26.動乱の予兆
初平2年(191年)8月 荊州 南郡 襄陽
公孫瓚や劉備との出会いを経て、俺は襄陽へもどってきた。
そして中原の怪しげな情勢に対応するべく、主な配下を招集する。
「という感じで、洛陽ではまた濁流派の連中が、のさばり出しているんだ」
「ふ~む、予想していたとはいえ、相変わらずひどい状況のようですな。しかしだからといって、我々にできることはほとんど無いと思いますが」
真っ先に反応したのは張紘だが、張昭がそれに反論する。
「そのように悲観的な態度では、話が進まぬであろう。もう少し、前向きに考えようではないか」
「そうは言っても……」
「まあ、落ち着け、張昭。俺が見るところ、事は濁流派の粛清だけで済む話じゃない。そう遠くないうちに、また政変が起きるぞ」
「ほう、それはまた穏やかではありませんな」
「一体、何を根拠にそのようなことをおっしゃるのですか?」
俺の情報にほとんどの者が驚き、そして根拠を問う。
そこで洛陽で見てきたことを、さらに説明する。
「今回、洛陽を見てまわって感じたんだが、濁流派だけでなく、関東の名士どもの不満が鬱積しているようだ。表向きは董卓の下で治まってるが、いずれ奴らは暴発するだろうな」
「う~む、それほどか……」
「孫堅さまが感じられるほどに、明らかだとはのう……」
「しかしいくらなんでも……」
中には懐疑的な者もいるが、それも当然だろう。
俺だって前世知識がなければ、こうもはっきりと断言できなかった。
さらに本来の歴史と違ってる部分も多いので、本来なら俺も自信を持てなかっただろう。
しかし俺には、ソンケンの直感があった。
本来のソンケンは野獣のような男で、動物なみに鼻が利く。
その彼の直感が、俺にささやきかけるのだ。
”洛陽の裏で、何かが動いている。いずれまた、大きな政変が起こるぞ”、と。
「正直いって、本当に政変が起こるのか、そしてどんな形で起こるのかは、俺にも分からない。だが何が起きても対処できるよう、準備をしておく必要がある。そしてそれに必要なのは武力だ。程普、今の荊州で、どれだけの兵が集められる?」
「……そうですなぁ」
俺の問いに、程普がヒゲをしごきながら考える。
「……現状では2万というところでしょうが、各地の警備も必要です。それを差し引くと、せいぜい1万とちょっと、ですかな」
「1万か。長沙の頃からすれば、大した数字ではあるが、まったく足りんな。少なくともその倍は必要だろう」
「むう、2万ですか。それはいささか……」
「現状で無理なのは分かっている。そこでいざという時のために、動員能力を高めたい」
すると張紘が、俺の意図を推測する。
「それはつまり、豪族に兵を出させるということですな?」
「ああ、そうだ。ただし豪族の私兵ではない」
「……ということは、私有民を戸籍に載せるのですな。しかし抵抗は激しいですぞ」
この時代、生活に困って故郷を離れた流民が、豪族の支配下に入り、徴税や徴兵の対象から外れるなんて珍しくもない。
これが私有民というやつで、もちろん違法なのだが、豪族はあの手この手でごまかして、私腹を肥やしてきた。
この荊州ではそれを是正しようと動いているが、本来の半分もできていないのが実状だ。
「人頭税や田祖(土地税)は減免してやるから、戸籍だけでもはっきりさせるんだ。そのうえで動員体制を見直して、訓練計画を立ててくれ」
「そんな簡単そうに言われましても……」(張紘)
「やれやれ、またあの業突くばりどもと、やり合わねばならんのか」(張昭)
「これはまた、膨大な仕事になりますな」(韓嵩)
今までさんざん豪族とやり合ってきた文官連中が、予想される苦労にため息をつく。
その一方で武官どもは、やる気満々で笑みを浮かべていた。
「ククク、とうとう2万以上の兵を動かすようになるか。さすがは孫堅さまよ」(程普)
「うむ、我らもうかうかしておれんのう」(黄蓋)
「しかり、我らの采配が、この中華の行く末を左右することになるのよ」(黄忠)
「フハハッ、それは楽しみなことだ」(朱治)
たしかに大軍を動かすとなれば、彼らの心も躍るだろう。
「これは俺たちが、生き残るための準備だからな。よろしく頼むぞ」
「「「はっ」」」
