幕間: 将軍とのすれ違い
【皇甫嵩】
私の名は皇甫嵩 義真。
戦うことしか能のない、武骨者よ。
一時は北地郡の太守を務めたこともあるが、やはり戦ってばかりの生活だった。
黄巾の乱で数々の武勲を挙げたため、左車騎将軍・冀州牧にまで出世した。
この時、私に反乱をそそのかす愚か者もいたが、そんなことは論外だ。
私はひたすら、武将としての責務をまっとうするのみだ。
その後、宦官どもの讒言によって失脚したこともあったが、また涼州の反乱討伐に駆り出され、左将軍に復帰した。
しかし今度は董卓が朝廷を牛耳るようになり、私の身も危うくなる。
なにしろヤツとは、反乱軍の討伐で対立していたからな。
しかし幸か不幸か、董卓に対して反乱が起こり、風当たりは弱まった。
一時は長安への遷都が検討されるほどだったのだから、それも当然か。
結局、反乱軍は討伐されたが、どうやらその陰には、孫堅の尽力があったらしい。
孫堅とは黄巾討伐の際、くつわを並べたこともあったが、まさか董卓を助けるとはな。
結局、彼が董卓と名士の間を取り持つことで、一時的な平和がもたらされた。
小規模な反乱はたまにあったが、大きな混乱はなく、また以前の暮らしに戻るものと思った。
しかし世の中はそんなに甘くない。
董卓が呂布に襲われ、失脚したのだ。
呂布はそのまま王允と組んで、洛陽を掌握した。
その際、私は彼らへの協力を拒んだため、軟禁されてしまう。
別に董卓に義理立てしたわけではないが、平和を壊した呂布たちが正しいとは思えなかったのだ。
しかしそんな呂布と王允の天下も、長くは続かない。
なんと荊州牧の孫堅が、すぐさま駆けつけて洛陽を解放したのだ。
それも少勢で呂布を釣り出しておいて、朱儁に城内を制圧させたという。
そんなことをやってのけるには、よほどの準備をしていなければ、不可能であっただろう。
どうやら彼は見かけによらず、知略に長けているらしい。
それでいて彼は、弓馬に優れる練達の武人でもある。
はたしてどちらの姿が、本当の彼なのか。
いや、それ以上に彼は、人の使い方が上手いのかもしれない。
荒くれ者ぞろいの董卓閥も、孫堅にだけは敬意をはらっているようだ。
その点については、私も見習った方がよいだろう。
その後、荊州で反乱が起こったため、孫堅は帰ってしまった。
おかげで董卓閥と協調がとれず、反乱軍の討伐も進まない。
なので早く戻ってこいと思っていれば、なんと3ヶ月ほどで反乱を収めて帰ってきた。
驚くほどの手際よ。
そしていよいよ反乱軍の討伐に取り掛かろうという時、妙な提案をしてきたのだ。
「皇甫将軍。この者、類まれなる知略をもって、必ず将軍のお役に立つでしょう。逆になんの備えもしないまま戦におもむけば、将軍といえど大火傷を負うのは必定。ここは漢朝のためと思って、受け入れてはもらえませんか。このとおりです」
彼が推薦してきたのは、董卓閥の賈詡という男だった。
正直、遠慮しておきたいところだったが、ああまで頭を下げられては、無下にもできん。
「むう…………貴殿がそれほど言うのなら、本当に必要なのだろうな。分かった。賈詡どの。我が陣営にて、力を貸してもらえるか?」
「もちろんです。粉骨砕身の覚悟をもって、お仕えします」
はたして彼は、本当に役に立つのだろうか?
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しかしその懸念は、良い意味で裏切られた。
なるほど、この賈詡という男、並々ならぬ頭脳を持っておる。
行軍や兵站についてさりげなく動き、我らを助けてくれるのだ。
これなら心配はないだろう。
そう思っていたのだが、やがてとんでもないことを言いだした。
「配下の鄭泰どのと何顒どのに、不審な動きがあります。念のため、配置を見直してはいかがでしょうか?」
「なんだと? 不審な動きとはなんだ?」
「確とは申せませんが、なにやら外部と連絡を取っている様子。彼らは以前、反乱軍の面々とも親しくしていたので、敵と通じているやもしれません」
そんな馬鹿な。
たしかに彼らは名士寄りの立場だったが、最近は熱心に働いてくれている。
それを疑うなど、論外だ。
「……それだけの情報で、味方を疑えというのか? これから戦というときに、そのようなこと、できるはずがないではないか!」
「しかし将軍。もしも裏切りが事実なら、一大事です」
「ええい、それ以上言えば、味方の和を乱す敵とみなすぞ。口を慎め!」
「くっ……分かりました」
まったく、ようやく引き下がったか。
孫堅に言われたから引きうけたが、今後は考えねばならんな。
いや、それよりも今は、目の前の戦いだ。
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馬鹿な!
