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討伐された邪竜は異世界で"最愛"を知る 〜龍神となった俺と、供物となった少女の話〜

作者: ふくまる
掲載日:2026/07/09

ふと思い立って和風ファンタジーを描いてみました。

久しぶりの短編です。

どうぞ最後までお楽しみください╰(*´︶`*)╯♡

「この世に災いをもたらす憎き邪竜め! この偉大なる大魔術師カサンドラ様が、天に代わってお前を封印する!!」


 俺の最後の記憶は、そこで途絶えた。


 雨を降らせ、

 魔物を討ち、

 人に請われるまま、三千年。

 この力を振るい続けてきた。


 その結果が、「邪竜」……か。

 俺は薄れていく意識の中、自嘲気味に笑った。


 その後は、暗く狭い場所で身動き一つ取れない。


 ——人はいつも勝手だな。

 それでも、そんな人の営みを、俺は嫌いになれなかった。


 もういい。

 ここらでゆっくり眠るのも悪くない。


 ……だが、もしも一つだけ願いが叶うのなら。

 次に生まれ変わる時は、誰かの側で生きてみたい。

 たった一人でいい。

 俺を好きだと言ってくれる存在。

 そんな誰かと出会えるのなら、きっと大切に大切にするのにな——。



◇◇◇



「龍神様、最近日照りが続いています。どうか、村に恵みの雨を降らせてくだせえ」



 長い微睡み(まどろみ)の後、誰かの祈るような声で意識が浮上した。

 ……誰だ?何を言っている?

 ……ここは、どこだ?


「良いか、さくら。龍神様のいうことをよく聞いて、しっかりお仕えするのだぞ」

「龍神様のご機嫌を取って、村の役に立てよ」

「はい。今まで育ててくれてありがとうございました」


 何だ?

 外であいつらは何を言っている?


 大勢の人が去っていく気配を感じ、俺は様子を伺おうと頭を上げた——え、動いた!?

 おお、体が動く!

 どういうことだ?封印は解けたのか?


「あ」


 突然、扉らしきものが開けられ、暗い室内に光が差し込んだ。

 眩しさに一瞬目が眩み、ギュッと目を閉じる。

 恐る恐る瞼を開けると、そこには小さな人影があった。


「……龍神様、ですか?私、さくらと言います。く、供物として龍谷村より捧げられました」


 三つ指をついてぺこりと頭を下げる人間の子ども。

 艶のない黒髪、痩せこけた体。

 供物としては、かなり貧相な部類に入るだろう。


「供物として捧げられたと言ったな?お前は俺に何を望む?」

「雨を。村に雨を降らせてください!みんな雨が降らなくて困ってるんです」

「その願いを叶えたとして、代わりにお前は何を差し出す?言っておくが、俺に人喰いの趣味はないぞ」


 雨か。魔法が使えれば造作もないが、果たして封印前と同じ力が振るえるかどうか。

 そもそも、この子どもといい、この建物といい、文化様式がかなり異なる。

 『龍谷村』なんて地名は、俺の記憶の中にはどこにもなかった。


 ……それにしても、俺はいったいどれほどの間眠りについていたんだ?

 あの忌々しい大魔術師は、まだ生きているのだろうか……。

 あの国の奴らは、あの後どうなったのだろう——。


「あ、あの!私、家事は得意です!お掃除もお洗濯もできます」

「俺にそんな世話は必要ない」

「あの、じゃあ、美味しい木の実や山菜が採れる場所を教えます」

「俺はそんなものは食わん」


 子どもが目に見えてしゅんとしてしまった。

 意地悪に聞こえたのだろうか……。

 でもなあ、俺が今欲しいのは——。


「そうだな、俺は目覚めたばかりなんでな。情報が欲しい」

「情報?」

「ああ、質問するから知ってることを答えろ」


 そうして、話を聞いてわかったのは、ここは『日本』という国で、人は米を作り、時々山の獣を獲って暮らしているということ。移動は徒歩か牛が引いた荷車が中心。住んでいる土地を守る神様というものがいて、供物を捧げ、災害や苦難から守ってもらう風習があるようだ。


「とすると、俺は差し詰め『水の神・龍神』てとこか」

「はい。私の村では、毎月龍神様にお供えをして、村を守ってもらっています。ただ、今月は日照りが続いてて……。それで、特別な供物を捧げて助けてもらおうってことになりました」


 ……『特別な供物』って——子どもかよ。

 この世界の道徳、いったいどうなってるんだ。


 はあ、それにしても、随分古典的な暮らしをしているようだ。

 魔法や魔道具といった概念すら存在しない世界とは。

 ——大魔術師め、どうやら俺を封印した上で異世界に飛ばしたな。


 ……さて、どうするか。

 そういえば、さっきから普通に会話ができるんだよな。てことは、念話は使えているということか。

 いや、自動翻訳の魔法が発動している?

