

「……お兄ちゃん、起きてる?」

 眠っていたと思っていた千歳が不意に声をかけてきた。

「……死神は寝ないんだよ」

「それじゃ……夜が長いね。どうしてるの?」

「そうだな……千歳の寝顔を眺めながらいけない妄想を膨らませて……」

「あっそ」

「ああ、呆れないで!」

 千歳はジト目で見つめてくる。

「だってさー、お兄ちゃんふざけてばかりなんだもん。あ、でも本気なんだったらトイレに行ってね。部屋汚されたら困るし」

「千歳ってさ。案外さらりと言うようになったな。成長したんだなー」

 俺のいない二年間。妹のような存在だった千歳は知らぬ間に成長していて、歳の差も縮まっている。なんだか、結構、驚きだ。

「それは……お兄ちゃんのせいだよ」

 少し責めるように千歳は言う。俺がいなかった間に成長したんだろうに。千歳はそう言ったきり何も言わず、俺はまたしばらく月でも見ているかと思った。

「……寒くない? 変なことしないって誓うなら布団入ってもいいよ」

 今は二月。夜はそれなりに冷え込むが、俺の身体は寒さを感じない。正確には寒くないわけではないが、前言ったとおり特別製なのである。だが、俺は千歳に約束して布団に入った。

「久しぶりだね。一緒に寝るの。子供の頃は、よくお昼寝したよね」

「リズムが崩れるんじゃなかったのか?」

「……寝るけどさ。でも、少し話してもいいじゃん。お兄ちゃんのバカ」

 俺は馬鹿かもしれない。千歳は精一杯普段の自分であろうとしている。自分がもうすぐ死ぬことを知って、それを意識しないようにしている。

 千歳は寝付けないようで何度か姿勢を変えた。

怖くないわけないのだ。まだこんなに若いのにいきなり死ぬことを予告されて、普通平静ではいられない。だってのに、千歳は自分を押さえ込んでるのに。俺はろくにフォローもできてやしない。妹のように思っているってのに、口ばかりじゃないか。

 眠った千歳の頬にセクハラして、俺は千歳を起こさないようそっとベッドから抜け出した。思い通りに物質を透過できるから、そのままガラス戸もすり抜けてベランダに出る。

(俺は死神失格だ)

 神から授かった使命をまっとうする気にはどうしてもなれない。むしろ、そんなのくそくらいだ、なんて思ってしまうのだから。

 星の瞬きも月の輝きも俺を責めているように見えた。だが、俺は千歳を守りたいと思う気持ちを止められなかった。いや、止めたくなんてないんだ。

 俺は千歳に「さいなら」して、空へと向かった。


 たとえ俺が消えても千歳は幸せになりますように。

 生前は一つとして殊勝なことをしてこなかった俺の、素直な気持ちだった。


 それはあたかも贖罪(しょくざい)のような。

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