こんなひどい18歳の誕生日ある?
こんなひどい18歳の誕生日ある? さっきまではそう思っていた。
そもそも誕生日の朝食からして酷かった。
「エリザベスっ、今日はお前の18歳の誕生日だなっ!」
「はい、お父様」
父の声がいつも以上に厳しかった。公爵としての威厳というより、怒鳴り散らすしか方法を知らないのだけれど。
「魔法は使えるようになったのかっ!まさか18歳になったというのに使えないなどという報告をするつもりではないだろうなっ」
「申し訳ありません、お父様。まだです」
この世界では誰でも10歳の洗礼式で一つ魔法を授かるのだけれど、私は魔力不足のため使用不可と司祭様から告げられたのだ。前例のないこととあって司祭様も困惑の色を隠せなかったことは今でもはっきりと覚えている。
「ふざけるな! このシェイフィール家の恥さらしがっ」
すでに食事を終えていた父は椅子を後ろに投げ飛ばすと、扉をバタンと勢いよく閉めて食堂を後にした。
「全くこの義娘は愚図なんだから」
義母はいつも通り嫌味をぶつけてくる。義母は父が母と結婚するまえからの恋人関係なのだけれど、子爵家の三女という身分の差というよりは金の亡者という性格の悪さで、父の家族から結婚を反対されたのだ。そして、同じ公爵家で年が近い母と政略結婚させられ、私が生まれたのだ。
その母も3か月前に病で天に召されたのだけれど、母と結婚後も義母との関係は続いており、ここぞとばかりに、先週義母と再婚したのだ。
「ああ、可愛そうな義姉様。本当は魔法が使えないことがお父様に知られてしまいましたね?」
侮蔑の顔を見せたのが腹違いの妹、フリージア。私の1学年下で氷魔法の使い手。
初めて見かけたのが学園の入学式。男性に媚びを売るような言動が目に付く印象だった。まさかそんな彼女が異母妹とは思いもよらなかった。
で、昨日からそのヨルグ王国王立アカデミーは春休みに入った。私はすでに卒業が決まっており後は卒業式とその後のパーティーを残すのみとなった。卒業後の進路も決まっている。
この家で過ごすのもあと僅かかな。今後の準備に追われながらも、部屋から外を眺めてみる。
花壇ではチューリップが春の訪れを告げるかのように花を咲かせている。
ピンクに黄色、紫と様々な色にあふれ実に美しい……あれ?
目に入ったのは、四阿で紅茶を飲むフリージアと婚約者である第二王子のアルフォンス様。
なんで? 尋ねてくるなんて聞いてないし、突然訪ねてきたにしても私に挨拶がないなんておかしいわね。
ちょっと!
私は思わず大声をあげそうになった。フリージアは、クッキーを手に取るとアルフォンス様の口へと運んだのだ。これは明らかにマナー違反。でもアルフォンス様はそれを受け入れた。
さらに二人は顔を寄せると……。
私はショックのあまり倒れてしまった。そして盛大に頭を床に打ち、気を失った。
「エリザベス・フォン・シェイフィール。いえ小日向芽衣さん」
何もない白い空間、ただ女性の声だけが空間に色を成す。
「こひなた……めい……ああっ」
そこで私は思い出したのだ。前世の記憶を。私は日本で生まれ育ち、29歳の時、仕事の帰りにトラックに轢かれたのだ。
「異世界転生ですか?」
そんなにアニメやラノベは読まない方だけれどそれでもそのくらいは知っている。
「ええ。そうよ。亡くなったあなたの魂をこちらの世界に呼んだの」
そんなことできるのって……。
「神様ですか?」
「まあ、そんなところかしら」
「どうしてですか?」
理由が分からない。別に前世が何か特別だったわけではないのに。
「貴女の腕が惜しいから」
「ありがとうございます」
これは職人に対する最高の誉め言葉だ。
