7.勃発、黄巾の乱 (地図あり)
中平元年(184年)3月 徐州 下邳国 下邳
張昭と親交をもってから、早3年。
2年前には次男の孫権も生まれ、俺の生活は順調だった。
しかし漢帝国は日増しに混迷の度を深めており、とうとう”黄巾の乱”が勃発した。
これは太平道という宗教集団の教祖 張角が起こした反乱で、なんと30万を超える信者が参加したという。
彼らは黄色い頭巾をつけて戦ったため、”黄巾賊”と呼ばれた。
これに対し漢王朝は、皇甫嵩、朱儁、盧植の3人を中郎将に任じ、討伐を命じた。
皇甫嵩と朱儁は4万を率いて潁川郡へ向かい、盧植も4万を率いて冀州へ進軍する。
そしてこの朱儁とは、会稽で肩を並べて戦った、あの男である。
彼は史実どおりに出世しており、軍才を買われて右中郎将に抜擢されたのだ。
右中郎将といえば、中央の光禄勲府に属する高位の武官であり、いまだに県丞をやってる俺なんかとは大違いである。
しかし朱儁は、俺のことを忘れていなかった。
なんと俺を佐軍司馬として、呼び寄せてくれたのだ。
おかげで俺は官軍として黄巾討伐に参加することとなり、手柄を立てる機会を得た。
俺はただちに兵を募り、千人もの荒くれを率いて潁川へ向かった。
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中平元年(184年)5月初旬 豫州 潁川郡 長社
「孫堅 文台。招請に応じ、馳せ参じました」
「うん、よく来てくれたね、孫堅くん」
「はい、お久しぶりです、朱儁さま」
「フフッ、そうかしこまらなくてもいいよ」
「あはっ、そうですか? それは助かります」
久しぶりにあった朱儁は、貫禄のあるいい男になっていた。
たしか俺より7つ上だから、今は36歳だ。
昔と変わらず気さくで、人なつこい笑顔を向けてくれる。
ただし討伐軍の状態は、あまりよくなかった。
「なんか、ケガ人が多くてピリピリしてるみたいですけど、どうしたんですか?」
「ああ、それがね……」
聞けば皇甫嵩と朱儁が率いる潁川方面軍は、敵将 波才が率いる黄巾賊と激突していた。
しかし思った以上に敵は手ごわく、あえなく敗退してしまう。
それは波才が10万を超える兵力を擁していただけでなく、素人とは思えぬ指揮能力を発揮したからだとか。
「まあ、そんなわけでバタバタしているんだ。今日はゆっくり休んで、明日の軍議には一緒に出席してもらえるかな」
「了解しました」
そして翌日の軍議に出席すると、まず指揮官の皇甫嵩から紹介される。
「今日は新たな応援として、曹操どのと孫堅どのが駆けつけてくれた。互いに協力して、上手くやってくれ」
「曹操 孟徳です。騎都尉として、騎兵隊を率います」
「孫堅 文台です。佐軍司馬として、朱儁閣下の傘下に加わります」
しかも曹操と一緒のあいさつだ。
曹操といえば、あの三国志の一角を担った英雄である。
彼は俺よりひとつ上の、30歳。
史実では貧相だとか言われてるが、若干小柄ではあるものの、頭の良さそうなイケメンだった。
ちょっと線が細いから、この時代では貧相とか言われちまうのかな。
しかも騎都尉といえば、近衛騎兵隊の指揮官だ。
俺なんかとは雲泥の差である。
なにしろ曹操の祖父は宦官の実力者だったし、父親も要職を歴任し、最終的には太尉という総理大臣級の役職も務めている。
俺みたいな、瓜売りのド貧民とは違って当然だ。
ま、腕っぷしで勝負だな。
なんてことを考えているうちに、敵と味方の情勢報告が終わり、話題は今後の作戦に移る。
「ですので我が軍は、一撃離脱戦法によって、敵軍の戦力と士気を削るのが得策かと」
「いやいや、敵の戦闘力はなかなか侮れんぞ。それよりは――」
高位の武官たちが熱弁を奮っていると、ふいに皇甫嵩が口を開いた。
「ひとつ、私に作戦があるのだが」
「は……それはどのようなものでしょうか?」
「うむ、幸いにも敵軍は、草原に陣を敷いている。数こそ多いものの、その中枢に潜りこむことも不可能ではないだろう。そこで私は、夜陰に乗じての焼き討ちを提案する。さらに騎兵によって打撃を与えれば、戦況をひっくり返すことも可能だろう」
