幕間: 董卓の油断
俺の名は董卓 仲潁。
涼州に生まれ、異民族の羌族とも親しくしてきた。
おかげで連中の考え方や戦い方に詳しくなり、しばしば辺境の防衛に駆り出されたものよ。
しかし中平元年の黄巾討伐は、大きく勝手が違った。
守るものもなく、イナゴのように群れ戦う黄巾賊は、ある意味おそろしい敵だ。
そんな奴らを相手に手勢を損なうのも馬鹿らしかったので、適当に手を抜いておいた。
そしたらあっさり罷免されて、涼州に戻される。
フヒヒッ、俺にとっては好都合だ。
この乱れた時代なら、まだまだ出世の機会はあるからな。
案の定、翌年には”辺章と韓遂の乱”が起こり、また中郎将に返り咲いた。
しかし皇甫嵩の指揮下におかれていては、どうにも成果が挙がらない。
そうしてダラダラとにらみ合ってるうちに、皇甫嵩が罷免されてしまった。
その次にやってきたのが、張温という無能だった。
こいつは軍才もないくせに、車騎将軍でございとふんぞり返り、的はずれな指示を出しやがる。
馬鹿馬鹿しくてぞんざいに扱っていたら、真っ向から俺に挑んでくるヤツがいた。
「しかし剛勇をもってなる董卓さまが、賊軍ごときに手も足も出ないとは、不思議でなりませぬ。ひょっとして何か、別の意図でもおありでしょうか?」
「貴様、何者だ? 何をもって俺の忠勤を疑う?」
「これは失礼。私は孫堅 文台。張温将軍のご厚情によって、討伐軍に加わることとなりました。以後、お見知りおきを」
「孫堅? フンッ、朱儁のところにいた若造か。生意気な」
「董卓さまに覚えてもらえていたとは、光栄です。しかし話を戻しますが、董卓さまほどの武勇がありながら、賊軍を放置しておく理由が分かりません。何か、特別な事情でもございましたか?」
「そんなものはない。あまり無礼なことを言っておると、斬り捨てるぞ」
賢しげに口出しする小僧をにらんでやるが、ヤツは一向にひるむ気配がない。
それどころか平気な顔で、情報を要求してきおった。
「おお、怖い。しかし将軍の配下として、言うべきことは言わねばなりません。董卓さまは敵が手ごわいとおっしゃるだけで、何も詳しい情報を出しておられない。その辺をご説明いただけませんか?」
「クッ、小賢しい。よかろう。状況を説明してやる」
結局、ヤツの口車に乗せられて、情報を吐き出させられた。
必要なこととはいえ、あまりおもしろくない。
その後、張温の指揮によって辺章たちと対峙したが、案の定、膠着した。
まったく、間抜けが。
敵のことを理解もせず、この程度の軍勢で勝てるわけがなかろう。
しかし予想外のことは起こるもので、空から火の玉が落ちてきたのだ。
そこで逃げだした敵軍を、さんざんに討ち取ってやったものよ。
とはいえ敵の数は多く、かなりの部分を逃がしてしまった。
そこで追討することになったのはいいが、やはり張温はバカだった。
俺と周慎をふた手に分けて、賊軍を追わせようとするのだ。
「いくら逃げ出したとはいえ、敵はいまだに精強であり、全軍をもって当たらねば反乱軍は打ち破れませんぞ!」
「いや、3万もあれば十分であろう。それとも董卓どのは、自信がないと?」
「そうは言いませぬが……」
現実問題として、こいつは上司なのだから、命令には従わねばならない。
一方で別働隊の周慎にも、孫堅が噛みついていた。
「どうやら敵のこもる楡中には、兵糧の蓄えが少ないようです。ならば周将軍が2万の兵で楡中を囲み、私が残り1万を率いて、敵の補給路を遮断するというのはいかがでしょうか?」
ほほう、こいつはけっこう、分かってるようだな。
しかし周慎のボケはほとんど考えず、その提案を却下していた。
どうしようもないボンクラだ。
それを聞いて落ちこむ孫堅に、俺は声を掛けてみた。
「無能な上司を持つと、お互い苦労するな?」
「……大きな声では言えませんが、全くそのとおりです」
フハハ、こいつ、はっきりと言いやがるじゃねえか。
しかし他の連中に比べれば、はるかに見どころがある。
その後、意気投合した俺たちは、たまに酒を酌み交わす仲になった。
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中平6年(189年)10月 司隷 河南尹 洛陽
あれから涼州刺史となった俺は、手勢を鍛えながら、機会をうかがっていた。
その間に2度ほど、”洛陽へ来て皇甫嵩と代われ”という指示があったが、適当にごまかしておいた。
今の朝廷の命令など、従うに値せんわ。
やがて大将軍の何進から、軍勢を率いて上洛せよとの指示が下る。
何進は宦官ともめていると聞くから、そのための示威行動だろう。
ひょっとしたらおもしろいことが起こるかと思い、俺は上洛した。
「董卓さま。天子さまが洛外に避難しているようです」
「なんだとっ! ただちに保護するのだ!」
そうしたら、なんたる幸運か。
至上の玉がこの手に転がりこんできおったのだ。
俺はただちに天子と陳留王を保護し、そのまま洛陽へ入城した。
そしたら玉をかっさらわれた名士どもが、あっけに取られておったわ。
まったく愉快な話だ。
