第13回:土砂降りの中のバラード
気分の落ち込んでいるときに面倒なことは重なるもので、私は授業を終えると担任の井尻に呼び止められ、プリントをまとめる作業を手伝ってくれるよう頼まれた。
私は早く部活に行きたかったが、強く拒否できるほど私は強気な性格でもなかったので渋々承知した。つくづくクラス員なんてなるものじゃないと思った。今度はチョコジャンボモナカ四個もらってもやらないぞ。
プリントを順番に並べてホッチキスで止めるというだけの単純作業を延々と続け、学年分終わった頃にはもう大分遅い時刻になっていた。こんなに遅くなったのには理由があって、私の他にこの作業に従事する人は先生を含めて三人しかいなかったのだ。
「なんかみんな用事があるとか言って断られちまったよ」
井尻先生の言葉で、私は自分がお人好しなのだと知った。貧乏くじゲッターとも言う。
どんよりとした黒い雲が空を覆っていた。
もう部活動も終わっている時間だ。少しでも顔を出そうかとも思ったが、きっと本当に顔を見せるだけで終わってしまうだろう。行けないかも知れない、とは小春に伝えておいたし今日は帰ろうと思った。
今にも降りだしそうな空模様。今日は天気予報に騙されて傘を持ってきていなかったから、本格的に降る前に帰りたかった。だから、今日は公園を突っ切る道を通って帰ることにした。この道は私の帰路では近道なのだが、鬱蒼と茂った林の横を通らなければならないし、たまにスネ毛丸出しの変質者が出たりもするので普段はあんまり使わないことにしていた。
ぽつぽつと微小な雨粒が手の甲にあたった。
私は空を見上げ、それが落ちてきたものだと確認した。そんなことするまでもないことなんだけど、なんとなく。白と灰色の絵の具をふんだんに使った雨雲が早駆けに流れていく。
私は早く帰ろうと歩を早めた。けれど遅かった。まもなく、大粒で冷たい雨がバケツをひっくり返したみたいにざーっと降ってきた。
まだ家まで十分近くの道のりを行かないといけない。帰宅する頃には下着までびしょびしょになっていることだろう。私はうんざりとして、急ぐのをやめた。急いでも、きっと水溜りにすべって転んでしまうだけだ。誰もいない公園を歩きながら、雨宿りする場所を探した。
公園中央からやや外れたあたりに外灯が立っている。すぐそばにベンチが一台あって、そこには一体誰の仕業か随分前からビーチパラソルがベンチを守るようにささっている。どこかの誰かに感謝しつつ、私はそこでしばらく雨をしのいでいこうと駆け寄った。
一息ついて、鞄を青いベンチの上に置く。あらかじめ雨避けカバーをつけておいてよかった。教科書やノート類が濡れたら、目も当てられない始末だ。
髪を伝い滴り落ちる雨粒を払って、しばらく雨の風景を眺めていた。ざーっと、同じ音が間断なく続いていて、なんだか世界が雨降りに包まれているようだった。
そんな風に考えながら、ぼんやりと視線をさまよわせ、ふと、私はベンチの下に何かが置いてあるのに気付いた。茶っぽいそれはダンボール箱のようで、中を薄汚れた桃色の毛布が覆っていた。
(……捨て猫かな?)
私は安易にそう思った。ダンボールと毛布とセットで置いてあるものといったら私はそれ以外思いつかなかった。もしかしたらホームレスの隠し財産とか、青少年の情熱のはけ口とか、捨てアリゲーターである可能性もありうるのかもしれないけれど、私はそっち方面の想像はしたくなかった。
毛布をめくってみた。
焼き色のついたポテトみたいな色が見えた。三毛模様のようにも見えた。猫だと確信して、私は毛布をめくるのを続けた。
私は雨降りを忘れた。
ダンボールの底には新聞紙がひかれていた。そこに、まだ産まれて数日しか経っていないだろう茶っ毛の仔猫が三匹ごろんと寝転んでいた。可愛くて、ぬいぐるみみたいだった。目を閉じていて、夢を見ているようだった。ちっちゃなお口の前に小指を差し出したら、カプリと噛り付いてくれそうだった。
でも、動かない。
もう二度と動かない。
命の灯火はもう消えてしまっていた。