「貴女が生前使用していた工房を呼び出す魔法を授けます。但し、膨大な魔力が必要なことと、生前の知識が悪い大人に悪用されるのを防ぐため魔法も記憶もしばらく封印します。貴方が魔力を身に着け、大人として動けるようになった時に解除できるようにしておきましょう」
「ううっ、頭がっ……」
気が付くと私はベッドに運ばれていた。そして枕元には鬼の形相の父がいた。怪我人に対する労りの心というものが無いのだろうか。
「エリザベスよ! フリージアに当たり散らすとはどういうことだ!」
私は思わず耳を疑った。頭を打ったショックでまともに会話ができないのだろうか。いえ、残念なことに身に覚えのない理由で糾弾されているのだ。
「私は別に」
そんなことするわけがない。
「言い訳は結構よエリザベス。魔法が使えない貴女がフリージアに嫉妬するのはわかるけどやっていいことと悪いことがあるでしょう」
「義姉様、いくらアルフォンス様の愛情が冷めたからと言ってわたしに当たるのはするのはいかがかと……」
義母は私の言葉を遮り、義妹は上目遣いで父に媚びた。
「自分の非を認めないだけでなく、その行いすらも認めようともしないとは言語道断。誕生パーティーはお前抜きでやるぞ」
父は私を信じてくれなかった。父からすれば、私は愛のない正妻との間に出来た娘。片や義妹は最愛の女性との間に出来た待望の娘。その私情が判断を狂わせている。
どうしよう? 濡れ衣を晴らす? とてもではないけど説得できそうにない。部屋に監禁された私に今できることといえば?
ますは魔法を試してみることにした。
「ええと…オープン」
頭に浮かんだ詠唱はなぜかこれだった。
手をかざすと、大きな木製の扉が出現した。多分、この先が工房なのだろう。
扉を開くと、中には材料となるガラスから、割り出しの道具や摺りに使うダイヤモンドホイールなど江戸切子を作るのに使う道具が何から何まできちんとそろっている。
「すごい。日本と全く一緒。これなら作れる!」
この世界で江戸切子を作れるなら、路頭に迷うことはないよね。濡れ衣を晴らせなくても、とりあえず生きてはいけるだろう。
あれ?
早速作ってみようとテーブルの中央にある色被せガラスに触れようとするがつかめない。まるでホログラムのようだ。
え、なんで? どうして?
あたりを見渡すと、テーブルにメモ書きが貼ってあった。日本語ではなくこちらの言葉だ。要約すると、
『道具の使用料、材料の購入費などはこの貯金箱に入れて下さい』
ということだ。
「ええっ……でも仕方ないか」
無料で使う方が図々しいか。試しに金貨を1枚入れてみる。私がコツコツためたお小遣い、ほぼ全部。ちなみに金貨一枚が日本円でだいたい10万円くらい。
「こいつ、動くぞ」
割り出し機という下図を書く機械がちゃんと動いた。これなら作品も作れそうだ。
それじゃ、早速やりますか。
就寝用のドレスから作業着に着替えると気持ちが引きしまる。
まずは下図を書く、割り出し。
次にダイヤモンドホイールで大まかに削る荒摺り。
さらにダイヤモンドホイールで荒摺りの修正する中摺り。
そこから砥石をかけ、表面を滑らかにする石掛け。
これだけでは終わらない。つや出しのための磨き。
さらにつやだしして、割り出しの線を完全に消すバフがけ。ここまでが製作工程だ。
「やった、出来た」
外側は青く、中は透明の色被せガラスのロックグラス。矢来というシンプルなデザインを基調としており底部には底菊をカットした。
紛れもなく江戸切子だ。ブランクがあって前世ほど奇麗に出来たとは言えないし時間もかかっているが、数をこなせば問題ない。
こんなひどい18歳の誕生日ある? さっきまではそう思っていた。でも今は違う。光明が見えた。世界が輝いて見えた。世界が美しく見えた。この江戸切子のように。
そして翌日。
「エリザベス、昨夜は体調が優れなかったと聞いたぞ」
「目の下にクマが出来てるし、病気というより、疲れてるのかしら」
