幕間: 孫堅の弟たち
【呉景】
うわ、孫堅さんだ。
まっすぐ、こっちに近づいてくるよ。
しかもあの顔は、なんか厄介事だろうな。
「よう、呉景。久しぶりだな」
「あっ、孫堅さん。お久しぶりです。なんか富春の役人になったらしいですね」
「おう、今じゃ正式な県尉だぜ。ちょっとガラじゃないけどな」
「ですよね~? ついこの間まで、一緒に悪さしてたのに」
「さあ、なんのことかな~?」
あれ、この人なんか、雰囲気変わった?
以前はもっと、ギラギラしてたと思うんだけど。
それこそ狂犬みたいに。
「ところで呉景。姉さんは元気か?」
「えっ、ええ、元気ですけど?」
「そうかそうか。お前の姉さん、美人だよな~」
「ええまあ……そう言われますね」
「頭も良さそうだしな」
「……ええ、悪くはないと思いますよ」
「だよな。そこでお前に頼みがあるんだけどさ、俺に紹介してくんねえ」
「うええっ! マジで?!」
え、なに言ってんの、この人?
バカじゃない?
もう一度いう、バカじゃない?
姉さんがあんたの相手なんか、するはずないじゃん。
ちょっと県尉になったからって、舞い上がってる?
困っちゃうな、ほんとにも~。
「頼むよ。いっぺん話したいと思ってたんだ」
「え~と、話すだけですか?」
「そりゃあ、あわよくばお友だちになってだな」
「失礼だけど、難しいと思いますよ。こう見えてうちは、それなりに名家ですからね」
「そんなの分かってるよ。だから紹介してくれるだけでいいって」
「いや、でも……」
「なんだよ。紹介してくれないんなら、この間の悪さ、ばらしちまうぞ」
「ちょ! 孫堅さんだって一緒にやったじゃないですか!」
「いいんだよ。どうせ俺は庶民だから」
「うぐぐ……」
とうとう脅しまで掛けてきやがったよ、この野郎。
しかし俺の悪評をばらまかれるのは、得策じゃない。
向こうも役人になったんだから、ここは恩を着せておくか。
「これっきりですからね」
「おう、感謝するぜ」
それで姉さんに紹介したんだけど、その反応が予想と違ってた。
「はじめまして、孫堅といいます。今、富春で県尉やってます」
「はじめまして。呉雨桐です。富春の県尉さんというと、例の海賊退治の?」
「ええ、そうです。よくご存じですね」
「ウフフ、それはもう、けっこうな噂になってましたから」
あっれ~、けっこういい雰囲気じゃん。
姉さんて、こういうのが好みだったのかな。
なんか嫌な予感がしてきた。(汗)
その後も孫堅さんはまめに姉さんを訪ね、2人の仲は深まっていった。
そしてとうとう姉さんが、恐ろしいことを言いだしたのだ。
「景、孫堅さまから結婚を申しこまれました。あなたはどう思いますか?」
「ちょ、マジで? そんなの無理に決まってるじゃない」
「無理とは、どういう意味ですか?」
「うちとは家格がつり合わないから、絶対に反対される。叔父さんたちが黙ってないよ」
「まあ、そうでしょうね」
「そうでしょうねって……ひょっとして姉さんは前向きなの?」
すると姉さんはちょっと頬を染めながら、はっきりと答えた。
「悪くないお話だと思っています。若くして県尉になってますし、私を大事にしてくれそうですから」
「マ・ジ・で?!」
最悪だ。
あんな人が俺の義兄になるなんて。
だけどこうなったら、姉さんの気持ちは変わらないだろう。
この人はおとなしそうに見えて、けっこう強情なとこがあるんだ。
下手をすると、家を出るぐらいは言いかねない。
それぐらいなら、ここで味方をしておくか。
「はぁ……分かった。協力するよ」
「まあ、景ったら。ずいぶんと物分かりが良くなったのね。でも助かるわ。叔父さんたちの説得には、協力してね」
「うん、やってみる……」
その後、予想どおりに親戚衆は、姉さんの結婚に大反対したが、なんとか押しきった。
姉さんが断固たる意志を示したし、孫堅さんが県尉だっていうのも大きかった。
やがて2人は結婚し、俺は孫堅さんの義弟になったんだ。
それからしばらくは、平穏な日々が続いていた。
孫堅さんは大して我がままも言わず、むしろまじめに仕事をこなしていた。
だけどある日、その平穏は崩れ去ってしまう。
「おい、呉景。今度、会稽に妖賊の反乱を鎮圧に行くからな。ついてきてくれ」
「うええっ、マジですか?!」
「大マジだ。郡の司馬になったのはいいんだけど、信頼できる部下がいないんだ。孫静と一緒に、俺を補佐してくれ」
「ちょ、ま、待ってくださいよ。俺、戦いとか苦手なんですよ」
「行きゃあ、なんとかなるって。頼んだぞ」
俺の意志はガン無視で、反乱鎮圧に連れてかれることになる。
そしてそれからが俺の、苦難の始まりだった。
「よし、俺はちょっと行って、城門あけてくるから。お前らは後から来い」
「うん、兄さん。気をつけてね」
「正気ですか、孫堅さん? ヤバいですって」
おいっ、指揮官が単身で突っこむなよ!
