第20回:波乱の予感
暑さもあって私が妙に疲れた気持ちで教室に戻ると、網澤さんが待ち受けていた。
「ねーねー小林さん。斯波君となんの話だったの?」
「聞かせて聞かせて〜」
網澤さんの後ろには数人の女子も詰め寄ってきていた。
「え、別になんでもないよ?」
と私が言うと、
「なんでもないってことないでしょー、ねぇ?」
「じゃなきゃ斯波君が話しかけてくるわけないもん」
「白状しなさいよー」
矢継ぎ早に言ってくる。
なんだろう、なんなんだろう、この人たちは。
私になにかを期待している。なにかの感情にとらわれた目で、私を見ている。
網澤さん達が一様に怖い。
私を囲む女子全員が同じ物体に見える。そういえば、みんなおかっぱの髪だ……。おかっぱーずだ。
「なんで黙ってるの? あたしらには話せない理由でもあるの?」
「あたし達友達じゃん。ねぇ、話してよー。隠すことないでしょ」
「ほらぁ、休み時間終わっちゃうって。早く早く」
ありのままには話せない。そういう事態なのだと、私は薄々察していた。私は鈍い方だから、あんまりこういうことに免疫がなかった。
「え、えーと……ね」
「早く言いなよ」
という目でみんなが見ていた。私は、宇留間先輩のときとはまた少し違う圧迫感を感じていた。
「別にいいじゃん。プライベートでしょ、そんなの」
水をかけるように私達の耳に届いたのは、児島さんの言葉だった。
網澤さん達が一斉に振り返る。児島さんは机についたままの姿勢で、読書をしていたようだったが、本から視線を上げて、さもつまらなそうにこちらを見つめていた。
「なによ。児島さんには関係ないでしょ」
「そーよ。横からさぁ、口出さないでくれる?」
「水さされるとさー。迷惑なんだよね。マジうざいんだけど?」
(ちょ、ちょっと言いすぎだよ……)
マシンガンのように言い攻める網澤さん達。児島さんと彼女らの間に、険悪なムードが流れる。児島さんはわずかに眉をひそめる。
「あなたたちこそ関係ないでしょ。くだらないこと聞いてないで、席つきなよ」
「なによ。うざいって言ってんだけど、耳まで悪いの、児島さん」
「これだから三中出身はやだよねー」
「人の迷惑とか考えないんだもんねー。あーやだやだ」
歩み寄りのない論争。溝は深まるしかない。
「……あ、あの!」
私は空気を断ち切ろうと声を張り上げたが、掠れてしまって、一度声を整えた。
「……斯波君は私の落とし物を届けにきてくれただけだから。本当。ね、もう、ターミネーター来るよ」
私の言葉を皮切りに、みんなはそれぞれの席に戻って行った。
とりあえず、この場は乗り越えたけれど、騒動はこれで終わりとはいかなそうだった。