国王陛下と女王陛下への謁見。父にはお詫びという名目で謁見の許可を得たが、真意はもちろん違う。
「昨夜は失礼いたしました。ですが事情が二つございます。そのうちの一つは私の魔法に関することでございます」
陛下が口ひげに手をやる。これは考え事をするときの癖だ。
「そうか。ついに魔法がつかえるようになったか……。だが公爵からは何も聞いていないぞ」
「父だけでなくまだ誰にも話しておりません」
よぼど重要な秘密と考えたのだろう。
「お前たち、席をはずせ」
陛下が衛兵や文官を下がらせようとするが、私が止めに入る。
「いえ、それには及びません。お二人の分を作成いたしました。どうぞ、お納めください」
私が懐から取り出したのは桐の箱。文官の一人が国王陛下の御前で恭しく取り出した。
「おおっ!」
「まあ、なんて奇麗なの!」
国王陛下は、グラスに目を奪われ、女王陛下は目をキラキラさせている。あれから徹夜で同じデザインで赤いロックグラスを作成したのだ。やはり二人分作っておいて正解だった。
「魔法で作ったのか?」
話の流れからそうなるわね。
「いえ。私の魔法は工房を出現させる魔法です。実際には私がカットいたしました」
「こんな美しいデザイン見たことないわ」
「江戸切子と呼ばれる細工を施してあります」
「江戸切子……初めて聞く名だな。もっとも初めて目にするデザインだ。初めて名を聞くのも当然か」
「こちらは江戸切子の中でも代表的な矢来と呼ばれるデザインです。別のデザインもありますのでそちらの作品も近いうちにお持ちいたします」
「それはすばらしい。ではその工房を見せてもらえぬか。無論口外はせん。リズだって他人に真似されたくないだろうし」
「申し訳ございません。私以外は中に入れないのです」
メモ書きにそう書いてあったから。
「そうか。それは残念だ。気を取り直してこれで一杯飲みたいな」
「そうですわね」
「あの……」
「何だい?」
「今後のことでお話がありますので……できれば」
「ああ、わかった」
ということで国王陛下の私室に移動した。しかも今度こそ人払いをしてもらい、この場には三人しかいない。
「それにしても、素晴らしいな」
「ええ。いつもよりウイスキーが美味しく感じるわ」
二人とも、水割りを口に含むとますます上機嫌になった。なので私も心底ほっとした。グラスというのは使って喜んでいただいてこそ意味があるのだから。
「気に入っていただけて何よりです」
ここで国王陛下が上機嫌から一転、真剣な顔になる。
「で、話というのは」
「シェイフィール公爵に内緒にして私たちに献上したのだからよほどの訳があるのでしょう」
この二人、国のトップだけあって鋭い。
「実は……」
昨日のあらましを全て話した。流石に私が転生者であることだけは伏せたけれど。
「ウチの愚息が失礼した」
「私も母親として謝罪するわ。息子がバカなことをしでかしてごめんなさい」
「リズも気付いているだろうが、息子の行くところには草を放っておる。だからここ数日における学園内での二人の親密さは聞いておる」
「それは当然です」
草というのは陰で情報を集めたり、護衛をする隠密とSPを兼ねた存在である。大事な第二王子なのだから、そういう人たちがついているのは理解している。
でもそれなら、ウチにも草がいるのでは?
「以前、エリザベス嬢の母君に草が見つかって大事になりかねなかったのだよ。いやはや彼女は本当に優秀だったよ」
「陛下! それは機密事項では!」
「……あ」
女王陛下の顔が真っ赤になり、国王陛下の顔は真っ青になる。ちょうど目の前にあるロックグラスのように。
「ひょっとして、このグラスで召し上がったせいでしょうか?」
だとしたら私の質問には必ず答える、いわば自白の効果がある?
