第10回:お兄ちゃん邪推する
昨日、お兄ちゃんが哀しいほどうっかり口をすべらした後、お兄ちゃんは観念したのか事情を説明してくれた。
要するに、私は明後日のバレンタインの日に死ぬことが決まっていて、お兄ちゃんは死んだ私の魂を天国に運ぶのが仕事だということ。
なんだかわからないけど、私の死後の処遇はもう決まっているらしい。
「名誉な事なんだぞ」
と、お兄ちゃんは言ったけど、いきなり身内に死の宣告されて、なにが名誉なんだか。すごく急だし。
お兄ちゃんには軽い調子で合わせておいたけど、私は結構ショックを受けている。
まだ、全然やり残したことも、未練も、たくさんあるのに。こんな若い身空で死にたくはない。悲劇のヒロインなんてガラでもない。
正直言うと、お兄ちゃんが嘘ついていることもありえる。
そもそもあのお兄ちゃんも私の幻覚ということもありえるけれど、それは私の精神状態が危ないって事だろうか。問題の一つは解決するけど、それはそれで嫌なので考えないことにする。
お兄ちゃんが嘘をついているとしても、その理由がわからない。
お兄ちゃんは確かに突拍子もない戯言を吐いたりするけれど、くだらない冗談と下ネタ以外は理由もなしに人を傷つけたりしない人なんだ。
「ほ〜れ、ほれ♪ 千歳〜♪」
「……なにしてるの、お兄ちゃん」
私の口から出た声は思いのほか硬かった。
「千歳のラブリーアロー、刺さっちゃった♪」
安土に行った私を待ち受けていたのは、私の矢がお尻に刺さったかのようなポーズをとって喜んでいるスーツ姿の男だった。
……泣きたくなった。
「やめてよ、お兄ちゃん恥ずかしいでしょ!?」
私は安土の横にある、射終わるまで待機しているための場所で、道場にいる宇留間先輩に聞こえないよう声を押し殺して怒る。
「え、大丈夫だって。俺、意識すれば千歳以外には見えなくなれるから。昨日説明したべ?」
確かに確認もした。目の前でパイプくわえてマッカーサーの真似しているお兄ちゃんにはまったく気づかずに、私の両親は黙々と寝る準備をするだけだった。
「でも、恥ずかしいの!」
私が訴えると、お兄ちゃんは渋々ながらわかってはくれたようだ。
口の先とんがらせて、むくれ気味だけど、そんなの私がしたいくらいだ。
「いい? お兄ちゃん。お兄ちゃんもこの世は久しぶりなんだろうからあちこち見回ってもいいけど、絶対に騒動とかは起こさないでよね」
「えー、心外! お兄ちゃんそんなことする人に見える〜?」
「……見えるから言ってます」
「……俺って思ってる以上に信用ないのね」
矢についた土を手ぬぐいで拭う。
私に元気を出させようとして、わざといつも以上……いや、いつも通りかな、ともかくはしゃいでみせるお兄ちゃん。
それはわかるけど……でも、今の私はそんなに余裕はないのかもしれない。
ごめんね、お兄ちゃん。笑ってあげられなくて。
もう少ししたら、一緒になってはしゃぐから……だから……。
「なぁなぁ、あの男、千歳の彼氏か? だとしたらやめとけやめとけ、千歳にはもっとこーお兄ちゃんみたいなやつが似合うんだって! うん、間違いない!」
……だから、今は黙っててくれる?
「あのねぇ、お兄ちゃん? 宇留間先輩が私の彼氏なわけないでしょう? それは間違い。不正規。奇想天外も良いところよ!? 思いつきでもそんなこと言わないで! お兄ちゃん!」
「……わ、わかった」
一気呵成に言い募り、お兄ちゃんの風船より軽い口を黙らせる。
お兄ちゃんは私の勢いに押されてか、すごすごと私の後ろをついて来る。
……まったく、もう。なんて邪推をするんだろう。
宇留間先輩が私の彼氏だなんて……そんなのあり得ないじゃないか。
「……でもさ、だってさ」
「なによ、お兄ちゃん」
鬱陶しくいじけるお兄ちゃん。私は歩く速度を緩めない。
「だって、二人っきりで一緒に朝練じゃん。お兄ちゃん、ちょっと羨ましかったんだもん」
……。
……。
……はぁ。
「そんなんじゃないんだよ。お兄ちゃん、本当に」
「本当に?」
「本当に」
私は言い切ってしまう。
だって、本当に、私と先輩はそんな関係じゃないんだ。
私があれだけ悪いイメージを持っていた宇留間先輩と時々朝練を共にするようになったのは、とある経緯があるからだ。
それを全部話すとなるとちょっと長くなるんだけど……。
まぁ、まだ始業の時間までには時間もあるし、練習の合間にぽつぽつ語るとしよう。