32.董卓閥の手綱
初平3年(192年)11月 司隷 河南尹 洛陽
荊州軍を程普たちに委ね、俺は100人ほどの部隊で北上した。
同行しているのは黄忠、孫河、周瑜、孫策らだ。
途中、襄陽にも寄りつつ、5ヶ月ぶりに洛陽へと到着した。
するとさっそく、太尉の周忠から呼び出しが掛かる。
「よく戻ってきたな、孫堅。もう荊州は片づいたのか?」
「ええ、南部の豪族どもは、あらかた始末しました。さすがにこれだけやれば、おとなしくなるでしょう」
「さすがだな……しかし襄陽では、殺されそうになったと聞いたが?」
そう言われ、思わずため息をもらしてしまう。
「はぁ……あれには参りました。蔡瑁や蒯越は、仲間だと思っていたんですけどね。意外に俺は、人望がなかったようです。おかげで周瑜にも、危ない思いをさせてしまいました。申し訳ありません」
「いや、周瑜のことは別にいいんだ。あれも好きでやっていることだからな。それよりも、貴殿を失いかけたことの方が、よほど深刻だったよ」
「俺を、ですか? ハハハ、過大な評価をありがとうございます」
軽い冗談かと思い、笑って応えると、周忠は深刻な顔で否定する。
「過大などではない。貴殿が留守の間に、その必要性はより高まっていたのだぞ」
「……ああ、ひょっとして董卓閥ですか。やはり上手くいきませんか?」
「そのとおりだ。こちらの言うことを、まったく聞こうとしない」
周忠は愚痴をこぼしながら、ため息をつく。
李傕や郭汜などの董卓配下が、宮廷の意向にほとんど従わず、ほとほと困っているという。
元々、彼らは董卓の人柄と腕っぷしにひかれ、集まったような連中である。
父とも慕う董卓を、呂布と王允に殺されかけ、その復仇に燃えているのは想像に難くない。
おかげでやたらと反乱軍に向かっていく傾向があり、皇甫嵩や朱儁との足並みが揃わない。
「はぁ……そんなことしている場合じゃ、ないんですけどね」
「そうなのだが、私たちの言葉には耳を傾けようとしない。なんとか君から、説得してもらえないかね?」
「董卓どのはどうしてるんですか?」
「なんとか命は取り留めたものの、すっかり老けこんでしまい、以前のような指導力は望めない」
「はぁ、分かりました。まずは彼と話してみます。それから将軍職について、相談があるんですが」
「ほう、聞こうじゃないか」
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周忠と別れると、今度は董卓に会いに行った。
案内された部屋に入ると、見る影もないほどやせた董卓がそこにいた。
それどころか彼は、呂布に斬りつけられた傷が悪化して、右腕を失っていた。
それを痛ましく思いつつも、俺は気安げに声を掛ける。
「お久しぶりです、董卓さん」
「おう、孫堅か。戻ったんだな。その顔からすると、荊州はどうにかなったみたいだな」
「ええ、なんとかしました。もっとも、仲間だと思ってた連中に裏切られて、死にかけたんですけどね」
「カハハッ、らしくねえな。いや、仲間思いのお前らしいか……そうか、お前も裏切られたか。だが自力ではねのけたんだから、俺なんかとは大違いだ」
そう言って自嘲気味に笑う董卓を元気づけようと、俺は自分の恥をさらす。
「いや、実は洛陽を出る前、賈詡さんに気をつけろって、忠告されてたんですよ。それなのにまんまと罠にはまってしまって。ほんと、穴があったら入りたいですよ」
「フッ、ありがとうよ。気を遣ってくれて。でも何度も忠告されてた俺とは、やっぱり大違いさ。それどころか、命まで救ってもらった。俺がもっとしっかりしてりゃ、こんなことにならなかったのに。本当に面目ねえ」
董卓は薄っすらと涙を浮かべて、謝罪する。
しかしこれは今までに何度もあった話で、俺も適当にあしらう。
「それはもう、言いっこなしだって言ったじゃないですか。今はもっと前向きな話をしましょう」
「前向きな話っていうと、李傕たちのことか?」
「ええ、皇甫嵩さまや朱儁さまが、困ってると聞いて」
「それなあ……俺にも手の打ちようがなくてな」
董卓はため息をついて、事情を語る。
「俺も言い聞かせようとはしたんだ。しかし涼州武人ってのは、力が全てみたいなとこがあってな。もう戦場に立てないような人間の言うこと、聞きゃしねえんだ」
「ああ、やっぱりそんな感じですか」
「ああ、できるなら、おめえの力になってやりてえんだが……」
そう言って董卓は、残った右腕の一部をさする。
その様子はひどく老けこんで見えて、以前のような彼は、もういないのだと思い知る。
しかし彼の言うことはほぼ想定どおりで、まだやりようはあるとも思えた。
「それについては腹案があります。だからちょっと、手伝ってもらえますか」
「腹案って、おめえ……」
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それから数日後、李傕ら董卓閥が洛陽に集まったので、会談の場を設けた。
すると李傕、郭汜を筆頭に、王方、張済、張繍、樊稠、李蒙、華雄、段煨らが集まった。
他に董卓と賈詡、張遼も、俺の協力者として参加している。