うわっ、マジで城門が開いた。
相変わらずメチャクチャだ。
だけどこうなったら、突っこむしかない。
「開いたぞ! 突っこめ~!」
「「「おお~っ!」」」
結局、見事に城を落とし、それから何度も死にそうな目にあいつつ、なんとか生き残った。
それどころか我が軍は、妖賊討伐の功労者と認められ、孫堅さんは出世するらしい。
そして故郷に戻って別れ際、彼は俺の肩を叩きながら、こう言ったんだ。
「今回は助かったよ、呉景。今後もよろしくな」
どうやら俺の苦難の道は、まだまだ終わらないらしい。
【孫静】
僕には2人の兄がいるんだけど、真ん中の堅兄さんの様子がおかしいんだよね。
昔は血の気の多い単純バカだったのに、海賊と戦ってから変わったんだ。
それから官吏に取り立てられて、とうとう正式な県尉になっちゃった。
え、あの堅兄さんが?
兄さんってどっちかというと、取り締まられる方だと思ってたのに。
おかしいのはそれだけじゃない。
何をトチ狂ったのか、呉家のお嬢さまとつき合いだしたんだ。
周りは長続きしないと思ってたのに、とうとう結婚まで漕ぎつけた。
ひょっとして兄さん、脅迫とかしてない?
でも相手の呉雨桐さんは、けっこう幸せそうに見えるんだよな。
ちょっと何が起きているのか、よく分からない。
その後も兄さんはまじめに仕事を続け、近隣に名が知られるようになる。
それである日、太守さまに呼ばれたと思ったら、郡司馬になって帰ってきたんだ。
そして会った途端に、思いがけないことを言う。
「おう、静。今度、会稽に妖賊の討伐に行くんだけどよ、ついてきてくんないか?」
「えっ、なに言ってんの? 兄さん。僕、戦いとかしたことないよ」
「何事にも最初はあるもんさ。大丈夫。お前には才能あるから」
「えっ、そ、そうかな?」
面と向かって才能あるとか言われると、やっぱ嬉しいよね。
まあ、僕も15歳になったんだし、いいかな。
「分かった。でもちゃんと守ってね」
「おう、俺のそばにいれば、たぶん大丈夫だから」
こうして僕は、妖賊の討伐についていった。
だけど実際の戦場では、予想外のことが起こる。
「おいい~っ、なんで俺たちがこんな重要なとこ、任されてんだよ~!」
「知りませんよ。孫堅さんが受けてきたんでしょう?」
「ばっか、お前。口答えなんかできるわけないだろう。あの雰囲気で」
まさか現地に着いたら、そのまま最前線に放りこまれるとは。
でもなんだかんだ言って、兄さんはちゃんと戦えてるんだよね。
「でもなんとかなってるじゃない。さすが兄さん、強いんだね」
「まあな。よし、こうなりゃヤケクソだ。野郎ども、なんとしても生き残るぞ」
「「「おうっ!」」」
その後も無茶な戦闘が続いたけど、僕たちは生き残っていた。
それどころか、朱儁さんていう人と協力して、大軍を動かすようになった。
兄さんは何回も大将首を取ってくるし、ちょっと何が起こっているのか、よく分からない。
そして運命のあの日、兄さんは決死隊を率いて、敵城に突入していったんだ。
それからしばらくして、城門が内から開かれる。
「見ろ、味方が門を開いたぞ! 突撃だ~!」
「「「うおお~~~っ!」」」
僕も夢中になって、城内へ突入した。
中では兄さんが、鬼神のように戦っている。
その姿はまるで話に聞く英雄のようで、とてもまぶしかった。
そうか、僕たちでもがんばれば、英雄になれるんだ。
いや、そうじゃないな。
実際に英雄になれる人間なんて、ほんのひと握りしかいない。
だったら僕たちが支えて、兄さんを英雄にすればいいんだ。
そして僕は、英雄の弟になろう。