せっかくだ、この勢いで朝廷を改革し、もっと住みやすくしてやろう。
しかし改革は思うように進まなかった。
いろいろと策を弄して、洛陽の軍勢を手に入れたのはいい。
さらに司空と太尉を歴任し、とうとう相国にまで成り上がることで、権威も確立できただろう。
その間、皇帝の劉弁を廃位させて、弟の劉協を皇帝にしたりもした。
何太后という後ろ盾を持つ劉弁より、劉協の方が扱いやすいからな。
何太后を自殺に追いやったのも、まあ上手くいったと言えるだろう。
しかし厄介だったのは、名士どもの手綱を握ることよ。
俺はわざわざへりくだって、袁家を始めとする名士たちに、人事の刷新を任せてやった。
しかし最初はこちらを恐れている風だったのが、徐々に大胆になってくる。
やがて自分たちの望む名士を抜擢し、次々と要職につけていった。
それでも利益を与えているうちは、言うことを聞くと思っていたのだが、ある日、とんでもない報告が入ってきた。
「陳留郡で、張邈、張超、橋瑁、孔伷、劉岱らが、反乱を起こしました!」
「な、なんだとっ!」
なんと俺が太守や刺史にしてやった連中が、叛旗をひるがえしたというのだ。
しかも張邈らに続いて、袁紹、王匡、韓馥、袁遺、鮑信、曹操、袁術たちも蜂起したという。
俺は奴らを推薦した周毖たちを呼びだし、激しく詰問した。
「その方らが推薦した者どもが、こぞって叛旗をひるがえしておるぞ! これはお前らが企んだことかっ?!」
「い、いえ、決してそんなことは。おそらく何かの行き違いではないかと……」
「そ、そうです。大至急、使者を遣わし、彼らの言い分を聞いてみましょう」
「ならばとっとと動かんか~っ!」
「「「はは~っ」」」
しかし使者を出したはいいが、ほとんどの者が殺されたという。
このうえは無能どもを処刑して、長安へ遷都しようかと悩んでいたら、思わぬ朗報が舞いこんできた。
「長沙の孫堅が、荊州の叛徒を押さえるだと? もしそれが実現すれば、いくらか楽になるな。もう少し様子を見るか」
以前、一緒に戦った孫堅が、俺に味方すると言う。
まあ、たしかにあいつは名士というよりも、俺と同じ武闘派だからな。
あり得ないことではないだろう。
ここはひとつ、ヤツに懸けてみるか。
そうしてしばらく様子を見ていたら、孫堅は本当に王叡と張咨を捕らえ、さらに袁術を追い払ってくれた。
おかげで俺は窮地を逃れ、体勢を立て直すことができたのだ。
そして久しぶりに会った孫堅に真意を問いただすと、ヤツは嬉しいことを言ってくれた。
「孫堅。おめえ、なんで俺に味方してくれるんだ?」
「昔、一緒に戦った仲じゃないですか。それに俺にとっては、董卓どののやってることが、そう悪くないように思えたんですよ。今、この国は、いろいろと行き詰まってますからね。変革が必要なんですよ」
一緒に戦った仲か。
そんなことで味方するだなんて、普通はあり得ねえだろう。
だけどおべんちゃらだけで、なんの役にも立たない名士どもよりは、よほど信頼できる。
こんなヤツがいるってだけでも、改革に取り組む甲斐があるってもんだ。
まあもちろん、ヤツも実利を求めてのことだろうがな。
その後、孫堅の協力もあって、反乱軍の鎮圧には成功した。
しかしその首謀者たちを、処刑できなかったのは計算違いだった。
あんなにも助命嘆願が多いと、さすがの俺もためらっちまう。
まあ、反乱軍の牙は抜いたんだ。
なんとかなるだろう。
実際に最近は大きな反乱もなく、この国は無難に治まっている。
孫堅の野郎も、荊州で改革に取り組んでいるそうだ。
たまにあいつと酒を飲むのが、俺の楽しみのひとつなんだ。
だけどあいつ、呂布と相性が悪いんだよなぁ。
呂布の方は対抗心まる出しだし、孫堅も警備体制を見直せと言ってくる。
2人とも俺が頼みにする仲間なんだから、仲良くやってくんねえかなあ。
そう思っていたら、ある日の晩に異変が発生した。
「何事だ? 騒がしいぞ」
「これは董卓さま。お休みのところ、お騒がせしてすみません。しかし大至急、お話ししたいことがあったのです」
「おう、呂布か。一体なんだ?」
「それがですね……」
その瞬間、殺気を感じて右手を上げると、激痛が走った。
「ぐうっ……な、なんのつもりだ? 呂布」
「お前の命はここで終わりだ。後は俺に任せて逝け!」
「裏切ったのか? この恩知らずが!」
「ヘッ、てめえに恩なんかねえよ! とっとと死ねや!」
「くそ、これしきでやられてたまるか!」
「くっ、しぶとい」
必至に抗ったが、すでに右腕は使い物にならず、もうこれまでかと思った。
しかし次の瞬間、部屋の中に松明が放り込まれたんだ。
そこから立ち上がる煙で、目は痛み、咳が止まらなくなる。
それは呂布も同様で、奴が混乱している間に、誰かが近寄ってきた。
「孫堅さまのご指示で、助けに参りました。こちらへ」
「ゴホッゴホッ、た、助かる」
言われるままについていくと、なんとか窮地は脱したようだ。
しかし傷から流れる血が止まらず、意識が朦朧としてきた。
このままでは俺は……
いや、なんとしても生き延びて、孫堅に謝るんだ。
こんな所で、死んでたまるか!




