28.洛陽の奪還
洛陽の外で呂布と騎馬戦をくり広げていたら、不覚にも落馬してしまった。
生粋の騎兵である呂布の技量に、わずかに後れを取ったのだ。
しかし俺はなんとか体勢を立て直すと、剣を抜いて立ち上がった。
「まだまだ! これからだ!」
「ハッ、往生際が悪いぞ。その首、すぐにも切り落としてやるわ!」
騎乗したままの呂布が近づき、俺に矛を差し向ける。
馬上から繰り出される攻撃は、たしかに脅威ではあったが、避けるだけならなんとかなった。
むしろ地面で両足を踏んばれる分、自由に剣を振れてやりやすいほどだ。
おかげでなんとか呂布の攻撃をしのいでいるうちに、それに気づいた味方が駆けつけてきた。
「孫堅さま~っ!」
「やらせるかっ!」
「うぬ、下郎が、邪魔をするか!」
孫河と孫賁の2人で攻め、なんとか呂布を後退させる。
その隙に俺は馬上に戻り、呂布を追い詰めようとしたところで、別の味方部隊が追いついてきた。
「孫堅さま~、ご無事ですか~? 洛陽は奪還しましたぞ~!」
「な、なんだとっ?!」
隊を率いる黄蓋の言葉に、呂布が大きく動揺する。
それは敵の兵士たちにも伝わって、一気に形勢が傾いた。
「皆の者、洛陽は取り返したぞ! 逆賊呂布を討ちとれっ!」
「「「おおっ!」」」
兵数がほぼ同等になり、しかも洛陽を奪還したと知った味方が、にわかに勢いづく。
その勢いにはさすがの呂布も抗しきれず、やがて敵軍は敗走を始めた。
俺もしばしそれを追ったが、適当なところで切り上げ、洛陽へ戻った。
すると黄蓋が言ったとおり、そこに敵軍の姿はなく、城門が開かれている。
城門を守っていた程普に近づくと、嬉しそうに話しかけてきた。
「おお、孫堅さま。ご無事でしたか。こちらはご指示どおり、片づけておきましたぞ。それにしても味方に城内から内応させるとは、さすがですな」
「ああ、ご苦労。どうやら城内では、朱儁さまが上手くやってくれたようだな」
なぜこうも簡単に洛陽が制圧できたかといえば、朱儁が内応してくれたからだ。
しかし俺が来るまで、朱儁は呂布たちに身柄を拘束されていた。
たとえ誰かの手引きで兵を起こしても、すぐに鎮圧されていた可能性が高い。
そこで俺はわざわざ正面から姿を見せ、呂布を引きずり出したわけだ。
俺に強い憎しみを抱くあいつなら、必ず出てくると踏んでいたが、予想以上に上手くいった。
そしてヤツが俺を追う間に、朱儁は密偵の手びきで解放され、城内の制圧に動いたのだ。
まだ鎮圧はしきれていないようだが、いずれ終わるだろう。
「よし、俺たちも反逆者を制圧するぞ」
「かしこまりました」
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初平3年(192年)5月中旬 司隷 河南尹 洛陽
あれから朱儁や周忠と合流すると、洛陽の大掃除を始めた。
すでに朱儁は劉協陛下を保護し、一緒にいた王允の身柄を押さえていた。
そこから王允たちの協力者の拘束に動いたのだが、あいにくと成果は芳しくない。
「参った。連中、ずいぶんと潔く逃げだしたもんですね」
「ああ、私が兵を挙げてから、多くが逃げだしたようだ」
驚いたことに、袁家を始めとする名士連中が、ごっそりと逃げだしていたのだ。
どうやら俺が城外で呂布と戦ってる間に、朱儁が兵を挙げたのが、想像以上に速く広まったらしい。
朱儁が宮廷を押さえ、俺が呂布の軍勢に手間どっているうちに、別の門から逃げだしたようだ。
「結局、呂布にも逃げられたしな。連中、どこに行くと思います?」
「司隷と潁川は押さえているから、おそらく兗州だろう」
「まあ、そんなとこでしょうね」
ムカつくことに、呂布の野郎もまんまと逃げおおせていた。
ヤツは部下を守ることもせずに、ひたすら逃亡したらしい。
あいにくとこちらの手勢が少なかったこともあって、とうとう見失ってしまう。
そんな奴らの逃亡先だが、兗州が濃厚だ。
なぜなら司隷や豫州の潁川郡には、漢朝に忠実な太守が配置できているからだ。
しかしそれより東になると、あまり信頼できない連中もいる。
それは反董卓派の名士との妥協の結果であるが、忌々しい話である。
「それで1週間ほど前、具体的に何があったんですか?」
「ああ、それなんだけどね。急に呂布の兵が押しかけてきて、協力するよう強要してきたんだ。逆賊 董卓は討ち取ったから、今後は呂布と王允が政権を担うとね。しかし私が協力を拒むと、そのまま軟禁されてしまった」
すると朱儁の後を、周忠が引き継ぐ。
