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それゆけ、孫堅クン! 改 ~ちょい悪オヤジの三国志改変譚~  作者: 青雲あゆむ
第3章 中華分裂編

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36.反攻開始

初平4年(193年)4月 司隷 河南尹 滎陽けいよう


「漢朝の精兵よ、反攻の時はきた! 今から我々は東進し、反乱軍の討伐に乗りだす。そしてこの中原に、平和を取り戻すのだ。総員、奮起せよ! 全軍出撃~!」

「「「おお~~~っ!」」」


 味方の裏切りで敗走してから3ヶ月。

 俺たちは改めて反攻の兵を挙げた。

 その内訳は俺の主力軍7万に、公孫瓚の遊撃隊3万だ。


 なんとか敗戦前の兵力まで戻してはいるが、それでも敵の半分程度だ。

 しかしその内情は、大きく変わっていた。

 まず俺の配下には董卓閥だけでなく、皇甫嵩から引き継いだ官軍も統合されている。


 もっともこの官軍だが、皇甫嵩もいる手前、なかなか俺に心服してくれなかった。

 しかし彼が負傷して事実上、退役したため、俺が最高指揮官に着任せざるを得ない。

 そこで俺は密偵を使い、いろいろとイメージ戦略を展開してやった。


 ”孫堅軍自体は、先の戦いでも負けていなかった”とか、”孫堅は味方の裏切りも予想して、手を打っていた”なんて噂をばらまいたわけだ。

 それは事実であったことも相まって、兵士たちの間に急速に広まった。

 中には新参の俺に反発する者もいたようだが、これで大体おれへの支持は固まった。


 そのうえで俺は驃騎将軍ひょうきしょうぐんに昇進し、公孫瓚を車騎将軍しゃきしょうぐんとした。

 朱儁は相変わらず衛将軍だが、彼は俺を立ててくれるので問題ない。

 こうして体制を固めたうえで、東進を開始したのだ。


 それに対する反乱軍の配置だが、敵は河南尹の東部都市に分散していた。

 けん原武げんぶ陽武ようぶ中牟ちゅうぼう開封かいほう菀陵えんりょう新鄭しんていみつなどが敵に占拠され、それぞれに数千から数万の部隊が駐屯している。


 そこでまずは身近な巻を強襲し、城を奪還した。

 すると反乱軍も陽武に兵を集結させ、10万人もの敵軍とにらみ合うことになった。


「敵は10万か。ちょっと多いが、前回よりはだいぶマシだな」

「ええ、揚州で程普将軍が、うまく動いてくれたようですね」

「ああ、期待以上だ」


 今回の作戦を始めるに当たって、寿春へ伝書バトを送り、程普に陽動作戦を命じていた。

 すると程普は大々的に兵を動かし、豫州よしゅう 汝南郡じょなんぐんの都市を狙うふりをした。

 これに反応して敵の一部が動いたため、こちら側の守りは若干薄くなっていた。


 これを見た俺たちは、あえて公孫瓚と別の動きを取ることにした。

 公孫瓚には原武を攻めさせると同時に、俺たちは陽武へ兵を向けたのだ。

 そして城の近くに陣を構えると、反乱軍も迎撃の構えを見せる。

 こちらは7万しかいないのに対し、敵は10万を超えている。

 しかし俺たちはそんな敵に、まったく恐れを感じていなかった。


「漢の精兵よ。今、雪辱の時はきた。卑劣なる反逆者どもに、正義の鉄槌をくだすのだ!」

「「「おお~~~~っ!」」」


 号令を受けて、前衛が進みはじめる。

 いつものように敵との距離が縮まると、まず矢戦から始まり、そして歩兵同士の殴り合いに発展する。

 戦況は互角もしくは押され気味に見えるが、やがてそれも変化していった。


「敵左翼がさらに南へ回りこもうとしているようです」


 本陣に設けられた見張り台から、報告が届く。

 俺たちは高さ10メートルほどの見張り台を、小高い場所に建て、戦況を監視させていた。

 報告を聞いた周瑜と賈詡が、作戦を提案してくる。


「南ですか。それでは樊稠はんちゅうどのの騎兵隊を、迎撃に向かわせてはどうでしょうか?」

「いえ、それよりも張遼ちょうりょうどのの方がよいでしょう」

「ふむ、それが良さそうだな。おい、張遼を右翼の援軍に回せ!」

「「はっ」」


 俺の指示で軍鼓が打ち鳴らされると、見張り台では旗による信号を送る。

 これは事前に決めてあった、音と旗による符牒ふちょうで、すばやく情報伝達をする仕組みだ。

