21.洛陽で根回し
初平元年(190年)3月初旬 司隷 河南尹 洛陽
董卓に召喚された俺は、最初は警戒されていたものの、やがて大丈夫だと判断されたのだろう。
今は別室で2人きりになって、彼の愚痴を聞いている。
「というわけで、俺は弘農王(劉弁)を始末して、長安への遷都も考えてたんだ。でも周囲は大反対するし、お前も南から支えてくれるって言うじゃねえか。それで様子を見てたら、袁術を追いはらってくれて、だいぶ楽になったんだ。マジで助かったよ」
「それは何よりでした。遷都なんかしたら、いろいろと混乱しますからね。そういう意味でも、本当に良かったですよ」
どうやら俺が送った書状が効いて、ギリギリで遷都が回避されたらしい。
おかげで後漢王朝の機能は、さほどダメージを受けていない。
そう思って顔をほころばせていると、董卓がおもしろくなさそうに言う。
「そうかぁ? 俺は一遍、ぶち壊してもいいと思うがな。そうでもしなきゃ、変わらねえだろう、この国は」
「う~ん、たしかにそれも一理ありますね。でもそれで一番苦しむのは民ですよ。ここは慎重にいくべきでしょう。それでこれから、どうするつもりなんですか?」
「ん~? まあ、南が楽になったから、手近なとこから潰してくさ。皇甫嵩も呼んだしな」
「ああ、そうなんですか」
実はこの当時、皇甫嵩が右扶風に、3万の兵と共に駐屯していた。
韓遂と馬騰の反乱に対処するためだが、それは董卓が交渉でなんとかしたのだろう。
それで手隙になった皇甫嵩を呼び寄せ、到着しだい動き出すらしい。
「反乱軍の方はどうなってるんですか?」
「おお、まず潁川郡に孔伷が陣取ってるだろ。それから河内郡に袁紹、王匡、張楊がいて、陳留郡には張邈、張超、劉岱、橋瑁、袁遺、鮑信、曹操だ。あとは冀州に韓馥とまあ、そんなとこだな。総兵力は10万を超えるって話だが、な~に、しょせん寄せ集めよ。叩き潰してやる」
「ふ~ん、こっちの兵は、どれぐらい出せるんです?」
「5~6万ってとこかな。もっと集められるが、それも時間が掛かるしな」
「なるほど……ちなみに、連中と交渉はしてみたんですよね?」
すると董卓が顔をしかめ、吐き出すように言う。
「もちろんだ! 帰順するよう、説得の使者を送ったんだが、ほとんど殺されちまった。ひでえ話だろ?」
「やっぱりですか。よほど自分が正しいと思ってるんですね。それなら連中を仲違いさせるよう、噂をばらまいたらどうですか?」
「噂って、どんな?」
俺は懐から書状を取り出すと、董卓に見せながら説明する。
「これは王叡のところに来てた、反乱軍の檄文です。3公の名を騙ってますが、明らかに偽物ですよね。そしてこの出どころは、橋瑁らしいです」
「ほ~、なるほどなあ……しかしこれが偽物だってのは、連中も薄々気づいてんじゃねえか?」
「たとえ気づいてても、正面から否定されれば、動揺するヤツもいるでしょう。それに兵士の士気は落ちるだろうし、状況が悪くなったら仲間割れも始まるんじゃないですかね。そのうえで、今なら免官だけで済むって言えば、降伏するかもしれない」
免官とはつまり、官職を奪うことである。
反逆者に対して甘すぎる罰なため、董卓はまた顔をしかめて言う。
「免官だけって、本気か?」
「それで兵を退いてくれるんなら、よっぽどマシでしょう。それにどうせ後で、別件逮捕すればいいんだし」
平然とそう言ってのけると、董卓はしばしあっけに取られた後、笑いだした。
「クククッ……ワハハハハハッ。俺よりよっぽど悪党だな。真面目そうな顔をして」
「いえいえ、俺は国のため、民のためを思って言ってるんですよ」
「ほ~ん、天子さまのためじゃねえのか?」
「天子と国は一体ですからね」
「ハハハ、まあ、そうだな……」
すると董卓は、ガシガシと頭をかいてから、ため息をついた。
「はぁ……どうやら反乱騒ぎにビビって、頭が回ってなかったみたいだな。おめえの言うことは、いちいちもっともだ。他に気をつけとくことはねえかな?」
「ああ、それなら幽州の劉虞さまを、呼び寄せた方がいいですよ。あのお方を担ごうとする奴が出てくるだろうし、何よりも公孫瓚と揉めてるでしょ」
「たしかに皇族を担ぎ上げようって奴はいそうだが、公孫瓚と揉めてんのか?」
劉虞とは漢の皇族の1人で、今は幽州牧をやっている。
しかしこのままだと、袁紹が旗頭に担ぎ上げようとするし、最後には公孫瓚と敵対して、殺されてしまうのだ。
「ええ、俺も詳しくないですけど、異民族への対応方針で、揉めてるはずです」
「そうなのか? 分かった。調べてそのとおりなら、呼び寄せるわ……ところで孫堅よ。お前はこの後、どうするつもりなんだ? できれば賊軍の討伐に、協力して欲しいんだがな」
「ええ、いいですよ。だけどできれば、朱儁さんと組ませてほしいですね。彼とは旧知の仲なんで。逆に董卓さんの配下とは、連携が難しいと思います」
「あ~、朱儁か。ちょうどいいや。あいつを説得してもらえねえかな? なんか俺の下では働きたくないって言われて、困ってんだよ」
董卓がちょっと呆れた顔で言う。
