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それゆけ、孫堅クン! 改 ~ちょい悪オヤジの三国志改変譚~  作者: 青雲あゆむ
第2章 後漢動揺編

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20.董卓との再会

初平元年(190年)3月初旬 荊州けいしゅう 南陽郡なんようぐん 魯陽ろよう


「それで孫堅どの。董卓さまが、貴殿に会いたがっている。ついては洛陽まで、お越しねがえるかな?」


 董卓の使者として来訪した李傕りかくが、そう訊ねる。

 一応、依頼の形を取ってはいるが、ほぼ強制みたいなもんだ。

 なにしろ相手は、天下の相国閣下だからな。

 俺はそれを知りながらも、ちょっと抵抗を試みた。


「う~ん、一応、袁術は追い払ったが、潁川えいせんには孔伷こうちゅうが陣取っている。あまり長く、陣を空けたくはないな」

「それなら安心してもらっていい。ただでさえ孔伷は、潁川から討って出る動きはなかったのだ。それが袁術を撃退されて、すっかり閉じこもっているからな」

「そうか、ならば少しぐらいはよいか。失礼だが、少し部下たちと相談させてもらいたい」

「うむ、よい返事を待っているぞ」


 俺は部屋に李傕を残すと、別の部屋に配下を集めた。


「父上、どのような話になったのですか?」


 真っ先に状況を訊ねたのは、孫策だった。

 俺は孫策と周瑜に経験を積ませようと、今回の討伐行に連れてきていたのだ。

 もちろん戦場に立たせはしないが、いろいろと勉強をさせている。


「ああ、予想どおり、洛陽に来いと言われた。少々危険はともなうが、俺は洛陽へ行く」

「大丈夫ですかな? あまり護衛の兵は、連れていけないのでしょう?」

「さすがに袁術を追いはらった俺を、邪険にはせんだろう。ところで周瑜。できれば君にも来てほしいんだが、どうかな?」

「私が、ですか?」


 周瑜は首をかしげ、その理由を請う。


「ああ、洛陽にいる周家の人間に、渡りをつけてほしいんだ。できれば董卓と名士の間を、仲裁してやりたいと思ってな」

「ああ、なるほど。周家に協力的な名士に根回しをして、董卓への反発をやわらげるのですね。しかし私にそれが、可能でしょうか?」

「なに、君が長沙で見てきたことや、ここへ来るまで俺がやってきたことを、そのまま伝えてくれればいいのさ。俺が多少は信頼できる人間だと思えば、周家の方で動いてくれるだろう」

