33.孫堅、車騎将軍になる
初平3年(192年)12月 司隷 河南尹 洛陽
「孫堅よ。貴官を車騎将軍に任命する。中原にはびこる賊徒どもを討伐し、再び中華に安定をもたらせ」
「はっ、勅命、承りました」
董卓閥のめぼしい野郎どもをねじ伏せ、訓練に励んでいたら、とうとう反乱軍討伐の勅がくだった。
ついでに車騎将軍への昇進までついてきた。
車騎将軍といえば、上には大将軍と驃騎将軍しかない、高位の将軍職だ。
俺がそこまで出世するとは、世の中も変わったもんだ。
しかしこれは周忠たちと相談した結果であり、当然ながら他の有力武将も将軍になっている。
主な顔ぶれはこんなとこだ。
皇甫嵩:驃騎将軍
孫堅 :車騎将軍
朱儁 :衛将軍
公孫瓚:前将軍
程普 :安東将軍
韓遂 :安西将軍
馬騰 :平西将軍
まず皇甫嵩が驃騎将軍ってのは当然だろう。
本当は大将軍でも良かったんだが、さすがにそれは恐れ多いと辞退された。
さらに本来ならナンバー2の朱儁が、俺より下の衛将軍を望んだ。
彼の方が車騎将軍にふさわしいと思ったんだが、朱儁は今後、洛陽の守備に就くことが決まっている。
そうすると衛将軍の方が妥当だってんで、ここに収まった。
まあ、呂布を追い払ったのは俺だし、荊州の反乱を早期に鎮めた点も、評価されたらしい。
ちょっと怖いぐらいの出世だが、戦で実績を示せばよいかと受け入れた。
それから公孫瓚を前将軍に任命し、さらに揚州を攻略中の程普を、安東将軍に押しこんだ。
こうやって権威をつけておかないと、士気も上がらないからな。
さらに韓遂と馬騰なのだが、彼らは以前から漢朝に帰順する意志を示していた。
そして董卓の負傷後も連絡を取り、協力は取りつけていたのだ。
とはいえ、数年前に反乱を起こしていた奴らを使うことには、異論もあった。
しかし中原のほとんどが反乱軍に占拠され、益州までが呼応の動きを見せているとあれば、背に腹は代えられない。
そこで手っ取り早く、官職で韓遂たちを買収した形である。
彼らには涼州の防衛のみを担ってもらうわけだが、背後を心配しなくて済むだけでも、大助かりというものだ。
この他にも、董卓派の武将や俺の配下には、4品や5品の雑号将軍位をばらまいてある。
これで少しでも士気が上がるなら、安いものだ。
こうして人事を整えたうえで、俺たちは反乱鎮圧の軍を編成した。
まず皇甫嵩が主力5万を率い、次に俺が董卓閥を含む兵3万を、そして残り2万を公孫瓚が率いる形だ。
さらに洛陽の守備として1万を朱儁が指揮するので、洛陽の軍勢は合計11万人となる。
これに加えて、揚州で袁術とにらみ合っている程普の1万5千と、さらに涼州で韓遂たちが率いる1万弱とが、官軍の全てだ。
現状で中原の多くを失陥している漢帝国としては、当面はこれで精一杯だ。
それに対して、袁家主導の反乱軍はというと、
「20万を超えるだと?!」
「うむ、各地で強引な徴兵をしているのに加え、地方の豪族も積極的に協力しているらしい。最低でも20万はいると思ってくれ」
出征前の軍議の席で、周忠から衝撃的な情報がもたらされた。
なんと反乱軍の総勢は20万を超え、さらに増える傾向にあるらしい。
その情報に皇甫嵩や朱儁は大きく驚いている。
しかし公孫瓚や董卓閥の連中は、あまり驚いていないようだ。
その証拠に公孫瓚が、楽観的な見方を示す。
「たしかに敵の兵数は多いようですが、それほど恐れる必要はないでしょう。なにしろあちらは、寄せ集めの烏合の衆です。我らが一丸となって戦えば、決して打ち破れないことはありません」
「おう、そうだそうだ。どうせろくな武将もいねえんだろ? 大したことねえや」
「ふむ。そう単純ではないだろうが、公孫瓚の言うことはもっともだ。我らが上手く連携すれば、十分に太刀打ちできるだろう」
便乗して楽観論を唱える李傕を、皇甫嵩がたしなめつつも、敵側の状態については理解が得られた。