その他の連中は反乱時に殺されたか、呂布と一緒に逃げだしている。
ちなみに董卓閥の兵力は、涼州兵を中心におよそ2万人ほどと、けっこうなものだ。
それを血の気の多い武将が率いているのだから、こちらの言うことを聞かないのも当然だろう。
「久しぶりだな。李傕どの、郭汜どの」
「おう、久しぶりだな。もう荊州の方はいいのか?」
「ああ、なんとか反乱は鎮めた。危うく死にかけはしたけどな」
「へえ、それでも大したもんだ。この短期間に鎮圧しちまうんだからな。それに引き換え、俺らときたら」
情けなさそうにため息をつく李傕に対し、俺は話を合わせる。
「思うようにいってないようだな。せいぜい潁川と河南尹、河内郡あたりで、小物を蹴散らしたってとこか」
「……ああ、そんなとこだ。それ以上、深入りするには、情報も兵力も足りねえ」
「まあ、そうだろうな。そこで提案なんだが、皇甫将軍と力を合わせて、中原に出兵しないか?」
しかし李傕は嫌そうな顔で、それを断る。
「またその話か。あいにくと俺たちは、がさつな涼州兵だ。お上品な官軍と共闘なんか、できそうにねえ。それは何度も言ってるだろうが」
「「「そうだそうだ」」」
他の連中も、軒並み反対だ。
彼らの兵の多くは涼州出身で、しかもその半分近くが羌族や胡族などの異民族だ。
そのため荒っぽい連中が多く、あちこちで問題を引き起こしている。
実は近隣での賊軍討伐というのも、疑わしい集落を勝手に襲って略奪しているらしく、どちらが賊軍か分からないほどだ。
今までは反乱軍という共通の敵がいるため、目こぼしをしてきたが、そろそろ手綱を締めねばならない。
「しかしこれ以上、あんたらに好き勝手させるわけにはいかないんだ。そこで次の提案だが、俺と勝負しないか?」
「あん? 勝負して、どうなるんだよ?」
「負ければ俺の配下になってもらう」
「なっ、ふざけんじゃねえぞ!」
「そうだそうだ。なんで俺たちがお前の!」
「調子にのってんじゃねえぞ、こら!」
次々と罵声を浴びせられるが、俺は逆に彼らを挑発してやった。
「なんだなんだ? 俺に勝つ自信がねえってか? 勝てれば将軍だぞ。それを天下の涼州兵がビビりやがって。はっ、情けねえな」
「ぐああっ、ムカつく!」
「てめえ、今ここでぶち殺すぞ、こら!」
エキサイトした奴らが暴れる気配を見せたが、絶妙のタイミングで賈詡が仲裁に入った。
「まあまあ、皆さん。落ちついてください。孫堅どのの言うことも、もっともな話です。涼州の人間は、強い者の下につく。今までもそうやってきたのですから、今回もそれでいいではありませんか?」
「てめえ、賈詡! なに、孫堅の味方してんだよ?!」
「そうだ! おめえも涼州の人間だろうが!」
今度は賈詡に噛みつきはじめたが、逆に賛同する者もいた。
「いいじゃねえか。強いもんが上に立つってのは、群れの真理だ。俺は賛成だな」
「か、華雄! てめえ」
賛意を示したのは華雄といって、史実で俺にぶっ殺された猛将だ。
さすが歴史に残るだけあって、大柄で筋骨たくましい偉丈夫である。
腕っぷしには、相当の自信があるのだろう。
「ほう、いい心掛けだな。それにしても、他の連中は自信がねえのか? 精強な涼州兵とも思えない弱気だな」
「くっそムカついた。いいだろう。乗ってやるよ!」
「ああ、そこまで言われて、黙ってられねえ。ぶちのめしてやる!」
「おう、やってやるぜ!」
かくして俺たちは外へ出て、腕比べをすることになった。
殴り合いから武器を使った戦いまでと、なんでもありだ。
もちろん武器の刃はつぶしてあるが、下手をすれば大ケガをしかねない。
そんな勝負に真っ先に挑んできたのは、やはり華雄だった。
「ヘッヘッヘ、強いもんが将軍になれるだなんて、いいことを提案してくれた。感謝するぜ」
「フン、それはここにいる全員を倒してから、言うんだな」
「ああ、それなら大丈夫だ。俺が一番つよいから」
「ほう、それはどうかな? それっ」
「おっと、やるな。それじゃあ、こっちも。そらっ」
それからしばし攻撃の応酬をくり広げたが、やがて決着がつく。
「ぐはあっ!」
「ふう、たしかに強かったな」
さすがに手こずったが、なんとか勝てた。
華雄は脳震盪を起こしたのか、地面に寝転がったままである。
その後も何人か挑戦者が現れたが、片端から叩きのめしてやった。
これも全て、俺の中のソンケンのおかげである。
ソンケンは争いごとになれば、必ず前面に出てくるし、今回は1対1の戦いだ。
なので俺はソンケンに体を任せ、高みの見物をしているだけでよかった。
さすがは史実で董卓を恐れさせたと、言われるだけある。
そして最後は董卓の言葉で、締めくくられた。
「どうやら誰が一番つよいか、身にしみて分かったようだな。これからは孫堅を俺の代わりと思って、指示に従え。いいな!」
「チッ、仕方ねえな」
「まあ、親父がそう言うなら」
こうして俺は、董卓閥の手綱を握ることに成功した。
これでようやく、反乱軍に対して本格的な攻勢に出られるようになる。
不届きな反乱軍どもめ、首を洗って待ってろよ。