鄭泰たちが裏切っただと?
奴らに後背から攻められた僚軍が、大きく崩れつつある。
このままではいかん。
「誰か、馬を引け。賊軍を蹴散らすぞ!」
「なりませぬ、将軍。ただちに撤退せねば、我らも危うくなります!」
「この期に及んで、おめおめと帰るわけにはいかん!」
「しかし――」
「敵だ! 敵の総攻撃だぞ~!」
「くっ、もうか?」
すでに味方の戦列は崩壊し、敵が総攻撃に移っているらしい。
ならばひとりでも多く、敵を道連れにしてやる。
…………
…………
ぐうう、やられた。
もう私の命も、長くはないな。
くそっ、孫堅にあらかじめ注意されていたのに、なんたる失態。
このうえは私の命でもって――
「皇甫将軍! お助けに参りました」
「かっ、賈詡。なぜここへ?」
「もちろん、将軍をお連れするためです。さあ、こちらへ」
「う、うむ……」
ひどい仕打ちをした者に、命を救われるとは。
すまない、本当にすまなかった。
この借りは、いずれ……
【賈詡】
私の名は賈詡 文和。
涼州生まれの、しがない文官だ。
昔、異民族に殺されかけたこともあるが、それも口八丁手八丁で生き延びてきた。
そんな私がなんの因果か、董卓さまのご出世で洛陽勤めとなる。
その後、反董卓連合が蜂起したり、董卓さまが暗殺されかけたりと、いろいろあった。
しかし私はひたすら仕事に取り組み、上司に献策をしたりしながら、生き延びている。
それ以上の野望なんか、持ったこともない。
しかし董卓さまが失脚してから、妙に私を買ってくれる人物が現れた。
「やあ、賈詡どの。最近の調子はどうだ?」
「これは孫堅さま。私の方は変わりありませんが」
「そうか。ところでちょっと、相談があるんだがな――」
なぜか荊州牧の孫堅さまが、私のところへ相談にくるようになった。
彼は並外れた武将であり、荊州牧としても成功しているのに、少しも偉ぶる様子がない。
今の上司に、爪の垢でも飲ませてやりたいほどだ。
そんな奇特なお方がある日、深刻な顔で相談にきた。
「賈詡どの。今度の戦、非常に厳しいものになりそうだ。ついては貴殿に、力添えを願いたいのだが」
「はあ……私にできることであれば、協力させてもらいますが」
「それはありがたい。貴殿には今度、皇甫将軍に帯同してもらい、彼を補佐してほしいのだ」
「皇甫将軍に、ですか? あれほどの名将であれば、私の補佐など必要ないでしょう……」
「いや、彼は優れた武将ではあるが、謀略にうとい部分がある。その点を補ってもらいたいのだ」
「謀略とは、具体的に何をご懸念で?」
すると孫堅さまが、声をひそめて続ける。
「おそらく官軍の中には、反乱軍の息が掛かったものがひそんでいる。それらの動きを探り、事前に裏切りを防いでほしいのだ」
「……そのようなことが、私にできましょうか?」
「貴殿にできねば、誰にもできんだろうよ。お願いできないか?」
「……そこまで買ってもらえるのであれば、否はありません。全身全霊をもって、取り組みましょう」
「かたじけない。この恩は忘れんぞ」
なにやらとんでもない役目を引き受けてしまった。
しかしお国のためにも、孫堅さまのためにもやり遂げるしかない。
実際、皇甫将軍の周りを調べてみると、幾人か怪しい者が浮かび上がってきた。
そしていよいよしっぽをつかんだので、将軍に具申したのだが……
「配下の鄭泰どのと何顒どのに、不審な動きがあります。念のため、配置を見直してはいかがでしょうか?」
「なんだと? 不審な動きとはなんだ?」
「確とは申せませんが、なにやら外部と連絡を取っている様子。彼らは以前、反乱軍の面々とも親しくしていたので、敵と通じているやもしれませぬ」
「……それだけの情報で、味方を疑えというのか? これから戦というときに、そのようなこと、できるはずがないではないか!」
「しかし将軍。もしも裏切りが事実なら、一大事ですぞ」
「ええい、それ以上言うのなら、味方の和を乱す敵とみなすぞ。口を慎め!」
「くっ……分かりました」
なんということだ。
話せば分かると思っていたのに、将軍は受け入れてくれない。
それだけ敵の偽装が、巧妙だということか。
しかしこのままでは官軍に、大きな被害が出るかもしれない。
せめて被害を最小限に収めるよう、動くしかないか……
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くそっ、恐れていた展開になってしまった。
これも皇甫将軍が……いや、愚痴はあとだ。
今はなんとしても、将軍をお救いするのだ。
それにしても、孫堅さまに何と言って詫びればいいのか……