おかげで楽観論を戒めつつも、前向きな議論が交わされる。
そうしてできあがったのが、兗州への侵攻計画だ。
「それでは正面から私が侵攻するのに合わせて、公孫瓚は北から、孫堅は南から攻め寄せるということでよいな?」
「了解です」
「うむ、心得た」
皇甫嵩が河南尹の原武から東進するのに合わせて、俺は開封から北上、公孫瓚は河内郡から南下する計画が立てられた。
そうしてほとんどの者が退出する中、俺は皇甫嵩と朱儁、公孫瓚を引き止めた。
「すいません。折り入ってお話があるので、聞いてもらえますか」
「ほう、何かな?」
すぐに寄ってきた3人に、俺は声をひそめて語りかけた。
「今回の作戦がうまくいけば、敵に大打撃を与えられるでしょう。だけどそれはあくまで、上手くいけばの話です」
「ふむ、何か不安要素があるのかい?」
すかさず朱儁に問われ、俺は軽くうなずきながら答える。
「ええ、俺は間違いなく、敵の邪魔が入ると思っています。具体的に言うと、味方の裏切りですね」
「なっ、貴殿は味方が信じられないと言うのか?」
「具体的に誰か、怪しいのはいるのかい?」
「なるほど、十分にあり得るな」
それぞれ皇甫嵩、朱儁、公孫瓚の反応である。
「現状で誰が怪しいってのは、まだありません。だけどもし俺が向こう側だったら、確実にやりますよ。名士連中のツテで内応者を作って、情報を流させたり、戦闘中に寝返らせたりとかね」
「そんな馬鹿な。我々の部下に、そんな不心得者はいないだろう」
「……いえ、皇甫将軍。それは甘いですよ。武官の中にも、名家出身の者は多いですからね。洛陽から逃げだした連中の影響力は、決して馬鹿にできません」
「むうっ……ならばどうすると言うのだ? 味方を信じられずに、戦いなどできんぞ」
「それが分かれば苦労はしませんよ。とにかく内応者の存在を念頭において、行動するしかありません」
興奮する皇甫嵩を、朱儁がなだめてくれる。
皇甫嵩はこの時代で、最強格の指揮官ではあるが、それだけに政治や謀略にうとい。
さらに彼は軍の主力を率いるのだから、最大の弱点になり得る。
そのため俺は、とっておきの献策をすることにした。
「実は皇甫将軍に、ぜひ使ってほしい人材がいるんですよ。その者は知略に優れているので、敵の企みを阻止できるかもしれません」
「ほう……そのような者がいるのなら、ぜひ紹介してほしいな」
「はい。ではすぐに呼んできます」
そう言って俺は席を立ち、外で待っていた賈詡を招じ入れた。
「はじめまして、皇甫将軍。賈詡 文和と申します」
「むっ、貴殿はたしか、董卓の配下ではなかったか?」
「はい、牛輔どのの下で働いていました」
「ふむ……正直に言うと、あまりいい気分ではないのだがね」
「お気持ちはお察しします」
実は董卓は以前、皇甫嵩をいびっていた時期があった。
昔、董卓が皇甫嵩の下についていた時に、作戦面などで確執があったらしい。
それで公衆の面前で叱責したり、無茶振りをするなどして、圧力を掛けていたのだ。
当然、皇甫嵩がおもしろかろうはずはなく、いまだに董卓閥とのわだかまりが解けていない。
そんな彼からすれば、賈詡は董卓閥のひとりでしかなく、抵抗があるのも当然だ。
しかし俺はそんな彼をたしなめるよう、強く進言した。
「皇甫将軍。この者、類まれなる知略をもって、必ず将軍のお役に立ちましょう。逆になんの備えもなく戦におもむけば、将軍といえど大火傷を負うのは必定。ここは国のためと思って、受け入れてはもらえませんか。このとおりです」
そう言って頭を下げると、さすがの皇甫嵩も折れた。
「むう…………分かった。貴殿がそれほど言うのなら、本当に必要なのだろう。賈詡どの。我が幕下にて、力を貸してもらえるか?」
「もちろんです。粉骨砕身の覚悟をもって、お仕えします」
こうして最大の懸案だった、主力軍へのテコ入れができた。
後は全力で反乱軍を蹴散らすのみだ。