 てことは、他の魔法も使えるかもしれんな。


 ——どれ。


 俺は立ち上がって、魔法を試すため外に出ることにした。


「ん?」


 そこで初めて気づく。

 ——俺、人型になってる!?


「子ども、お前の目には、俺がどんな姿に見える?」

「え?あの、背が高くて、真っ白な長い髪がキラキラ輝いてて、強そうなお姿をしています!」

「人に見えるか?」

「はい。あの、とってもきれいな大人の男の人に見えます」


 ハハッ、面白い——俺は、『人』になったのか。

 俺は子どもに付いてくるように言い置き、扉から外に出た。


 そこは、それほど大きくはないが、丁寧に手入れされた社のようだった。五段ほどの階段を降りると、掃き清められた広場がある。その奥には、神域を示すしめ縄が張られ、外界との境を知らしめていた。

 

 「ほお」


 俺は内心で感心していた。

 古いがきちんと手入れが行き届き、今出てきた扉の前に置かれた供物台には、村で作られているであろう作物や布が置かれている。恐らく、信仰の対象として、龍神は大切にされているようだ。


 「龍神様、どちらへ行かれるんですか?」


 子どもが後を追って出てくる。

 

 「そうだな、今からここで、ちょっとした実験をしようと思う」


 そう言って、危ないから離れているようにと指示を出す。


 目を閉じ、体内の魔力を探る。

 あった。

 ——これなら、できそうだな。


 俺はそのまま魔力を練り、右手に魔力を集めた。


「ハイドロ・ストーム」


 そのまま右手を宙に挙げた。

 ——その瞬間。

 真っ青だった夏空に、黒い雨雲が広がった。


 ポツ。

 ポツ、ポツ、ポツ。


 真っ黒な雲から次々と雨粒が落ちてきた。


 ザーッ。

 ザーッザーッ。


 やがて、雨粒は激しい雨となって降り注ぐ。


 「わあ!」


 子どもが嬉しそうに声を上げ、両手を広げて広場に駆け降りて来た。


 「雨だ!雨だ!」

 「龍神様、雨だよ!雨が降ってきた!」


 弾むような声。


 「ふむ。問題なさそうだな」

 「龍神様が降らせてくれたんでしょう?ありがとう、龍神様!」


 弾けるような笑顔で濡れるのも気にせず、子どもは俺の周りをぐるぐると走りだした。

 

 「ルル、ララ〜」

 「恵みの雨、優しい雨、癒しの雨〜」


 楽しそうに、歌い出す子ども。


 「何だ、その歌は?」

 「昔、お母さんがまだ生きていた頃、雨が降ると歌ってくれた歌だよ」


 そう言って、子どもは喜びいっぱいに歌った。

 優しい音色、温かな声色。

 慈雨——そんな言葉がぴったりな雨の歌だった。


 「子ども——いや、さくらという名だったな」

 「うん」

 「お前、これからも俺にその歌を聴かせろ」

 「え?」

 「先ほどの、対価の話だ。俺が雨を降らせるたび、お前は歌を歌え」


 さくらがキョトンとした顔で俺を見上げる。


 「そんなんでいいの?」

 「ああ、それがいい」


 こうして、俺の異世界龍神ライフは始まった。

 この小さな同居人、さくらと共に。

 

 ◇◇◇


 「龍神様〜起きて!もう朝だよ」

 「ん〜」


 「もう、龍神様、ちゃんと起きて!今日はお布団干したいんだから、どいてください!」

 「ん〜」


 あれからしばらく経ち、俺とさくらの生活も落ち着いてきた。

 さくらは毎朝水を汲み、飯を作り、掃除をし、洗濯をする。

 俺を起こし、身だしなみを整えさせ、一緒に朝食を摂る。


「それは箸ですよ。ご飯を食べる時に使う道具です」

「魚を獲る道具ではないのか?」

「違います!こうやって持って、こう使うんです!」


 この人型の体にもずいぶん慣れ、さくらの手を借りて人の営みなるものも学びつつある。

 食事前後の挨拶や着物の着方など、人の文化に関わるものから、食べられるものと食べられないものの見分け方など、生きていくために必要なことまで。


「このキノコは食べられますが、こちらは毒です」

「ほお、それならコレも食べ物か?」

「違います!それは洗濯板——着物を洗う時に使う道具です!」


 俺は、生まれて初めて”人から教わる”という体験をした。

 