「そうなると、また話が違ってくるな」
国王陛下からすると、政敵とか不正を働いている輩を自白させられるとなると都合がいいわよね。
「とりあえず、卒業式まで城に残って、江戸切子を作成してくれないかしら」
むろん、私もその方が都合がいい。女王陛下の誘いに乗ることにした。
「諸君、この場を少しお借りしたい。ヨルグ王国第二王子アルフォンス・ノヴァ・ヨルグがここに宣言する。シェイフィール公爵家長女エリザベス・フォン・シェイフィールとの婚約を破棄し、新たにフリージア・フォン・シェイフィールを婚約者として迎える」
私の婚約者であるアルフォンス様は、フリージアの肩に手を回し互いの体をぴったりとくっつくほどに引き寄せる。
「お義姉様、ごめんなさい。……でもわたしたち愛し合っているのです」
義妹は申し訳何さそうな顔をしているが、その目は雄弁に語っている。計画通りと。ポーカーフェイスがそんな未熟で貴族社会を渡っていけると思っているのかしら。本当に甘いわね。
でも考えが甘いのは仕方ないかもしれないわね。両親があんなだし。
「エリザベス、アルフォンス様にふさわしいのは貴女ではなくフリージアよ。おとなしく身を引きなさい」
「エリザベス、お前にはほとほと愛想がつきた。本日をもって勘当する。このパーティーが終わったら二度と私たちに顔を見せるな!」
義母はフリージアとアルフォンス様の婚約を後押しする上に、父は私を家から追い出すと宣言した。
「どうした、驚いて声も出ないか」
これから王立アカデミーの卒業パーティーが行われるというのに、突如始まった断罪イベント。そりゃ、驚いて声が出ないわよね、他の参加者は。
「そうですか。婚約解消の申し出謹んでお受けいたします」
こうなることは知っていた。だってアルフォンス様の付き人に江戸切子のグラスで飲ませて情報を聞き出していたのだから。
そして、他の参加者は面を喰らっている。
(このタイミングで?)
(あのバカップル……正気か?)
卒業パーティーをぶち壊すようなことしたら、みんなから非難されるわよね。たとえ第二王子であったとしても。
「な、なんだよ! 第二王子である俺の、俺たちの婚約を祝うのが国民の務めではないのか‼」
痛い。この空気が痛々しい。お願いですから早く……。
「国王陛下、女王陛下の御成り~」
衛兵の掛け声に続いてお二人が打ち合わせ通り、堂々と、威厳をもって入ってくる。
「アルフォンスよ!控えておる余にも聞こえておったぞ。今は皆の祝いの場だ。騒ぎを起こすでない」
「そうです。話は明日にしなさい。シェイフィール公爵もよろしいですね」
「はい」
「かしこまりました」
「アルフォンスよ、どういうつもりだ」
翌日、王家の食堂で断罪の続きを再開した。無論テーブルには私が作ったグラスが人数分。あれから家に帰らずにずっと工房に籠っていたのだ。
あの4人が私の江戸切子を使うのはこれが最初で最後になるだろう。
「陛下、いえ父上。自分は真実の愛に目覚めたのです」
あ~、完全に自分に酔っているわ。だってグラスに入ってるのミネラルウォーターだから。
「陛下、わたしたちは真実の愛で結ばれているのです」
あらあら、フリージア。陛下の許可なく勝手に話し出すのは無礼でしょう。陛下からの心象が悪くなっても私は都合がいいけれど。
しばらく二人は、愛について熱弁を振るい、喉が渇いたのかミネラルウォーターで喉を湿らせた。
むろん、それを見逃す私たちではない。これで嘘はつけない。まずは一番頭がお花畑な殿下から落とそう。
「しかし、エリザベス嬢との婚約は、王家とシェイフィール公爵家との取り決め。余も王妃も通さずに破棄など出来るわけがなかろう」
「ですがシェイフィール公爵家には了解を得ました。ここまでくれば王と王妃には事後承諾でもよろしいかと」
「ダメに決まっておるだろうが!」
この盆暗王子は本気でそう思っているのだ。あまりの浅慮と無礼に国王陛下が怒って拳をテーブルに叩きつける。