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初平3年(192年)2月 荊州 南郡 襄陽
ロングタイム・ノーシー、エブリバディ。
孫堅クンだよ。
あれからしばらくは、みんな忙しく働いていた。
多くの私有民を抱える豪族を見つけては、交渉を持ちかけたのだ。
なかなか正直に白状しない豪族には、税の減免などをちらつかせて説き伏せ、私有民の戸籍登録を進めた。
もちろん交渉にすらならない奴らもいたので、軍も動かした。
基本的に脅しのつもりだったが、それだけで済まず戦闘も発生している。
おかげでまたいくつかの豪族が潰れたが、それほど多くはなかった。
とにかくこちらは交渉の姿勢をアピールして、話し合いを望んだからだ。
全ての豪族を敵に回していたら、とても手が回らない。
ちなみに潰れた豪族の土地は接収し、囲われてた私有民に配った。
おかげでまたまた仕事が増えて、文官たちは疲労困憊である。
しかし彼らの献身によって、ようやく目標は達成されたのだ。
「とうとう動員可能数が2万を超えたぞ。みんな、よくやってくれたな」
「おお、おめでとうございます、孫堅さま」
「まったく、大変でしたなあ」
「しかしおかげで、荊州の治安は一段と良くなりました」
「ですな。おそらくこの中華で、最も安全な州でしょう」
文官たちが疲れた顔をしつつも、達成感を露わにしている。
彼らが言うように、徴兵能力の向上は、州内の治安向上にも寄与していた。
豪族に脅しを掛けるために、多くの部隊を動かしていたし、徴兵した者の訓練を兼ねて、盗賊狩りにも精を出したからだ。
おかげで荊州は治安が良いとの評判が広まり、人が集まってきた。
人が集まれば金が動くので、税収も上向きつつある。
これによって軍費の回収も、ある程度できていた。
「しかしこれは、あくまでもひとつの通過点に過ぎない。今後も豪族の取り締まりは続けていくから、そのつもりでな」
「やれやれ、そう簡単に楽にはなれぬか」
「フハハッ、まあそう言うな。武力が増せば、豪族どもへのにらみも利く。今までよりは、楽になるであろう」
「本当にそうならいいんじゃがのう」
そんな嘆き節を聞きながらも、俺は荊州の統治に手応えを感じていた。
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「待たせたな、周瑜。洛陽の様子はどうだ?」
「それがどうやら、孫堅さまのご懸念が、現実味を帯びてきたようです」
「む、何が起こった?」
ところ変わって、周瑜と密室で向き合う。
最近、彼には洛陽での情報収集を頼んでいた。
元々は洛陽にいる周忠に頼んでいたのだが、その仲介をする周瑜に重心が移った形だ。
その結果、周家が抱える密偵の一部を借り受け、独自に情報を集めるようになった。
今ではこの荊州でも、密偵を養成しているほどだ。
そんな仕事を取りしきるのが、わずか18歳(数え)の少年だというのだから、なんとも末恐ろしい。
その少年が、不穏な情報を伝えてくる。
「孫堅さまが懸念していた、王允と呂布の間で接触が増えています。さらには袁家と王允の間にも、やり取りがあるようなのです」
「ほほう。臭いな、それは」
史実を知る俺の指示で、王允と呂布の周辺を探らせていた。
今回そこに動きがあっただけでなく、袁家まで絡んできたというのだ。
洛陽には袁隗と袁基を中心に、汝南袁家が影響力を持ちつづけている。
なにしろ反董卓連合が蜂起するまで、袁隗は太傅、袁基は太僕という要職にあったのだ。
今は官職を罷免されているが、やはり袁家の影響力はでかい。
というよりも、罷免されたからこそ、不満分子の受け皿になっている可能性が高かった。
そんな袁家が関わっているのであれば、ことは董卓の暗殺だけに留まらず、さらに大きな動きにつながるかもしれない。
「引き続き王允を中心に、動向を探ってくれ。それから袁家と華北の豪族に、やり取りがないかもな」
「はい、了解しました。これはいざという時のためにも、いろいろ備えた方がよさそうですね」
「ああ、例の件も進めておいてくれ。いろいろ頼んで、すまんな」
「いいえ、これしき、大したことはありませんよ」
そんな周瑜を頼もしく思う一方で、動乱の予兆に暗い思いを振り払えなかった。