「あぁ、やっぱり。朱儁さんは正義感つよいですからねえ。分かりました。じかに会って、説得してみますよ。それから廬江周家にも接触して、協力をお願いしてみるつもりです」
「あん? おめえ、周忠ともつき合いがあんのかよ?」
「直接はないんですけど、彼の甥っ子を預かってましてね。その伝手で、話ぐらいはできるかと」
「ほ~ん……どんな話をするんだよ?」
「向こうしだいですけど、妥協点を探れないかな、と」
「妥協って、どんな?」
「たとえば兵士の暴力行為をやめさせる代わりに、名士のとりまとめをしてもらう、とかですかね」
すると董卓が嫌そうな顔をする。
「別にちょっとぐらい、いいじゃねえかよ。そもそも国庫にほとんど金が無くて、困ってるんだ。だから多少の略奪は許してる」
「そんなことしてるから、名士や領民にそっぽ向かれるんですよ。今からでも遅くないから、兵を統制しましょう」
「う~ん、だけどなぁ……」
「それと袁家の連中は、まだ生かしてるんですよね?」
「おう、あいつら、3族までぶち殺してやろうと思ったが、お前に止められたからな。とりあえず牢にぶち込んである」
「それは良かった。彼らには反乱を収める方向で、責任を取らせた方がいいですよ」
「う~ん、それもそうなんだが……」
史実では、袁家の本流である袁隗や袁基を殺してしまい、董卓は大きな恨みを買うのだ。
いかに袁家の影響が大きいかという話である。
その後もいろいろ釘を刺してから、俺は董卓の前を辞した。
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グッドモーニング、エブリバディ。
孫堅クンだよ。
翌日は朝から、周家を訪ねた。
あらかじめ周瑜を遣わして、予約を入れてある。
「はじめまして、孫堅 文台と申します」
「おお、貴殿が孫堅どのか。私が周忠だ。周瑜からは、いろいろ聞いています」
そう言って出迎えてくれたのは、周家の頭領 周忠である。
彼は50を過ぎた男で、上品そうな容貌をしている。
そして9卿を務めるほどの要人でありながら、想像以上にていねいな態度で、俺に接してくれた。
「それで周瑜から聞きましたが、貴殿は我ら名士層と、相国の間を取り持ちたいとお考えだとか」
「はい、私も庶民の出でありながら、こうして周家や陸家と誼を通じてもらっています。加えて武人としても、相国閣下とは相通じるものがあるので、その間を取り持てればと考えているのです」
すると周忠は、満面の笑みで賞賛してきた。
「すばらしい。実は我らも相国やその周辺とは、どうつき合えばよいのか頭を悩ませていたのです。貴殿のような才人に助言をいただければ、助かるというもの。聞けば昨日も、相国と話をされたようですな」
「ええ、彼とは涼州で共に戦った戦友なので、わりと親しくしてもらっています」
「なるほど、なるほど。まさに天の配剤ですな」
「いえいえ、それほどのことは」
「ご謙遜を」
周忠は妙にこちらをおだてながら、さらに話を進める。
「ところで疑問なのですが、相国は反董卓連合との和睦はお考えなのでしょうか?」
「ええ、もちろん考えていますよ。昨日もその話をしてきたところです。基本的には、今、兵をひけば免官のみで済ませる、そういったことを呼びかけることになるでしょう」
「ほほう、それは寛大ですな。それでしたら、考えを変える者もおりましょう」
「そうですね。しかしまあ、なかなか信じてもらえない可能性は高いですけど」
「それはありそうですな。仮に戦火を交えることになったとして、この洛陽に影響はありましょうか?」
「それはないですね。私も戦いに出ますし、敵はバラバラです。この洛陽を戦火にさらすなど、ありえないでしょう」
「ほほう、実に頼もしい。そうであれば、遷都などもなくなりますか?」
「ええ、もちろんです。この漢の繁栄は、洛陽あってのもの。必ず守り抜いてみせますよ」
そんな感じで、周忠たちが安心できるよう、いろいろ話をしてやった。
そのうえで名士側の不満を聞き、それを改善する代わりに、周忠たちも協力する方向で話をまとめていく。
おかげで気がついたら、もう昼になっていた。
そのままお昼をごちそうになってから、屋敷を後にする。
すると一緒に話を聞いていた周瑜が、興味深そうに話しかけてきた。
「なぜ孫堅さまは、相国閣下と伯父上たちの間を、取り持とうとするのですか?」
「ん? それが必要だからさ」
「それはそうでしょうが……孫堅さまがすることでは、ないように思えます。あまり利はありませんよね?」
「そんなことはないさ。他にできる者がいないことを成せば、俺の存在価値は上がる。世の中も平和になって、いいことだらけだ」
「アハハ、本当に孫堅さまは不思議なお方ですね。自分のことだけでなく、常に民のことを気にかけている」
「そりゃあ、民あっての国だからな。そこをおろそかにしていると、足元をすくわれるんだ。覚えておくといい」
「ええ、心に留めておきます」
周瑜は楽しそうに笑いながら、俺の言葉を受け入れた。
彼のことだから、建前だけでなく、現実も踏まえての理解であろう。
願わくば、孫策と一緒にすこやかに育って、俺を支えてほしいものである。