「なるほど、そういうことですか。分かりました。微力を尽くします」


 周瑜がにこやかに請け負うと、孫策が身を乗り出してくる。


「父上、それなら俺も連れていってください。ぜひ洛陽を見たいのです」

さく、これは遊びではないのだ。状況が悪化すれば、お前を人質に取られることも考えられる。今回だけは我慢してくれ」

「むうっ……分かりました。でも状況が落ち着いたら、絶対に連れていってくださいね」

「ハハハッ、分かった分かった。それと孫賁そんほん孫河そんかは、護衛としてついてきてくれ。他の者はこの魯陽を頼む」

「「「承知いたしました」」」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


初平元年(190年)3月中旬 司隷しれい 河南尹かなんいん 洛陽らくよう


 ハロー、エブリバディ。

 孫堅クンだよ。


 あれからすぐに騎兵のみの部隊を編成し、俺たちは洛陽へ向かった。

 お供には周瑜、孫賁、孫河の他、50人足らずの兵士だけだ。

 着くとすぐに宮廷へ招かれ、俺は董卓に面会する。


「お久しぶりです、董卓閣下。孫堅 文台、お召しにより参上いたしました」

「うむ、よく来てくれたな、孫堅。涼州で一緒に戦ってから、4年ほどになるか?」

「はい、それぐらいになりましょう」


 豪奢に着飾った董卓が、鷹揚おうように話しかけてくる。

 しかしその態度は仰々しく、所作にはわざとらしさが感じられた。

 そのまま、しばし適当な会話を続けていたのだが、ふいに彼の雰囲気が変わった。


「ふむ……孫堅。こっちの部屋へ来い」

「はあ……」


 董卓は言葉少なに、俺を別室へと誘う。

 戸惑いつつも彼に続くと、別室で董卓と向かい合うことになった。

 そのまま彼は椅子に腰掛けると、気安い口調でしゃべり始める。


「やめだやめだ。おう、孫堅。昔と同じ話し方でいいからな。まずは一杯、つき合え」

「はあ……それではいただきましょう」


 董卓は酒の準備をしながら、うんざりした顔で首を振る。


「まったく、馬鹿な奴らばかりで、うんざりするわ。挙句の果てには、堂々と兵まで挙げやがって。信じられるか? お前」

「本当に馬鹿な話ですよね。ま、彼らなりに、思うところがあるんでしょうが」

「だからってよう……プハッ」


 董卓は手酌で酒をつぐと、それを一気に飲み干した。

 俺も軽く酒を飲みながら、彼の言葉の続きを待つ。


「しかし今回は本当によくやってくれた。袁術があのまま兵を集めてたら、脅威になってただろうからな」

「ええ、俺もヤバイと思ったんで、慌てて長沙から出てきたんですよ」

「まったくそのとおりだぜ……しかし孫堅。おめえ、なんで俺に味方してくれるんだ?」


 董卓はギロリとにらみながら、俺に問う。

 そんな彼に、肩をすくめながら答えた。


「昔、一緒に戦った仲じゃないですか。それに俺にとっては、閣下のやってることが、そう悪くないように思えたんですよ。今、この国は、いろいろと行き詰まってますからね。変革が必要です」

「フン、そのとおりだ。最近はどいつもこいつも、賄賂や横領ばかり考えてやがって。おかげで北の国境が遊牧民に脅かされてるってのに、それを理解しない奴らが多すぎる」

「でしょうね。なまじ400年近くも続いてきたんだから、今後も変わらないだろう。漠然とそう考えてる人ばかりですよ。そんな中で徳だなんだと騒いでも、なんの意味もない」

「おう、そのとおりだ! ちょっと口を開けば、徳だ仁だって、偉そうなことばかり言いやがって。あの腐れ儒者どもめが!」


 董卓が毒づきながら、また酒をあおる。

 よほど鬱憤うっぷんが溜まっているのであろう。


「もちろんそういうのが大事な時もありますけど、今は中華全土が疲弊してますからね。それをなんとかしないと」

「ふ~ん、そいつは御大層な理念だな。だけどよう、それだけじゃねえんだろ?」


 董卓はなおも疑い深く、俺の真意を探ってくる。

 なので俺は、あえて俗な言い方をしてやった。


「もちろん実利は求めてますよ。今、閣下に味方すれば、高く恩を売れますからね。今回の功績で、俺を荊州牧にするってのはどうですか?」

「チッ、そこはお前、董卓さんに惚れて、とか言っとけよ。どうせそんなこと言われても、信じられねえけどな」

「俺もそう思ったから、言わなかったんですよ。やっぱ相当、こたえてるみたいですね」

「そりゃまあ、あれだけ見事に裏切られればなぁ」


 董卓は苦い顔で、また酒を飲み干す。


「まあ、関東の名士なんて、ムダに誇り高いですからねえ。どうせあいつら、俺たちのことを涼州や揚州の田舎もん、ぐらいにしか思ってないんでしょ?」

「そうっ! それなんだよ。さすがに面と向かっては言わねえけど、言葉の端々に嫌味がこめられてるんだ。”おや、このような言い回し、涼州では使われませんか” とか、”さすがは剛勇無双の董卓軍団。実に素朴でいらっしゃる” とか、いちいち気にさわるんだよ。そのくせ裏では、ある事ない事いいふらしやがって。おかげで俺の評判は、落ちる一方だ」


