27.董卓の暗殺
初平3年(192年)5月初旬 荊州 南郡 襄陽
荊州で改革を進めつつ、華北の動きにも神経を尖らせていた矢先、とうとう恐れていたことが起こった。
「なんだとっ! 董卓が襲撃された?!」
「はい、護衛のはずの呂布に襲われ、瀕死の重傷を負いました」
「くっ、さんざん注意するよう言っておいたのに……それで彼の身柄は?」
「なんとか脱出させました。しかし天子をはじめ宮廷の要所は、王允に掌握されたようです」
「くそっ、王允だけでやれることじゃない。かなりの黒幕がいるな」
「ええ、私もそう思います」
董卓が襲われたと聞いて、怒りに目がくらみそうになる。
まだ死んでないのが救いだが、それもいつまでもつやら。
こうならないよう、董卓には再三注意を促していたというのに。
それにしても、この世界は俺が董卓に味方することで、史実とは大きく変わっている。
なのに呂布と王允が結託して謀反とは、出来過ぎじゃないか?
これが歴史の修正力とでもいうのだろうか。
もしそうなら、俺もうかうかしていられない。
そんな思いを振り払って、周瑜に状況を確認する。
「董卓閥の連中は何をやってたんだ?」
「董卓の親類は、ほぼ殺されたようです。その他の武将は外に出払っていて、洛陽には呂布の部隊しかいないようですね」
「守りが薄くなったところを狙われたわけか。呂布の持つ兵力は?」
「詳しくは分かりませんが、おそらく5千前後かと」
それらの情報は、董卓の周囲にひそませていた密偵が送ったものだ。
その伝送は伝書バトを用いたもので、情報としては非常にホットなものである。
実は2年ほど前から、インド方面でカワラバトを仕入れ、連絡に使えるよう訓練していたのだ。
おかげで1日と経たずに情報を得られたのはいいが、その結果は芳しくない。
「それだけで謀反が成功するとも思っていまい。おそらく華北のどこかで、兵を挙げる奴らが出てくるだろうな」
「はい、すでに準備しているとすれば、ここ数日が決め手となるでしょう」
「よし。大至急、南陽の兵を動かすとしよう。例の仕掛けは、うまくいきそうなのか?」
「それはまだなんとも。続報を待たねばなりませんが、可能性は高いと思っています」
「分かった。いずれにしろ、洛陽へ出発するぞ」
「はい」
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その後、張紘たちに状況を伝えると、俺はただちに魯陽へ向かった。
その前に伝書バトを使い、魯陽に兵を集めるよう指示を出してある。
普通なら募兵に何日も掛かるところだが、ある程度の準備はしてあった。
南陽郡では常備兵の数を増やし、さらに農民兵の訓練も頻繁に行うようにしていたのだ。
これによって一旦、招集を掛ければ、短時間で多くの兵が集まる仕組みになっている。
おかげで俺が魯陽にたどり着いた頃には、1万人ちかい兵が集まっていた。
「3日ほど前に、洛陽で政変が起こった。どうやら相国閣下が、逆賊の刃に掛かったらしい。我らはただちに洛陽へおもむき、逆賊を捕縛もしくは討伐する。そのためには誰よりも早く、洛陽へ着く必要がある。遅れる者は置いていくから、そのつもりでついてこい。全軍出撃!」
「「「おお~~っ!」」」
俺の号令に従って、万を超える兵士が動きだす。
しかし歩兵に合わせていては、洛陽まで何日も掛かってしまう。
そこで俺は千人の騎兵隊を率いて、洛陽へ先行した。
ここで問題となるのが、魯陽と洛陽の間をふさぐ大谷関だ。
こいつは洛陽8関のひとつに数えられる関所で、南側を守る要害である。
そして当然ながら、許可のない軍勢を通さないよう、王允から指示が出されていた。
さすがに人員補充は間に合わず、数百人しか詰めていなかったが、そう簡単に抜けるような関所ではない。
しかし今回のような事態を想定していた俺は、ここでも手を打ってあった。
1年以上前から、隊長クラスの兵を送りこんでいたのだ。
そして大谷関にたどり着くや、内側から門を開けさせ、逆らう指揮官や兵を拘束した。
これによって、あっさりと大谷関は手に入れた。
そしてひとまず兵を休ませると、翌日には洛陽の城門前にたどり着いていた。
それは俺が襄陽を発ってから、わずか5日めのことだった。
「荊州牧の孫堅である。洛陽に異変ありと聞いて、駆けつけた。開門を願う!」
もちろん洛陽の城門は呂布の配下で固められていて、開く気配はない。
おそらく今は、伝令が呂布の下に走っている頃だろう。
さて、敵はどんな行動に出てくるのか?