 こんなにもしっかりしているのに、さくらはまだ十歳だという。

 この世界では十五歳からが大人で、それより下は子どもなんだそうだ。


 さくらは子どもにしては物知りだった。

 だが、なぜ子どものはずのさくらに、これほどの生活力があるのか。

 なぜ子どものはずのさくらが、供物として捧げられることになったのか、俺にはよくわからない。


 人の世は、まだまだ分からないことだらけだった。

 

 先日、雨を降らせた後、以前の姿に戻る方法を見つけ、リバイアサンとなって空を駆けた。

 さくらの村——龍谷村の上空を飛ぶと、たくさんの子どもが家から飛び出してきた。

 どの子も皆、肌艶も良く、子ども同士で楽しそうに野山を駆け回っている。

 ——なるほど、これが本来の子どもの有り様なのだろう。


 ならば、さくらにもそのような時間を作らねば。


 一度、さくらに尋ねてみた。

 さくらの親や友達はどうしているのか、と。

 さくらは悲しそうに俯き「親も友達もいない」と答えた。


 ならば、どうするか。

 どうすれば、さくらが村の子どものように過ごせるのか——俺は答えを探し続けた。


 別の日、俺はいつものように雨雲の中、空を駆けていた。

 すると、雨に濡れた子どもの髪をやさしく拭く母親の姿が見えた。

 それから、野に咲く花を差し出して、微笑み合う若い夫婦の姿も。


 なるほど。

 家族とは、ああして過ごすものか。


 俺は、家に戻り、さくらに花を渡した。

 それから、さくらの髪が濡れた日は、俺が拭いてやることにした。


 さくらは嬉しそうに笑ってくれた。


 さくらと会ったあの日以降、雨は定期的に降らせている。

 雨を降らせると、いつもさくらは嬉しそうに歌を聴かせてくれた。

 

 俺は、さくらの歌が好きだった。

 聴くたびに、どんどん好きになった。


 ◇◇◇


 あの日から五年。

 十五になったさくらは、すっかり娘らしく成長していた。


 ある日、俺がいつものように空から戻ると、見慣れない男が社の前に立っていた。


 さくらと、何やら話し込んでいる。

 俺は人型に戻り、しめ縄をくぐった。


「龍神様」


 さくらが振り返った。

 ——なんだ、その顔は。


 いつもと同じ顔のはずなのに、どこか違って見えた。

 頬が薄く色づき、目には羞恥と戸惑いの色が見える。


「村の者か?」


 男に声をかけると、男はびくりと肩を震わせ、深く頭を下げた。


「は、はい。龍谷村の庄屋の倅で、健太郎と申します。その……さくらに、求婚しに参りました!」


「求婚、だと?」


 俺は無言でさくらに視線を移した。

 さくらは少し困ったような顔で俺を見ている。


「健太郎さんが……私を嫁にもらいたいそうです」


 しばらく、俺は何も言えなかった。

 ——嫁。


 その言葉の意味は知っている。

 確か、俺たちで言う(つがい)のことだ。

 そうか、さくらも(つがい)を探す年頃になったのか……。


「……そうか」


「お、俺は、子どもの頃からさくらが好きでした。供物に選ばれた時も、本当は止めたかった」


 男が吠えるように続ける。


 「龍神様には感謝しています。いつも雨を降らせていただいて……ですが、俺はさくらを愛しく思っています。だから、どうかさくらを返していただきたい!役目から解放して、人並みの幸せを掴む機会を与えてほしいのです!」


 男はその場に膝をつき、頭を下げた。


 「……解放、か」


 絞り出すように答えた。

 それ以上、何も言葉が出てこなかった。


 さくらは「考えさせてほしい」と言って、男を村へと帰す。


 男が帰った後、さくらは縁側に座って空を眺めていた。

 俺は少し離れた場所に腰を下ろし、同じ空を見た。


 夕焼けが、橙色に雲を染めている。


「龍神様、私が嫁に行ったら寂しいですか」


 さくらが静かに問う。


「……寂しい、とはどんな感情を指すんだ?」

「……その人がいなくなると考えた瞬間、胸にぽっかりと穴が空くような気持ち……ですかね?」


「疑問形なのか?」

「私だって、想像で言ってるんです」


 さくらが黙って俯いてしまった。


「昔尋ねた時、お前は『親も友達もいない』と言っていたな。その時、そう感じたのか?」

「いいえ。私、母の歌は覚えているんですけど、それ以外のことは全く覚えていないんです。友達と言えるほど親しかった人もいませんでしたし……」

「では、あの健太郎とかいう男とは、親しくしていなかったのか?」

「そうですね。庄屋様の息子として、私のことを気にかけてくれていたとは思います。でも、今回の話を聞くまで、まさか好意を寄せられているなんて、思ってもいませんでした」


