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流星雨  作者: 大畑里志


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流星雨

将来、月面基地が建設されるような時代でも、月面は過酷な世界ではないかというイメージで、短いですがサバイバル劇を書いてみました。

『位置設定用ビーコン、確認。No.1、No.2,No.3、No.4、OK』

 標準の手順に従って、測量の準備を進めていく。

 宇宙服の中に、呼吸音だけが静かに響いている。

 おれは、月面のシャックルトンクレーター付近に作られた日本月面基地に勤務している作業員だ。


 今日は、第2基地建設計画の基礎調査として、現在の基地から約10㎞離れたここで、ひとりで測量作業をしている。

 ドローンがあれば作業はもっと楽なんだが、ここは月面。空気がないからプロペラのドローンは当然使えない。

 ガス噴射式のドローンもないわけじゃないが、滞空時間が短かすぎて、長時間の作業には使えないのだ。


 測距儀を立ててバイザーを覗き、もう一度ビーコンを確認する。

『よし、問題なさそうだ』

 それぞれのビーコンの位置の座標を測定し、順にタブレットに記録していく。面倒だし原始的な作業だが仕方がない。


 作業が一段落したところで、ヘルメット内部のインフォメーションディスプレイを確認した。

 自分の心拍、呼吸数などのバイタルデータ、一番大事なエアタンクの容量、基地との通信状態、すべて問題なしだ。

 作業の進捗を基地に連絡する。

「こちら岡本。日本月面基地、応答願います。どうぞ」

「こちら月面基地。進捗はどうだ。どうぞ」

「現在、第1地点の測量完了。これから第2地点に向かいます。どうぞ」

「了解。岡本、安全第一で頼むぞ。気をつけてな。どうぞ」

「ではこれから移動します。またあとで。通信終わり」

 ビーコンを回収し、測距儀を月面ジープに積んで移動の準備をする。


 その時だった。

 20mほど前方の地面に閃光が走り、砂煙が上がった。そのあとには直径2mくらいの浅いクレーターが出来ている。

『なんだ一体?』

 と思った矢先、また近くに同じような閃光とクレーターが現れた。

『流星雨だ!』

 と気がついた。

 宇宙に漂う小さな塵が、月の軌道と交差し、月面に降り注いだのだ。

 塵は数mm程度の大きさだが、月面に衝突する速度は、秒速数十kmにもなる、直撃を受けたらただでは済まない。

『ジープの陰に身を隠さなければ』

 と思い、移動しようとした瞬間、右腕に焼けた鉄の棒を打ち込まれたような鋭い痛みが走った。

 とたんに、シューという音がして、宇宙服から空気が漏れ始めた。

 空気漏れのアラート音が、ヘルメットの中に響き渡る。

 おれにも塵が当たったのだ。


 宇宙服の緊急バルブが肩から少し下のあたりでドーナツ状に膨らみ、減圧を抑えているが、このままにはしておけない。

『減圧を止めなければ!』

 右腕は真空にさらされている。このままにしておけば凍結し干からびた腕は切断しなければいけなくなるだろう。

 腕の痛みも忘れ、脇腹あたりにある作業用のポケットから、応急修繕用の粘着パッチを急いで取り出す。

 おれの腕を貫通した塵は、右の二の腕の裏側に当たって、肘の内側あたりに抜けたようだった。おれはまず侵入側にパッチを貼ることにした。


 10cm四方くらいの大きさのパッチを、左手で持ち、苦労して裏紙をはがすと、激しく痛む右腕をできるだけ上げて、塵が入った穴の位置を確認し、パッチを貼りつけた。

 肘の側の出口の方は、破損が大きく、3cmくらいの穴になっている。宇宙服の内部が見え、おれの腕もかなりひどく傷ついていた。出血もひどそうだが、今は穴をふさぐことが先だ。

 肘の側には粘着パッチを3枚使い、なんとか空気漏れの音が小さくなるまでの状態に出来た。

 しかし、アラーム音はまだ消えない。

 なるべく早く基地に戻らなければやばいことになる。


 次は止血だ。

 ジープの工具箱を探って使えそうなものを探す。

 長めのタイラップを2本つないで宇宙服の腕に回せる長さにしたものを2つ作り、二の腕の少し上あたりできつく2重に縛った。

 宇宙服は多層構造でかなり固いのでどれだけ効果があるか分からないが、気は心、何もしないよりましだろう。


 ここから基地までは10kmある。徒歩での移動は少々きつい。空気が持つかも心配だ。

『ジープで移動できれば楽なんだが』

 ジープの状態を確認してみる。

 案の定、ジープも損害を受けていた。

 フロアに1か所10cm近い穴が開いており、床下のバッテリーのセルが損傷を受けている。

 ほかにも計器盤がやられており、通信設備が完全に破壊されていた。

 この通信設備は、宇宙服とリンクしており、それで、10km離れた基地とも連絡が取れるのだ。宇宙服自体の通信機能しかない今の状態では、基地に相当近づかないと通信ができない。

