第30話 設定ファイルは分かりやすい場所に置きましょう
「今後もこの場所で暮らすつもりですか?」
ネルシアの発言はそういう意味になります。
彼女は海の巫女として仲間を守っていたはず。
ですが、翼人たちと暮らすうちに、情が湧いたということでしょうか?
「いいえ。それも違います」
しかし、ネルシアは私の言葉も否定しました。
まあ、それはそうでしょうね。
彼女が仲間や妹を見捨てて翼人たちと暮らすとは考えにくいので。
「あの魔物、最近までは海にいたんですよね?」
「はい。なので、神様の御力で海人族たちを隠していました。それがバレてはいけないので、あなたも帰せませんでした」
「それです。私たち海人族は、神様にお守りいただいていました。ですが、翼人たちは違うのはなぜでしょう?」
痛いところをついてきますね。
たしかに、神様の行動はともすれば海人族を贔屓しているようにも見えるでしょう。
ですが、神様には神様の御考えがあり、どの種族をも贔屓することはありません。
それは、魔物でさえ同じことです。
ならばなぜ今回は、海人族たちを守ることを選んだか……。
その理由を話すには、神様の想定外であることをまた言わなければならない。
……あまり言いたくはありませんが、隠すほうが信仰に影響が出そうですね。
「魔物やあなたの転移は神様の御意思ではありません。あくまでも事故のようなもの。であれば、事故であの魔物が海人族たちに接触するのは神様の本意ではありません」
そこが海人族たちと翼人の違いです。
あの魔物はイレギュラーとはいえ、もともとは翼人たちがよく知る魔物の仲間。
あの魔物が翼人たちと戦うのは、ある意味では自然の摂理ともいえるでしょう。
ですが、海人族は別。本来、海人族たちの付近にあんな魔物が出現するなどありえません。
神様の想定していない転移が原因なので、その被害に遭わないために海人族たちを守ったというだけのこと。
これは優遇や贔屓などではなく、想定外への対処でしかありません。
「まあそういうことなら仕方ないのかもしれないな。あの魔物、俺たちが知っている魔物が強くなって生まれたんだろ? 海人族には無関係だ」
「なら、俺たちで対処すべき問題ということか……」
オルンは納得し、セファも異論はないようです。
ですが、あの魔物の存在そのものが神様にとっては想定外。
海人族たちのように住居を隠して守るとまではいきませんが、神様はこちらの問題もなんとか解決しようとしてくれています。
「いいえ、そこで最初の話に戻るわ。私はまだ帰らない。帰れない。海人族だけ匿ってもらって、あなたたちがあの魔物に襲われるのを見過ごせない」
「……いいのか? あの魔物は強いぞ」
「ならなおさら私が必要でしょ? 巫女様。いいですよね?」
難しいものですね……。
ここで翼人も匿えば、神様は魔物のみを迫害していることとなる。
翼人に手を貸さなければ、想定外の魔物から救わなかった神様と認定され、海人族のみを優遇したことになる。
神様が目指す世界の均衡、誰もが納得する世界なんてものは存在しないのかもしれません。
だからこそ、神様はせめて御自身が納得できる均衡を目指し続けるのでしょう。
なら、私にできることは……。
「いいでしょう。神様には私から話を通します。ネルシア、オルン、セファ。あなたたちは、可能な限りあの魔物から時間を稼ぎなさい」
その間に、神様がきっとあの魔物について調査を終えてくれます。
調査さえ終われば、いつものように奇跡の力で私たちを変えてくれるはずです。
それまでの間、あの魔物の被害を減らすことだけを考えましょう。
「ただ、厄介なのはあいつがダンジョンに戻ってしまったことだな。こんなことなら、もっと魔物狩りをしておくべきだった」
「仕方ないぞセファ。あの魔物を警戒すべきというお前の発言は間違っていない」
「そうね。あの魔物がいなかったなんて、あの時点の私たちにはわからなかったことだから」
彼らは、私のようにがむしゃらに魔物を倒して強くなることも難しいでしょうね……。
やはり、神様がいかに早くあの魔物の調査を終え、どのような処遇を決めるかが鍵となるでしょう。
◆
ここかあ! 見つけた!
