4.このままじゃヤバい
熹平3年(174年)3月下旬 揚州 会稽郡 上虞
妖賊(宗教関係の賊)との戦いに参加したら、いきなり最前線に放りこまれた。
愚痴りながらも応戦していると、やがて目の前に強そうなヤツが現れる。
それは身の丈2メートルはありそうな、ごつい男だった。
「グワッハッハ、なかなかやるようだな、小僧! しかしこの許信が来たからには、もう好きにはさせんぞ!」
「やかましい! こちとら忙しいんだ。やるならさっさと来い!」
「うぬ、生意気な奴め! これでも食らえ!」
言うやいなや、ぶっといこん棒を振り回してきた。
長さ2メートル、太さ5センチはありそうなこん棒が、唸りを上げる。
しかし今の孫堅にとっては、大したこともない。
ヒラリヒラリと攻撃をかわしながら、チクチクと許信に斬りつけていく。
どれも致命傷にはほど遠いが、一方的にやられていらだったのだろう。
大きく振りかぶって、激しく地面に叩きつけた。
「おお、すごいすごい」
しかし当たらなければ、なんてことはない。
余裕でかわして許信の懐にもぐり込み、その頸動脈を切り裂いた。
「ぐはあっ!」
哀れ許信は、苦鳴と血潮をまき散らしながら倒れ、息絶えた。
それを見た賊徒どもに、大きな動揺が走る。
「うわあ~、許信将軍がやられたぞ~!」
「ヒイッ、化けもんだ~!」
どうやら思った以上に大物だったらしく、賊軍が一斉に引きはじめる。
その勢いに乗じて、官軍が攻勢を強めると、敵は無様に敗走していった。
それは敵が、上虞の城に逃げこむまで続いた。
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その晩、俺はお偉いさんに呼び出され、おおいに褒められた。
「おお、孫堅よ。今日はよくやってくれたな」
「はっ、お役に立てたようで、何よりです」
「ワハハッ、役に立ったどころではないぞ。あの許信には、ずいぶんと手こずらされていたからな。うちの司馬もヤツに殺られたんじゃ」
「まったくだ。呉郡の太守め、若者に戦を押しつけただけかと思っていたが、このような猛者を送ってくれようとは。思っていたよりも気が利くわい」
「まこと、孫堅どのは得がたき武人よ。これからも頼むぞ」
「は、はあ」
しばし刺史や太守の無駄話につき合わされ、ようやく解放されたところで、朱儁を見かけた。
「あ、朱儁さん、朱儁さん。ちょっといいですか? 聞きたいことがあるんですけど」
「やあ、孫堅くん。今日は大活躍だったらしいね。聞きたいことって、なんだい?」
「それなんですけど……」
俺は彼を物陰に引きずりこんで、こっそりと訊ねる。
「あのですね……刺史さまや太守さまって、あまり戦がお得意じゃないんですかね?」
「あ~~……まあ、さすがに気づくよね。ぶっちゃけると、ぜんぜん得意じゃない。本来なら補佐する司馬がいるんだけど、わりと早い時期に討ち取られちゃってね」
「やっぱりか……それでこうも長引いてるんですね?」
「いや、敵が手強いのも事実なんだけど……まあ、それもあるかな……」
思わずため息が漏れる。
こんな状況では、いつまで経っても終わらないどころか、俺の命が危うい。
ここはひとつ、大胆な手を打つべきだろう。
そう考えた俺は、朱儁を正面から見すえて訊ねた。
「朱儁さんには、軍略の心得がありそうですよね?」
「えっ、僕かい? そりゃあ多少は、かじってるけど……」
「ですよね? 太守さまも頼りにしてるふうでしたから。そこでですね、会稽郡の司馬代理に立候補してもらえませんか?」
「え? なに言ってるんだい、孫堅くん。僕はただの主簿だよ。それが司馬なんて」
たしかに主簿ってのは、太守を支える文官にすぎない。
しかし彼は、あの有名な朱儁なのだ。
後の黄巾討伐などで功績を挙げ、車騎将軍にまで昇進するという、有能な男なのである。
その優れた軍才を、使わない手はない。
「朱儁さん! この上虞はあなたの故郷なんですよね? 故郷の同胞が苦しんでいるのを、だまって見過ごすんですか?」
「それは……」