そんなことを考えながら、部下にも城内へ呼びかけさせながら、敵の動きを待っていると、やがて城門が開いた。
そして大勢の騎兵と歩兵が、姿を見せたのだ。
その先頭に立つのは、見覚えのある偉丈夫である。
「孫堅! 貴様、洛陽に異変ありとは、何事だ? あらぬ噂で民心を動揺させるのは、この俺が許さんぞっ!」
「ハッ、あらぬ噂じゃないだろう。貴様が相国閣下を襲ったのは、知ってるんだ。この裏切り者がっ!」
そう、偉そうに出てきたのは呂布だった。
丁原に続いて董卓までもを殺そうとした、裏切りの常習犯だ。
呂布は本当のことを言われ、わずかに動揺しながらも、堂々としらを切った。
「フン、知らんなあ。たしかに董卓さまは亡くなられたが、病死だ。俺が殺したなどと、言いがかりはよせ!」
「ハハハッ、今さらしらばくれるんじゃねえよ。薄汚れた野良犬めっ!」
「おのれ……」
思いきりののしってやったら、ヤツが血相を変えた。
これだけの悪事をなしておいて、あおり耐性の低いやつだ。
ヤツは矛先をかかげると、背後の軍勢に号令を掛けた。
「全軍、突撃だ! 孫堅を討ち取れっ!」
「「「おお~!」」」
こちらの倍はありそうな軍勢が、怒号を上げながら迫ってくる。
しかしこちらは、まともにやり合わない。
「全軍、散開! 正面からの戦いは避けろ!」
「「「おおっ!」」」
すると千の騎兵隊が、4つの部隊に分かれて動きだす。
それぞれの部隊がバラバラになって、洛陽から距離を取った。
ちなみに俺の他には、程普、黄蓋、黄忠が、それぞれ部隊を指揮している。
対する呂布は、500人ほどの騎兵を率いて俺に向かってきた。
しかし当然ながら、そんな攻撃に付き合う気はない。
「俺に続け!」
「「「おうっ!」」」
俺は脇目もふらず、南側に走りつづけた。
すると呂布はそれを追いかけ、どんどん洛陽から離れていく。
当然、歩兵部隊との距離も離れるが、呂布はそんなことお構いなしだ。
よほど自分の腕に自信があるのと、俺さえ討ち取ればお終いだと思っているのだろう。
そんなヤツをさんざん引き回したうえで、やがて小高い丘の上に、俺たちは陣取った。
少し遅れてきた呂布も一旦立ち止まり、陣形を整える。
やがて準備が整うと、ヤツは酷薄な笑みを浮かべて号令を掛けた。
「突撃っ!」
500騎もの兵の突撃を、こちらも負けずに迎え撃った。
「押し負けるなっ!」
「「「おうっ!」」」
敵の半分ほどしかいないが、味方の騎兵が爆進する。
それぞれ先頭に立つ俺と呂布の距離が、ぐんぐんと縮まった。
そして間近に迫ったところで、互いの矛を突き出す。
しかし互いに相手を傷つけられずに、そのまますれ違った。
後続の騎兵たちも俺に続くが、中には対処を誤り、落馬する者もいる。
なにしろこの時代、まだ鐙がないため、馬上で踏んばりが利きにくい。
なので太ももで馬体をはさんでこらえ、武器の使い方も突き主体になる。
下手に大ぶりなんてしたら、それだけで落馬しかねない。
その後も突撃を繰り返しているうちに、やがて乱戦になった。
こうなると馬の機動力もいかせず、敵味方がバラバラになって、組み合う形になる。
そして俺の目の前には、呂布がいた。
「貴様の命、今日で終わりにしてくれるわ。とうっ!」
「ほざけっ! こっちこそ仇をうってやる! おりゃっ!」
互いに馬上で矛を振るう、危険な戦いが始まった。
俺も必死で馬を操って、矛を繰り出す。
しかし騎馬戦に関しては、呂布の方に分があった。
なにしろ呂布は、遊牧民も共存する并州の出身だ。
おそらく幼少の頃から乗馬に慣れ親しみ、経験を積んできたのだろう。
対する俺は江南のド貧民の出身である。
そもそも馬自体が少ないし、役人になるまで馬には乗れなかった。
もちろん乗れるようになってからは、自分なりに訓練を重ねている。
しかし根っからの騎馬民族とは、大きな差があるのも事実だった。
その懸念どおり、やがて呂布に追いこまれるようになってきた。
こちらも必死で食らいついていたが、やがて俺はバランスを崩し、落馬してしまう。
「しまった!」
「フハハッ、勝負あったな」
やべえ、ちょっと無茶をしすぎたか?
だが、こんなとこで死ねない。
がんばれ、孫堅。