 つまり、助けを呼べないということだ。

 それより、問題なのはジープのバッテリーの状態だ。

 損傷していない計器で確認すると、バッテリーの容量は20%と出た。これでは動けてもせいぜい4~5kmがいいところだろう。

 残りの距離は徒歩で行かなければいけないということだ。


 今の状況を整理してみた。

 空気漏れは完全には止められていない。エアの容量は約50%だ。これは時間とともに減り続ける。利き手の右腕の出血もひどいし、肘を負傷してほとんど動かせない。ジープのバッテリーは予想で移動可能距離約4km。残りの6kmは徒歩の移動になる。地球上よりも重力が小さいから、多少は早く移動できるだろうが、怪我をした身体では確実に30分以上はかかるだろう。その間、漏れ続ける空気がもつかどうか。

 そして助けは呼べない。

『けっこうギリギリの状況だな』

『これはぐずぐずしていられんぞ』


 そう判断したおれは、直ぐにジープを発進させた。

 破損したバッテリーのセルは外した方が安全だが、片手でそんなことをしている余裕はない。時間が惜しい。


 基地の方角は、慣性航法でこの地点まで移動してきた時の記録がある。それを逆にたどっていけばよい、それにほとんど直線だ。

 幸い、ジープにそのほかの異常はないようで、走行は正常だった。

 それにしても腕の痛みがひどい。油断すると意識を失いそうになる。

 利き手でない左手一本でハンドルを操作するのももどかしかった。


 ジープの速度は約20km/h、バッテリーが切れるまで恐らく12分というところだろう。

 そのあと徒歩での移動は25分程度というところか。

 その間も宇宙服のエアの容量は減り続けている。今は45%だ。


 とうとう、ジープが動かなくなった。稼いだ距離は4.5km。残り5.5㎞だ。

 ジープを降り、歩き出す。

 今のエアの容量は40%。

『ほんとにギリギリだな』

 作業用の装備から、電波を発信できるビーコンを持ち出した。

 基地の方から、ビーコンの電波を受信してくれるかもしれないと期待して。


 ジャンプして移動するのはどうかと、試しにやってみた。

 確実に歩くのよりは早いが、着地の衝撃が右腕にきてつらい。それに、心拍が上がるし、エアの消費量も多くなるのが問題だった。

 ジャンプ式はしばらく控えることにした。


 ひどく痛む右腕をいたわり、細かい砂の地面をバランスに注意してなるべく速足で歩く。

 15分くらいそうして歩いて、エアの容量は25%を切った。

『これはかなりやばそうだな』

 まだ、基地の影は見えない。

 どのくらい距離があるのかも見当がつかない。

 腕の痛みも耐え難くなっている。

『もうあと10分で基地が見えなかったら、その時はお陀仏かもな』

 そう考えながらも、一歩ずつ歩を進める。

 5分ほどして、

『いちかばちかだ』

 そう思って、ジャンプ式で進んでみた。一歩、二歩、ジャンプで視点が高くなるときに、基地の影が見えないか期待しながら。


 エアの消耗が多くなり、15%まで減ったが、その時、遠くにたしかに基地の影が見えた。

 おれはうれしくなり、一層歩を早めた。

 ジャンプ式をやめ、出来る限りの力を振り絞って走り続けた。


 基地の影が次第に大きくなり、ついにエアロックが見えた。

 しかし、もう少しでエアロックに手が届くというところで、エアの容量は5%を切っていた。

 ほとんど呼吸するのが困難な容量になってしまった。

 おれは、力なくエアロックに近づき、ロックの扉にすがるようにして、左手で扉を叩きつづけた。

 弱弱しく扉を殴打するおれの耳に、基地の隊員たちの声が宇宙服の近接通信機から遠いこだまのように聞こえてきた。

「今開けるぞ」

「よくがんばったな」

 内側から扉が開けられ、おれは基地に収容された。そしておれは意識を失った。


 目を覚ますと、医療ベッドの上だった。

 傍らにいた隊長が話しかけて来た。

「ほんとに危なかったぞ。出血がひどくて、酸素もギリギリだった。ビーコンの電波も受信できたのは良かったな。ほんとに運が良かった。腕も元どおりになるそうだ。何と言っても流星に当たるなんて、何億分の一の確率だからな。強運だよ」

 おれは、隊長に簡単に礼を言うと、

『強運か。でもそれを引き寄せたのはこのおれ自身なんだ。ちゃんと戻ってきたんだからな。幸運の女神さまにお祈りでもするか』

 と考えながら、またベッドで眠りについた。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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