 あまり細かい指示は難しいが、迅速に指示が伝わるので、わりと評判がいい。


 この指示を受け、待機していた騎兵隊が動きだした。

 率いるのは新進気鋭の張遼だ。

 彼はまだ25歳と若いが、弓馬に優れるうえ、常に冷静沈着で判断力に優れていた。


 わりと脳筋の多い董卓閥の中では、貴重な人材である。

 史実でも前線指揮官として活躍しつづけ、前将軍にまでなっている。

 そして今回も、見事に期待に応えてくれた。


「張遼どのが、敵左翼の攻勢をつぶしました!」

「ふむ、さすがは張遼。この調子で戦線を押し上げるぞ」

「はい」


 その後も周瑜と賈詡の進言を受けながら、戦況を有利に運びつづける。

 やがてソンケンの勘に、ピンと来るものがあった。


「攻め時だな。総攻撃を掛けたい」

「えっ、たしかに優勢ではありますが、まだ尚早ではないでしょうか」

「……いえ、孫堅さまのおっしゃるとおりかもしれません。敵左翼の動きはどうなっていますか?」


 戸惑う周瑜をよそに、賈詡が見張り台に確認を取る。

 やがて敵の情勢を把握した賈詡が、自信満々に進言してきた。


「どうやら敵の左翼の動きが鈍いようです。ここを突き崩せば、一気に敗走させられるかもしれません」

「うむ、それでいこう。前線に指示を出せ。右翼で予備隊をぶつけると同時に、総攻撃だ」

「「はっ」」


 結局、その後の展開は望みどおりのものになった。

 予備隊を残らずぶつけることで、敵左翼は瓦解。

 その勢いに乗って全軍が攻勢に出ると、味方を阻むものはなかった。


 敵軍は散り散りとなって敗走し、その一部が陽武に立てこもる。

 しかししょせん寄せ集めであり、統制は取れておらず、その抵抗は弱い。

 結局、奴らは1週間ほど籠城すると、交渉で城を明け渡して、東方へ逃げていった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


初平4年(193年)4月 司隷 河南尹 陽武ようぶ


「我が軍の勝利を祝って、乾杯」

「「「かんぱ~い!」」」


 陽武の奪還がなり、一段落するとさっそく祝勝会が開かれた。

 当初は苦戦も予想されたが、想定外に早く、犠牲も少なく終わったことから、兵士たちは歓喜に沸いていた。


「おめでとうございます、孫堅さま」

「おお、周瑜。君も良くやってくれたな」

「……いえ、私なんかまだまだです。最後の総攻撃の判断ができませんでしたから」


 恥じるように言う周瑜に、俺は笑いかける。


「ハハハ、なんだ、そんなことを気にしていたのか? 君はまだ若いんだから、これから学んでいけばいいんだ。気にすることはない」

「でも、賈詡さんは気づきました。あの人だって、そんなに戦闘経験は豊富じゃないのに……」

「フフフ、それはやっぱり年の功ですよ。伊達に年は取っていません」


 するとそれを聞きつけた賈詡も加わってくる。

 しかしその様は決して偉ぶるでもなく、落ちついたものだ。


「いいですか、周瑜さん。あなたはその若さで、すでに軍略の要諦を修めているのです。そこに経験が加われば、恐れるものはないでしょう。焦る必要はありませんよ」

「そ、そうでしょうか?」


 すると今度は孫策も加わってきた。


「そうだぜ、周瑜。俺なんか戦場に出たものの、ほとんどなんにもできなかったんだから。それに比べりゃ、全然マシだって」

「フッ、それは君が何も考えてないからだろ。あまり無茶はするなよ」

「い~や、まだまだ。今度こそ活躍してやるんだ」

「だからそれが――」


 ついこの間まで、ただの子供だと思っていた彼らの成長に、思わず目を細める。

 本来は戦になど関わらせたくないのに、その成長ぶりに誇らしさも感じていた。

 ただ過保護になるのでなく、成長を見守る勇気も、必要なんだろうな。

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前作の”それゆけ、孫策クン! 改”はこちらから。

それゆけ、孫策クン! 改

孫策が暗殺を回避して、新たな歴史を作ります。

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逆行の劉備 ~徐州からやりなおす季漢帝国~

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