第1回:ごくありきたりだと思っている女子高生の日常
もうすぐバレンタインである。
日本におけるバレンタインのイメージというと男の子達は執拗に机の奥や靴箱をしらべたり休み時間中妙にそわそわ視線を送ってきたりして、女の子達は朝から早起きして一日中チョコを渡す機会をドキドキうかがったりするって、そんな日なわけである。
日毎思いの募るあの人に、胸のうち底深く秘めたる想いを告げる。
甘い甘い雰囲気の、女の子の一大イベント。
たとえ製菓企業に植えつけられたイメージと言われても、胸の鼓動は止まらないし止められない。
バレンタイン・デー。
この日、恋する女の子は最高に輝くのだ、なんて思ったりする。
かくいう私、小林千歳もバレンタインに向けてチョコの準備をしながらあれこれ甘〜い夢想をしちゃったりしている少女の一人である。
今日も私の部屋で親友の冴香と一緒にどんなチョコレートを作るのか計画を練っていたりする。
「あー、これなんかいいんじゃない? フォンダンショコラだっておいしそー♪」
「ダメダメ、千歳にこんなんできっこないって。発音も悪いし」
ディスクの上に置かれたパソコンのディスプレイに映る画像を指差しながら言う私に、茶々をいれるのが児島冴香。
私と同じ私立出鱈目高校に通う一年三組出席番号三五番の女の子だ。
「そんなのやってみなけりゃわかんないじゃん」
「ムリムリ。目玉焼きが全部スクランブルエッグになるぶきっちょじゃあねー」
冴香は室内だっていうのにかけたまんまのサングラスをぐいと持ち上げて見せるとふふんと笑う。
うわ、なんか腹の立つ。
「なによ。別に成分が変わるわけでもないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ。でも、普通のチョコならまだしも、あんたが作って型が崩れたショコラを想像してごらんよ」
言われて、え〜と、と想像する私。
ぱっと思いついたのはちょっと不恰好と言えなくもない星型。
「…別に、普通でしょ?」
「本当にぃ?」
猜疑に満ちた口ぶりで言ってくる冴香。動揺する私を見て取って、冴香はメモ帳の切れ端にさらさらと何かを描く。
「あたしの予想だと、十中八九こうなるね」
冴香から差し出された紙片を受け取り、
「どうでもいいけど、ふがし食べるのよしたら?」と冴香。
「だって好きなんだもん。ふがし。百円均一で売ってるやつ。セブンのはダメ」
「…そのこだわりはどこからくるやら。だってさ、なんか、ふがしってアレを連想しない?」
「ほふ? アレってなに?」
ふがしを口いっぱいにくわえて小首をかしげると、
「アレってのは……その…ごめん。あたしが悪かった」
なんて軽口叩きながら冴香の絵を見ると、私は思わずふがしを取り落とした。
「…げ!」
そこには、お食事中には決して口にしてはいけない類のものがえぐいほどリアルに描かれていた。
どろどろのフォルム。ところどころ飛び出ているナッツ。混ざりきっていない卵黄なんかが余計にハエの大好物を連想させる。
そうだ。冴香は美術部だった。
そのことを思い出しながら私はショコラ作りはやっぱりやめとこうと決断した。
…しかし、なにもこんなものまで細かく描写せんでも。
「…冴香、とりあえずこれからこの手のことは口で伝えてね…」
「イメージ伝えるには絵描くのがいいのよ」
「あんたのは強烈過ぎるの! 具体的に言うとおばあちゃんにやすきよ漫才を見せるくらい?」
「どんなたとえよ…」
私が声を荒げても冴香はふがしをかじりつつ肩をすくめて見せるだけだった。
「インパクトが強いのは結構なことだと思うけど」
「インパクトにも色々あるでしょうが」
そう口に出した自分の言葉に私はため息をかぶせる。
そう。
インパクトもものによりけりなのだ。