魔物個人だけを調べても一向に見つからなかった。
魔物の生態系に調査対象を広げてもまだ駄目。
そりゃあそうだよ! だって、あの魔物この世界とは別の場所に設定値があるんだもの!
「疲れた」
あ~……。本当に疲れた。
っていうかさあ、こんな状況絶対におかしいよね。ありえないよね。
これはもう、確実にこの世界だけの問題じゃない。
別の場所というか、別世界にあの魔物の情報があるなんて、他の神々が手を回さない以外ありえないもの。
「じゃあ誰が……」
わかんないなあ。私にわざわざ嫌がらせをする価値があるとは思えない。
神々なんて、私みたいな低位の神はあざ笑うだけで、嫌がらせする価値まであると思ってないでしょ?
にしては、手の込んだ嫌がらせ……。
いや、もしかしてこれも片手間?
私にとってはだいぶ面倒だし、この設定値の書き換えはまだできないけれど、これをやった神にとってはそうでもないってこと?
「……負けない」
くっそ~! だったらなんとかしてみせるもん!
どんな理由の嫌がらせかわからないけどさあ。思い通りに笑われてなんかやらないんだから!
……いや、笑われるのは別にいい。私を笑いたければ好きにすればいい。
でも、ここは私の管理世界だよ。たとえ荒廃していても、たとえみすぼらしくても、この世界は私が導くんだ。
だから……うん、そうだね。要するに私は怒っているんだ。
うちの子に手を出すなんて、他の神が相手だって許してやらないから!
「神様、ただいま戻りました」
「お帰り、ちょうど区切りがついた」
いいタイミングだね。さすがは私のリオラ。
それとも、私が落ち着くまで待っていてくれたのかな?
この子は賢くて優秀でかわいいから、それくらいはしてくれるかもしれない。
「さすがは神様です! では、あの魔物はどのように対処しますか? 意図しない進化だったとして、元の魔物に戻しますか?」
それはなあ……。
この謎の神の権限を引っぺがして、そこから設定値を変更しなくちゃいけないんだよね?
たぶん、私ではかなり時間がかかる。いや、さっき決断した通りでそれしかないなら絶対にやるけどね!
ただ、その結果があの魔物にとってどんな結末をもたらすかな?
元に戻すってことは、今ある知性を失うってことだよね?
たしかに私が意図したデバッグではないよ。だけど、だからといって知性を奪うのは正解なのかな。
今から元に戻すという宣告は、あの魔物の自我を変更して殺すようなものなのでは?
神の罰としてしまえばそれまでだけど、罪もない子に罰を与えるのは違う気がする。
「会ってみようか」
「会う……? あの魔物に、ですか?」
「うん」
リオラが心配そうにこちらを見つめてくる。
まあ、ずっとリオラに任せっきりだったからねえ。私の世界にいる子たちのことは。
あまり馴れ馴れしく会話するつもりはないよ。その方針は今でも変わらない。
だってこの世界は私が管理しているけれど、あの子たちのものなのだから。
だけど、ほんのたまに会うくらいなら許容範囲でしょ。
神様として一度くらい顔見せしてもいいとは思うんだ。
そうだねえ。百、いや千年に一回くらいは?
それか、落ち着くまではもっと頻繁に、数年に一回とかは会っちゃう?
「で、では! せめて私が事前に通達いたします! あの者たちに、神様に無礼がないように言いつけますので!」
「……任せた」
そうだね。急に神様がやってきても困るだろうし、リオラに事前に言ってもらったほうがいいかも。
さすがは私の巫女。とても頼りになるしかわいい。
それじゃあ私は決めておかないとね。あの魔物をどうやってこの世界の枠組みに入れるべきなのかを。




