幕間: 洛陽の闇
儂の名は袁隗 次陽。
汝南袁家の頭領よ。
早くから宮中で活躍し、重職を歴任してきた。
そして劉弁陛下の即位と共に、太傅という地位に就いたのだが、すぐに大事件が起こってしまう。
大将軍 何進の暗殺に端を発する騒動の結果、董卓という田舎者が宮中の実権を握ったのだ。
あの乱暴者め、たまたま劉弁陛下を保護できたのをいいことに、でかい面をしおって。
それも元はといえば、袁紹と袁術が宮中に押し入ったにもかかわらず、天子を逃した結果なのだがな。
まったく、あの馬鹿どもめ。
もっと上手くやればよいものを。
それはさておき、最初は董卓もしおらしいことを言っていたのだ。
”儂に政治は分からないので、細かいことは貴殿らにお任せしたい” などと言ってな。
まあ、当然だ。
あんな田舎者に、政治が理解できるはずがない。
我らはこれ幸いと、濁流派の力をそぎつつ、党錮の禁で下野していた名士たちを引き上げた。
これには周毖や許靖など、多くの者が協力してくれたものよ。
それを董卓め、我らの勢力強化に利用されているとも知らず、感謝の言葉を述べたほどだ。
まったく、単純な武人は扱いやすくてよい。
しかし董卓めは、次第に野心を露わにしてきた。
なんとヤツは劉弁陛下を廃位し、劉協さまを皇帝にしようと言いはじめたのだ。
なんたる不遜、なんたる不敬であろうか。
しかもヤツは武力を背景に、儂に脅しをかけてくる始末。
「劉弁陛下が皇帝のままでは、何太后の影響力が残ったままになる。それではまた宦官どもが、息を吹き返しますぞ」
「ぐむう……しかし廃位とは、あまりに恐れ多いではないか」
「前陛下の御子である劉協さまが、皇帝になられるのです。別に問題はないでしょう」
「いや、それでも……」
言葉はていねいだが、ヤツは虫でも見るような目で、儂に圧力を掛けてきおった。
さすがに命の危険を感じた儂は、やむを得ず廃位に同意したのだ。
しかしヤツの横暴はそれに留まらなかった。
とうとう自身が、相国の地位に就くと言いだしたのだ。
あの蕭何と曽参以外には、誰も就かなかった官職にだ。
おそらく儂よりも上位に立とうという意図であろうが、なんともあさましい根性だ。
これはもう、捨ててはおけぬな。
幸いにも、すでに種はまいてある。
太守や刺史に任命した連中に、兵を挙げさせよう。
さすればヤツは慌てふためき、我らを頼るはずだ。
クククッ、関中の田舎者が我ら関東士人を御そうなど、百年はやいわ。
その後、反董卓連合が大々的に旗揚げしたにもかかわらず、董卓は崩れなかった。
それというのも、長沙の孫堅が董卓に味方したからだ。
しきりに董卓の悪評を広め、あ奴を悪役に仕立てておいたというのに。
これほど時流の見えない男がいたとは、驚くほかない。
しかし孫堅は瞬く間に荊州の反董卓勢をかたづけ、洛陽へ駆けつけてみせた。
董卓は大喜びでヤツを歓待し、旧交を温めたという。
さらに孫堅は、朱儁や周忠までもを説き伏せて、董卓との協力態勢を築いたというではないか。
その一方で儂は太傅を罷免され、謹慎を申しつけられたのだぞ。
いくら袁紹が反董卓連合の盟主になったとはいえ、この汝南袁家をないがしろにするとは、なんと無礼な。
その後、董卓の勢力は息を吹き返し、とうとう反董卓連合を撃退してしまったのだ。
おのれ、孫堅。
どこまでも忌々しいヤツだ。
かくなるうえは、この袁家の総力をもって、追い詰めてくれる。
ククク、見ておれよ。
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反董卓連合が瓦解して約2年。
ようやく田舎者どもを駆逐する準備が整った。
その間、儂は中原の協力者と連絡を取りつつ、王允という手駒を手に入れていた。
ヤツは口では漢王朝のためと言いながら、その実、権力欲に取り憑かれた俗人よ。
あまりに底が浅いので、操るのに都合がよかったわ。
王允は呂布という猛獣を手懐けると、董卓を襲わせた。
あいにくと息の根は止められなかったが、実権を奪うことには成功する。
「逆賊 董卓はこの呂布が追い払った! 今後、あの悪党の暴力に脅える必要はない!」
「そうです。今後は私たちが漢王朝を正道に戻し、正しい政治を行うと約束しましょう!」
ククク、実権を握った呂布と王允が、吠えておるわ。
義理の父親を襲っておいて、正道もなにもなかろうに。
しかし彼奴らが重要な役目をこなしてくれたのは事実。
しばらくはいい目がみれるよう、配慮してやるか。
そしていよいよ儂が、宮廷に復帰するのだ。
ククク、またあの権力を手にするのも、そう遠くないであろう。
な、何っ!
ほんの1週間足らずで、孫堅が攻め寄せてきただと?
しかもヤツは巧妙に呂布をおびき寄せ、拘束されていた朱儁を解放したという。
まずい!
このままでは我らの命が危うい。
ここは安全をみて、洛陽を退去するか。
なあに、罠を仕込めるのは洛陽だけではない。
いずれ孫堅も、息の根を止めてくれるわ。
最後に笑うのは、儂だ。
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馬鹿なっ!
孫堅が襄陽の罠を食い破っただと?
あれほど巧妙に、そしてひそかに罠を張り巡らせたというのに。
なんという常識はずれなヤツだ。
蔡瑁や蒯良たちは逃げたようだが、この先どうなることやら。
あまり期待はできないが、テコ入れはしておくか。
まったく、使えない奴らであった。
しかし儂はこの先、どうするべきだろうか。
とりあえず袁紹を旗頭にして、再び反乱軍は立ち上げた。
それに益州の劉焉までが呼応してくれたのは、上出来と言えるだろう。
次は揚州を攻めとり、そして中原の支配を固めて、堂々と攻め上がるか。
ククク、孫堅め。
この汝南袁家を敵に回したことを、たっぷりと後悔させてやるわ。
そしてその後は、我が袁家が中華を手にするのも、悪くはないな。
董卓と孫堅の暗殺未遂は、袁隗クンが裏で糸を引いていたというお話。
史実では董卓にあっさり殺されてる人物なので、ちょっと違和感があるかもしれません。
しかし今回は罷免されて2年も暇だったので、その間に暗躍したという設定です。