「や、焼き討ちですと?」
「し、しかし敵軍のど真ん中に……」
さすがは皇甫嵩、見事な戦術眼である。
彼は御年53歳で、この時代では最強格の指揮官だった。
その経験に裏打ちされた作戦立案と、部隊指揮の能力は群を抜いている。
あいにくと政治に関わらず、武人に徹したため影が薄いが、けっこう凄いおっさんなのだ。
史実でも彼の作戦により、官軍は形勢を逆転している。
それを知る身としては、この流れに乗らないわけにはいかないだろう。
「その任務、私にお任せ願えないでしょうか?」
「む……しかし来たばかりの新参に任せるには、少々不安が残るな」
威勢よく夜襲の担当を申し出たものの、皇甫嵩には渋られてしまう。
すると他の武官も、猛烈に反対してきた。
「そうですぞ、皇甫嵩さま。このような山猿に任せてはおけません」
「ですな。そのような大任。我が軍の精鋭から出すべきかと」
「ならば君がやってくれるかね?」
「ウッ……そ、それはまた別の話で……」
皇甫嵩の突っこみに武官がうろたえていると、今度は朱儁が声を上げた。
「それならば私は孫堅を推しましょう。彼は”許昌の乱”で、抜群の功績を挙げた者です。その能力は私が保証しますし、我が部隊で全面的に後押しもしましょう」
「ほほう、朱儁どのがそこまで言うのなら、任せてもよさそうだな。他に志願者がいなければ、孫堅に頼もうと思うが?」
そう言って皇甫嵩が出席者を見回すと、もう文句は出なかった。
「よし、孫堅の夜襲を前提に、作戦を練り直そうか」
こうして潁川方面軍の、逆襲計画が始まった。
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中平元年(184年)5月中旬 豫州 潁川郡 長社
作戦が決まると、俺たちは黄巾賊との小競り合いによって、敵の強さとその配置について当たりをつけた。
そしてある日の晩、精鋭の百名を率いて夜襲を掛けたのだ。
まず夜陰に乗じて敵陣地に近寄ると、人目を避けてその中央へ潜りこむ。
「孫堅さま、あの辺が兵糧庫だと思われます」
「ああ。ひと際、警戒が厳しいようだな」
「それでは火をつけますか?」
そう話しかけてきたのは、程普と韓当である。
幽州出身の彼らは、南へ流れてきて、下邳で小役人をしていた。
それに気がついた俺は、すぐに声を掛けて親しくなった。
おかげで今回の黄巾討伐でも、真っ先に声を上げてついてきてくれた。
ちなみに程普は5つ上で、韓当は俺と同い年だ。
歴史に名が残るだけあって、どちらもなかなかの腕っぷしで、今回のような任務には欠かせない。
俺たちはすばやく火つけの準備をすると、手近な見張りに近づいて斬りすてた。
「ぐあっ」
「よし、火をつけろ」
「「「おう」」」
即座に部下が動いて、陣幕や荷物に火を放っていく。
すると周囲が明るくなって、黄巾賊も異常に気づいた。
「火事だ~! 火を消せ!」
「敵だ! 敵が侵入しているぞ~! 皆を起こ、ぐはっ!」
周囲で騒ぎはじめたヤツを斬りすてながら、俺たちは陣の外へ向かう。
もたもたしていれば、命を落としてしまう。
俺たちは一丸となって、戦場を駆け抜けた。
やがて味方のいる方向が、騒がしくなってきた。
おそらく曹操たち騎兵隊が、暴れまわっているのだろう。
おかげで敵の混乱がさらに広がり、なんとか戦場を抜け出すことに成功する。
「ふうっ、ここまで来ればひと安心だ。脱落者は?」
「正確には分かりませんが、2割ほど減っていますかな」
「そうか……あれだけの無茶をしたんだ。やむを得んな」
「ええ、ていうか、これだけ生き残れば、立派なもんでしょ」
程普とそんな話をしているうちに、味方本隊の攻撃も始まったようだ。
黄巾賊はさらに混乱を深めており、味方に有利な状況が続く。
おかげでその晩、潁川方面軍は数万の敵を討ちとり、初戦の失態を取りもどしたのだった。