 悲しそうにそう笑うさくらを見て、俺は胸が締め付けられた。


 「俺は、お前を”解放”すべきか?」

 「……」

 「あの男と生きることが、お前にとって幸せなのか?」


 さくらが静かに首を振った。

 

 「ならば、断れ。さくら」

 「え?」

 「お前は、俺のものだ。お前の歌が聴けなくなるのなら、俺はもう雨を降らせない。だから、お前は俺を選ぶしかない」

 「ふふ、何ですか?その理由」


 さくらの瞳に明るい光が戻る。

 そして、強くまっすぐな眼差しで、俺の目を見つめた。


「私、ずっとここにいていいですか?誰かのそばで生きるなら、私は龍神様のそばがいい」


 俺はしばらく言葉が出なかった。

 やがて、どこかから風が吹いてきた。

 さくらの艶々の黒髪が、ふわりと揺れた。


「——ああ」


 俺は小さく、そう言った。

 さくらがふわりと笑う。

 俺も、つられて笑った。



◇◇◇


 あれから月日は流れ、俺は、相変わらずさくらと暮らしている。

 毎朝俺を叩き起こし、飯を作り、向かい合って一緒に食べた。


 俺は雨を降らせ、空を駆けては、きれいな花を見つけてさくらに摘んで帰った。

 家に着くと、さくらが髪を拭いてくれ、また雨の歌を聴かせてくれる。


 以前と変わらない、穏やかな日々。


 だが、一つだけ変わったことがあった。

 ——それは、時折起こる胸の痛みだ。


 痛みは、さくらが出かけている時や、俺が一人で空を駆けている時にやってきた。

 胸に穴が空いたように苦しくなって、でも、さくらの顔を見ればすぐに治まることが続いた。

 

 最初は、病かと疑った。だが、この体にそんなものはない。

 ならば、これは何だろう。

 そう悩み続けた時、ふと、以前さくらが話していたことを思い出した。

 

 寂しい。

 ——これが"寂しい"という感情か。


 さくらの傍を離れると寂しい。

 一人になると寂しい。

 さくらに会えないと寂しい。


 そうか。

 あの男は、この感情を”愛しい”と呼んだのか。




 雨が止むと虹が空にかかる。

 俺は家の外に出て、さくらと二人、並んでいつも虹を眺めた。


 ある時一度だけ、虹が消えてしまうまでのわずかな時間に、さくらがいつもと違う歌を聴かせてくれた。


 「これはね、『さくら』っていう歌なんだ」

 

 優しい調べ、さくらと同じ名の歌。

 

 いつの間にか、涙が溢れていた。

 そのことに、自分で驚く。

 俺にも涙はあったのか、と。


 ——かつて、俺は邪竜と呼ばれ、封印されたのち、異世界に飛ばされた。

 だが俺は、いつだって人のために生きてきたつもりだった。

 今でも自分の何が悪かったのか、分からない。

 裏切られ、切り捨てられたのだと理解したあの時ですら、涙の一雫も出なかった。


 さくらが心配そうに俺の顔を覗き込む。

 俺は、「大丈夫だ」と言ってさくらを抱き寄せた。


 さくらの肩がぴくりと跳ねる。

 けれど、身動きすることなく、そのまま俺の胸に顔を埋めた。


 涙が一筋、静かに溢れる。

 ずっと欲しくて、ずっと焦がれてきたものを、俺は今、腕の中に閉じ込めている。



 俺は、誰からも愛されない孤独な竜だった。


 そんな俺が願った、たった一人の存在。

 ——俺を好きだと言ってくれ、俺の傍に寄り添ってくれる大切な人。


 あの日願った望みは、

 もう、とっくに叶っていた。


 頭の中で『さくら』の歌が響く。


 俺は、これからもずっと大切に大切に想っていくだろう。

 生まれて初めて手に入れた、俺の最愛。

 ——温かくて、やさしい、この『さくら』を。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


実は以前から、「龍神」を題材にした物語を一度書いてみたいと思っていました。

日本各地に残る龍神信仰。その起源が、もし異世界で封印された魔法を使う生命体で、この世界へ流れ着き、人々と共に生きるうちに信仰として根付いたものだったら——そんな空想から生まれた物語です。


楽しんでいただけたなら嬉しいです(*´∇`*)


***


『メンタルつよつよ令嬢ハルカはガリガリ王子をふくふくに育てたい!』も連載中です!

興味のある方は、こちらもぜひ読んでみてくださいませ(*´∇`*)/

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