その迫力に沈黙が流れるが、それを打ち破ったのは王妃だった。
「二人とも熱くなりすぎです。少し落ち着きなさい」
二人を諫めると喉を潤した。それにつられたのか父も一口飲んだ。
「それで、シェイフィール公爵。貴方は婚約破棄と、新たな婚約を認めたのですね」
王妃が父に水を向ける。父は臆することなく、私を非難した。
「はい。恐れながら申し上げます。我が娘エリザベスはアルフォンス殿下にふさわしくありません。魔法も使えず、さらには義妹たるフリージアにはつらく当たるばかりか、服を破いたり、教科書を汚したり。淑女には程遠い有様。なのでフリージアの方がふさわしいかと思い、了承いたしました」
嘘をついているという自覚がないということは、フリージアのでっちあげを信じたのでしょうね。
「エリザベス嬢、異論はあるか?」
国王陛下も父の的外れな発言に苦笑いを浮かべている。
「はい。まず、私は魔法が使えます」
「嘘をつくな‼」
「嘘ではない。余も、王妃も見ているぞ」
単に声が大きいだけの父と声は大きくないが重厚感のある国王陛下の声、実に対照的だ。
「では、オープン」
私がガラス工房の扉を出現させると、父、母、フリージア、そしてアルフォンス様が呆気にとられた。
「な、なんだこれは」
「こ、こんなのただのまやかしです」
「聞、聞いてないわよ」
「どういうことだ、エリザベス」
「これはガラス工房を出現させる魔法です。それもただのガラス工房ではありません。神から与えられしこの世界の人知を超えた道具を賜り、洗練されたデザインが降りてきました。皆さんの目の前にあるグラスがそうです」
4人はしばらく呆気にとられた。見たこともない色被せガラスに、日本由来の斬新なデザインがカットされている。これがどれだけ高価なのかは見ればわかるだろう。
「見たことないグラスかと思ったら……お前が……」
「まず、魔法が使えないというのは間違いだな」
国王陛下はミネラルウォーターを悠々と口に含んだ。
「はっ……ですが、親である自分に秘密にしているのは不適切かと存じます」
父は私をギラリとにらみつけた。だが私は引かなかった。
「確かに不適切かもしれません。ですが私にそのような態度をとらせたのは、父の不徳です。これだけ大掛かりな魔法を使うには魔力が足りない。ただそれだけなのに、父は私を見限った。さらに義妹フリージアの虚言に安易に乗ってしまった」
「お義姉様、虚言とはどういうことですか!」
フリージアが喰ってかかるけど、もはや私の勝ちは動かない。そのグラスに入ったミネラルウォーターを口に含んだ時点で勝敗は決したのだ。
「では、フリージア。確認するわ。いつ私が貴女に当たり散らしたの。いつ貴女の服を破いたの。いつ貴女の教科書を汚したというの」
これは私の逆転の一手。
「お義姉様はそんなことしてないわよ‼」
「「「……え?」」」
父、義母、アルフォンス様が固まった。フリージアお得意の氷魔法が3人の心をフリーズさせたのだ。
「だから、お義姉様に濡れ衣を着せて、わたしがアルフォンス様の婚約者になるの‼ 分かった?」
「フリージア、一体何を……」
「何をって、お母さまと立てた計画じゃないですか」
義母の顔から血の気がサーっと引いていく。
「知りません、知りませんわ、そんなこと」
義母は私が作成したグラスから水を飲んでいないので自白はしない。でもここまでくると自白は不要よね。
「そ、そんな嘘だ、嘘だと言ってくれ……」
盆暗王子は頭を抱えた。やっと騙されたことに気付くなんて頭が悪すぎる。
「お、おまえ、騙したのか」
父の拳は怒りで震えている。きっと二人を殴りたいんだろうけど国王陛下の御前で暴力沙汰は不味いよね。
「アルフォンスよ。お前には明日からギルバート男爵に就任してもらう」
王家が所有する爵位はいくつかあるが、これはその中でも一番低い。しかも領地がない。