 董卓が吐きすてるように、愚痴をこぼす。

 それも当然で、この頃の董卓は、まだ大して悪いことはしていない。

 たしかに劉弁(少帝弁)の廃位と、劉協(献帝)の即位は強引だったかもしれないが、権力争いの結果としては珍しくもないのだ。


 他に董卓の悪行として挙げられてることだって、好意的に解釈すれば、意外に普通だったりする。

 以下にそれらを見てみよう。


・何太后を幽閉、自殺に追いやった

 →政権を安定させるために外戚を排除した


・剣を外していなかった役人を撲殺した

 →暗殺を恐れて過剰反応した


・洛陽の富豪を襲って金品を強奪した

 →歴代政権の失政で後漢の国庫には、軍兵を養う蓄えがなかった

  そのため腐敗の象徴である富裕層から奪うのが、手っ取り早かった


・村祭りに参加していた農民を皆殺しにした

 →反董卓連合の結成後の話なので、叛徒とみなされた可能性あり

  そもそも当時の法律では、勝手な民間祭祀は禁止されている


・董卓の蛮兵が毎夜のごとく暴れ、婦女に乱暴した

 →唯一の権力基盤である兵士の不満を解消させるため、やむを得なかった

  被害者にとってはたまらないが、戦時においては特別な話でもない


 てな感じである。

 どれも褒められたことではないが、権力者として見れば、珍しくもないことばかりだ。


 ちなみに史実だと、反董卓連合にブルって長安に遷都。

 前皇帝の劉弁を毒殺し、歴代皇帝や公卿の墓を暴いて財宝を奪い、洛陽に火を放って逃亡、というオマケがついてくる。

 しかしこれらも、そもそも反乱を起こした連合軍が悪いのだし、奴らに利用されないよう、前皇帝と洛陽の建物を始末したと解釈できる。


 墓荒らしだって、董卓だけが責められる筋合いのことじゃない。

 そもそも後漢に金がなかったのが原因で、それを補うために墓を暴くなんて、当時は珍しくもなかったのだ。

 例えば曹操も、それ専門の職を設けて、堂々と墓荒らしをしていたという。


 長安に遷都してからも、残虐行為を繰り返したと言われてるが、はたしてどこまで本当か?

 なぜそう思うかというと、”三国志”という歴史書は、曹魏そうぎの後継である西晋せいしんの下で書かれたからだ。

 西晋は曹魏から禅譲を受けたんだから、曹魏は正当な王朝でなければならない。

 そうすると、その実質的な創始者である曹操も、正義の味方でなければ困るよな。


 つまり曹操が参加していた反董卓連合は、正義だったと位置づける必要があるわけだ。

 客観的に見れば、連合の方こそ反乱軍であり、犯罪者の集まりだったというのに。

 そのため曹魏と西晋の時代には、”董卓が悪で、曹操たちは正義” という情報操作があったのは間違いないだろう。


 その結果、董卓については、あることないこと書かれたんじゃないかと思う。

 これについては、三国志の後に書かれた”後漢書”だって、同じ影響を受けてるはずだ。

 つまり現代に残る董卓の悪評は、意図的に盛られてる可能性が高いのだ。


 仮に残虐行為をしたとしても、それは関東士人に裏切られ続け、人間不信に陥った結果とも言えるしな。

 だから俺は叶うなら、董卓をそんな不名誉から救ってやりたい。

 そんなことを考えながら、彼の愚痴を聞いていた。

今回は本格的に董卓を弁護してみましたが、いかがでしょうか?

ちなみに上記は”劉備と諸葛亮”(柿沼陽平)という本を参考にしています。

これを読んでから、董卓を擁護してみようと思い、本作の裏テーマに設定しました。

おそらく三国志の中で、最も不当におとしめられているのが彼でしょうね。

まあ、実際に闇落ちして、ひどいことした可能性もありますが、それだって関東士人に裏切られたからだし。

董卓のイメージが、少しでも良くなればいいと思いながら書いています。

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前作の”それゆけ、孫策クン! 改”はこちらから。

それゆけ、孫策クン! 改

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