「それに俺は、刺史さまたちに目をつけられました。今後もどんどん矢面に立たされるでしょう。なのに周りは戦の素人ばかりで、このままじゃヤバいです。下手すると死にます。俺を助けると思って、会稽の軍を率いてもらえませんか?」
じっと彼の目を見つめると、朱儁も見返してきた。
「……たしかに。僕もこのままじゃいけないとは、思っていたんだ。そして君が矢面に立たされるのも、ほぼ確実だろう…………分かった。一緒に太守さまのところへ、行こうじゃないか」
「ありがとうございます。一生の恩に着ます」
さっそくとばかりに俺たちは、刺史と太守の陣幕へ突撃した。
そしてその場で、朱儁の司馬代理への就任を具申する。
最初は渋っていた会稽太守の尹端も、俺が撤退をほのめかすと認めてくれた。
ぶっちゃけ、尹端も司馬の成り手がいなくて、困っていたはずなのだ。
だからちょっと話を誘導してやるだけで、希望が通った。
この状況を利用すれば、会稽軍の協力を得られるだろう。
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グッドモーニング、エブリバディ。
孫堅クンだよ。
翌朝から俺たちは、上虞の城を攻略しはじめた。
「掛かれ~っ!」
「「「お~~っ!」」」
城壁上から降り注ぐ矢の雨をかいくぐり、我が軍の兵士が城に接近する。
同時に朱儁が率いる会稽軍も、城に向かって動きだした。
多くの者は盾を持ち、ハシゴを運ぶ仲間を守っている。
また弓を持つものは城に向かって矢を放ち、敵を牽制していた。
俺も城から百メートルほどに近づいて、バシバシと矢を放つ。
この孫堅の体は射撃の腕も抜群で、7割近い命中率を叩き出していた。
おかげで味方の兵が城壁にたどりつき、ハシゴを掛けることに成功する。
「よし、俺はちょっと行って、城門あけてくるから。お前らは後から来い」
「うん、兄さん。気をつけてね」
「正気ですか、孫堅さん? ヤバいですって」
平然と従う孫静と、心配する呉景を残して、俺は走りだす。
すぐに城壁にたどり着くと、空いてるハシゴに手をかけ、猿のように駆け上がった。
城壁の上に出ると同時に、剣を抜いて敵兵をなぎ倒す。
それまではるかに劣勢だった味方が、にわかに活気づいた。
その勢いで押しまくって、とうとう城門の内側にたどり着く。
俺は台風のように暴れながら、味方に指示を出した。
「俺が押さえてる間に、城門を開け!」
「了解しました!」
「くそっ、やらせるなっ!」
「うおお!」
敵も必死で食らいついてくるが、いかんせん素人ばかりだ。
俺が相手してる間に、とうとう城門が開かれた。
「開いたぞ! 突っこめ~!」
「「「おお~~~っ!」」」
俺を信じて待っていた孫静たちが、城内になだれ込んできた。
それを見た朱儁も麾下の兵を動かして、後ろを固めてくれる。
おかげで俺たちはドンドンと突き進み、敵兵を駆逐していった。
武器を持って向かってくる奴らは容赦なく切り倒し、一般人は解放する。
やがて指揮所らしき場所へ突入すると、片端から斬り倒した。
それで負けを悟ったのか、賊軍が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
そんな奴らを適当に追撃して帰ってくると、朱儁に出迎えられた。
「さすがだね、孫堅くん。大活躍だったじゃないか」
「いえ、朱儁さんの援護のおかげですよ。やっぱり本職は違いますね」
「いや、だから僕は、主簿だって」
朱儁が苦笑いしながら謙遜するが、実際に彼の指揮は見事なものだった。
なんというか、人の動かし方を心得ているようで、安心感がある。
俺も多少は、兵法ってやつを学びたいと思ったほどだ。
なんにしろ、これで上虞の城は取り返した。
これなら敵の本拠への進撃も、そう遠くないだろう。
願わくばとっとと敵を倒して、嫁さんに会いたいものである。
朱儁が司馬代理に就任する話は、創作なのであしからず。
(許信という男と、上虞の攻略も架空の話)
しかしまあ、後に黄巾討伐に誘われるぐらいなので、朱儁との交流はあったんだと思います。