「そ、そんな。男爵だなんて……お願いです。エリザベスと結婚して、ボクを次のシェイフィール公爵に」
「ならん! エリザベス嬢にはもっとふさわしい婿を見つける。なんならエリザベス嬢が女領主でもかまわん」
そのあと続く言葉を陛下は遮った。
「へ、陛下……」
父が神妙な面持ちで声を上げた。不敬極まりないが、報告すべきことをしないと不敬以上に問題視されることもある。
「何だ!」
「お、恐れながら申し上げます。エリザベスは今朝、勘当いたしました。今はシェイフィール家と関係のない平民です」
国王陛下は「はー」と、ワザと大きな溜め息をついた。
「あら、困りましたわね」
女王陛下はわざとらしく小首をかしげた。だって勘当の件は知っていたのだから。
「衛兵、シェイフィール公爵夫人とフリージアを捕縛せよ」
「はっ」
「いや~、許して~」
「わ、わたしはアルフォンス様の婚約者なのよ。無礼は許しませんわっ」
虚偽の理由での勘当も婚約を破棄させるのも犯罪行為だ。この場合、父をだました義母と義妹は罪に問われる。
「シェイフィール公爵よ。今回の責任をとり隠居せよ」
だまされたとはいえ、これだけの不祥事、家長の責任は重いわよね。
「ははっ。国王陛下、この度の失態、面目ございません」
父は膝まづいて、頭を垂れた。常に勇ましかった父の背中tが今は小さく見えた。
「それで平民になったエリザベス嬢よ。そなたはどうする? 余に仕えてくれると嬉しいのだが、強制はせんよ」
「王家に嫁ぐのにふさわしいマナーと教養を身に着けた貴女を平民にするのは惜しいわ」
私としては職人の道に進みたいけど、この世界で平民として生きるのは不便だから御免だし、それに国王夫妻には音もあるし、自白の効果があるガラスを使わない手はないと思う。
「それでしたら」
私の望みは決めてある。国王陛下にも、王妃殿下にも悪い話ではないからきっと認めて下さるだろう。
「エリザベス・フォン・コヒナタ男爵。今度も素晴らしいできではないか」
「緻密に出来てるわね」
魚子紋をあしらったワイングラスはお二人に好評だった。
「ありがとうございます」
私は自分の家を興すことにしたのだ。領地は無く、王城の近くに自宅と店舗を構え、専ら工房に籠っている。家の細かいことは母の実家から派遣された家令やメイドさんに任せている。
「で、頼みがある。どうやら城の中で裏金工作を行っている者がおるようだ。尋問してくれないか」
「かしこまりました」
他にも時折自白をさせる依頼も請け負っているが、基本的には江戸切子の制作に打ち込んでいる。それも王家専属として。大きなパーティーとなると用意するグラスの数も半端ではないので作るのに忙しい。忙しいけど、充実した毎日を送っている。それに王家専属とはいえ母方の実家には作品を下ろしている。色々お世話になっているお礼として。
母方の実家と言えば、今回の一件で大激怒。シェイフィール公爵家と完全に縁を切った。
そのシェイフィール公爵家は、父の遠縁を養子に迎え入れることで存続出来た。けれど、貴族社会では針の莚状態。王家からも距離を置かれ、将来の見通しは極めて悪い。
その王家というと、盆暗もといアルフォンス・フォン・ギルバート男爵は文官として生活している。
曲がりなりにもヨルグ王国王立アカデミーを卒業したのでデスクワークは一応できる。出来るけど、頭の中がお花畑だから昇進は望めないし、婚約破棄の一件は貴族社会に知れ渡っているので結婚は望みが薄い。
そして義母と義妹だけれども、二人とも鉱山に送られた。虚偽による私の勘当だけならさほど重い罪に問われないけれど、第二王子の婚約をぶち壊したとあっては国も容赦しない。まず生きて出ることはないだろう。
「それで、縁談はどうするんだ?」
公爵令嬢でも、第二王子の婚約者でもなく、前例のない作品を作るガラス職人として社交界に名前が通り、釣書は数えきれないほど来ているけど今はそんな気になれない。
「婚姻より仕事を優先いたします」




