第16回:雨時々楽観視
土曜日の正午。
週五日制になって数年経つ。今週は日曜が部活動の日で、土曜は予定がなかった。私は特に用もないのに制服を着て学校に行った。いまだに、土曜は休日だという認識が薄くて変な気がしていたりする。だからというか、制服を着るとなんだか落ち着く。
やっぱり休日だから学校に人気は少なくて、いつも騒がしい学校と違和感がある。でも、私は早朝の学校を知っているし、こんな学校の雰囲気も嫌いじゃなかった。
道場に着く。タン、と心地よい快音が響いてきた。貼りなおしたばかりの新しい的に矢が命中するとこんな音がする。私にはちょっと縁遠い音だ。続けて響くあたり、すごく羨ましい。
私はこっそりとドアから中を覗いてみた。
(やっぱり)
宇留間先輩だった。Tシャツにジーパンというとても武道に似つかわしくないラフな格好で弓を射っていたけれど、表情は真剣に弓に打ち込むそれだった。
と言っても、いつも通りの仏頂面だけど。
宇留間先輩が毎日朝早く道場に来る理由は、なんのことはない、練習のためなのだ。そして、私や他の女の子がいるとすぐに帰ってしまうのは、自身ではとても大事な、そしてとてもくだらない理由があるのだ、きっと。
宇留間先輩は最後の一本も命中させた。全部の矢が命中することを『皆中』と言って、これはすごいことだ。入部以来一本も当たらない私は一体何年かかることだろう。
「よっしゃ!」
私は声を張り上げて言い、続けて皆中を称える拍手を送った。命中したら「よっしゃ!」と言い、皆中には拍手を送るのが部活内の礼儀である。他の学校では「よし!」って、叫ぶ言葉が違ったりするけど、私は「よっしゃ!」と言う方がなんだか体育会系みたいな味があって好きだったりする。
宇留間先輩は私に気がついていなかったようで、驚いて私を振り返った。
一連の動作が終わるまでは乱しちゃいけないのに、先輩も弓道を修める者としてはまだまだだ。その証拠に、今の宇留間先輩はなんだか驚きと仏頂面とが混じっていて、歌舞伎の人がやる見得を切っているような、変な顔だった。
「……お前」
「先輩。私、先輩なんてすぐに追い抜いてみせますからね」
「……は?」
「だから、逃げてないでちゃんと練習しないと、あっという間に私が勝ってしまいますからね!」
私は自信満々に言い切った。
仔猫達は公園に捨てられて、死んでしまった。捨てられたりしなければ、あるいは生きられたかもしれなかった。飼い主の無責任な行動に、たまらなく腹が立った。
けれど、私は、仔猫達を悲しむ反面、同じくらい人を信じたかった。
仔猫達を捨てた飼い主には、どうしようもない理由があったと思いたかった。もしかしたら、捨てる気もなくて、ああなってしまったやむをえない状況があったのかも知れないと。
そんな考え、バカだと思う。自分のこと、普段だったら鼻で笑うかもしれない。
でも、心が重くなったときくらい、私はバカでいたい。
バカになって、笑っていたい。
たとえば、人のことを憎しみの目で見てしまう人の、良心を信じてみたり。
「……言ってろ。バカ」
呆れた顔してそれだけ言う宇留間先輩。
「ええ、私はバカですから♪」
私は陽気に答えた。
……人を信じることは幸せ。
……ほら。
今は全然怖くない。
ここでこの章も終わりです。