第23回:耳に痛い言葉
翌日、私は早くから学校に行った。昨日、やたらと寄り道して帰った余韻が残っているようでなんだか朝から楽しい気分だった。今日なら矢も的にあたるかもしれない。
校門を通ってまっすぐに道場へのコースを辿る。石のタイルが敷き詰められた道を歩いていると、横の植木から、
「おはよう♪ 千歳ちゃん」
「……おはようございます。斯波君」
にこやかな笑顔が癪に障った。思えば、間接的にこの人が原因の一端を担っていたのだ。
「やだなー。敬語は使わないでって言ったじゃないか」
「でも、今は同じ学年でも年上の方ですから……だから半端にでも敬語を」
「……あら〜、知ってたんだ。僕、留年してること」
私はこくりとうなづく。斯波君は照れるようにはにかんでいた。
「でも、留年なんてたいしたことじゃないから。気にしないでよ。大事なのは個人個人さ」
さいですか。
「朝、早いんですね」
「まぁね、宇留間君。朝練やってるのたま〜に見にきたりするし。あ、ところで、こないだの返事きかせて」
「返事はもうしたじゃないですか」
「変更なし?」
「ありません」
ちぇっと、また口を尖らせる斯波君。なんなんだろう。この人。
「斯波君には宇留間先輩がいるじゃないですか」
「宇留間君は……あんまり相手にしてくれないんだもん。つまんないよ〜」
「……私じゃなくても、斯波君と付き合いたいって娘はたくさんいるでしょう?」
斯波君はうーんと考え込むような姿勢を見せてから、私に向き直り、なにげない風に言ってきた。
「うーんとね、やっぱ、ダメなんだ、そういう子。僕ってば自分勝手だからさ。自分に利益があるような人としか付き合いたくないんだよね」
「私は違いますよ」
「いいや、違わないよ。目を見てればわかる」
「見ないでください」
「……君は優しいよ。自信を持っていい。きっと君の知らないところで、救われている人がいる」
私は斯波君を押し飛ばすように振りほどき、走り去った。突拍子もない、わかったような口を利く斯波君の言葉を聞いていられなかった。昨日の今日で。
私の知らない人を救っても、実感なんて湧かない。私は、自分の回りにいる人を、救いたい。
優しい口説き文句が耳に痛かった。