「私の方にはいきなり罷免の指示が来た。他にも蔡邕や李儒、賈詡なども罷免され、謹慎を申しつけられていたな。私はおとなしいふりをして、情報を集めていた」
そう言う周忠に、俺は肝心なことを訊く。
「それで、董卓どのは見つかったんですか?」
「ああ、王允たちが捕まったと知って、ようやく出てきたよ。ただし、まともな手当てもできずに隠れていたため、衰弱がひどい。今は医者が診ているところだ」
「よかった……とりあえず、命は永らえたんですね」
「まだ予断は許さんようだがな」
董卓の生存を知って、心底ホッとした。
味方が逃がしたとは聞いていたが、瀕死の重傷だったのだ。
もしかしたらと、気が気でなかった。
そんな俺の表情を見て、朱儁が話題を変えるように周忠に訊ねる。
「ところで、王允に味方したのは、どんな奴らなんですか?」
「それはもう、主流派のほとんどだよ。袁家はもちろん、楊彪、黄琬、荀爽、周毖、許靖、伍瓊などだな」
「そいつらって、董卓どのに重用されてた連中ですよね?」
「ああ、表面上は従うふりをして、裏では陰謀を企んでいたのだろう」
「そしてそいつらは、形勢が悪くなって逃げだした、と」
「ああ、孫堅の電光石火の行動に、よほど驚いたらしいな」
周忠が肩をすくめながら、苦笑する。
普段は偉そうにしている名士連中の、不甲斐なさを嘆いているのだろう。
そこまで聞いたところで、俺は決意を示す。
「今回の報いは、絶対に受けさせてやりますよ。1人残らずとっ捕まえて、後悔させてやる。だけどあいつら、このまま逃げるだけじゃ済みませんよね?」
「ああ、このままでは済まないだろうな。どうやら奴らは、反董卓連合の連中と連絡を取っていたようなのだ。下手をすると、再び兵を挙げるかもしれん」
「なんと! それは本当ですか?」
「残念ながら、本当だ」
朱儁が驚きの声を上げると、周忠は苦々しそうな顔で肯定する。
「俺もその可能性は高いと思います。なので至急、兵を集めるべきでしょう。すぐに荊州から1万ほど呼びます。魯陽にも1万ほど置いておけば、当面は対応できるでしょう」
「おお、助かるよ。そういえば、董卓の配下は今、どこにいるのかな?」
それに答えたのは、周忠だった。
「董旻、董璜、牛輔などの親類衆は、呂布に殺された。その他は反乱分子の討伐といって、あちこちに出かけている。すでに使者は出してあるが、集結には時間が掛かるだろうな」
「そうですか……そういえば、公孫瓚どのは?」
「ああ、彼も軟禁されていたので、救出したよ。今は城内の捜索を手伝ってくれている」
「そうですか。当面は兵力が揃うのを待ってから、脱走者の捜索が課題ですかね?」
すると周忠が渋い顔をしながら、別の問題を提示する。
「それだけではないぞ。ごっそりと人が抜けた宮廷を、なんとか立て直さねばならん」
「ですね。そっちの方は、周忠さんにお願いできますか? せっかくだから、家格の低い人とか採用するのも、いいんじゃないですかね? 間違いなく、風通しは良くなりますよ」
「ずいぶんと気楽に言ってくれるな。それが大変なんだぞ」
苦い顔で周忠は言ったが、断らなかったので、そちらは任せていいだろう。
俺も軍事面では、それなりに働くつもりだ。
そうしてひととおりの確認を済ませると、俺はある人物に会いにいった。
「久しぶりだな、王允」
「……」
牢屋の中の王允に話しかけると、ヤツは無言で顔をこちらに向ける。
血走った目で俺をにらみつけるあたり、まだ心は折れていないようだ。
「なぜこんなことをした?」
「……なぜだと? 逆に聞くが、お前は以前の形が正しいと思っていたのか?」
「別に問題はなかったと思うがな」
「馬鹿なっ! 董卓なぞという田舎者がふんぞり返って、天子さまをないがしろにする状態が、正しいはずがないっ!」
王允はつばを飛ばして、まくし立てる。
「たしかに董卓が主導していたが、天子さまをないがしろにしてたわけじゃない。彼はむしろ、この漢朝を建て直そうとがんばっていたと思うがな」
「そんなはずがないっ! ヤツは政治を壟断し、私欲の限りを尽くしていたのだ! 私はそんな奸臣に、天誅を下したに過ぎない!」
「……聞く耳なんかないってか。まあ、お前の運命はもう、決まっている。せいぜい、敵の情報でも喋るんだな」
「私は何も漏らさんぞ!」
「がんばれ。ああ、それと董卓は生きてるからな」
「なんだとっ! おい、ちょっと待て!」
大きく動揺する王允を無視し、俺は牢を後にする。
その後、拷問でいくらかの情報をもたらした王允は、人知れず処刑された。
しかしそれは新たな動乱の、序盤のひと幕にすぎなかった。




