幕間: 股肱の臣
儂の名は程普 徳謀。
今は孫堅さまに仕える、武骨者よ。
生まれは幽州だが、いろいろあって徐州へ流れてきた。
途中で韓当という男と意気投合し、共に行動することになる。
やがて下邳の役所で働くようになるのだが、ある日、見知らぬ人から声を掛けられた。
「ちょっとごめんよ。あんたら、俺の知り合いに似てるんだが、名前を聞かせてくれないか」
「はあ、私は程普 徳謀といいます」
「俺は韓当 義公です」
「程普に韓当か……」
そう言って思案顔をしたのが、孫堅さまだった。
まさか県丞さまとは思いもよらなかったが、強そうな人だとは思った。
「俺の勘違いだったようだが、これも何かの縁だ。後で飯でも食おう。夕暮れ時に、あそこで待ち合わせないか?」
「はあ、構いませんが」
「よし、決まりだ。あ、俺の名は孫堅だ。また後でな」
そう言うと、孫堅さまは颯爽と去っていった。
一方的な話で面食らったが、約束どおりに待ち合わせ、飯屋についていく。
「よし、好きなもん頼みな。今日はおごるから」
「ええ、そんな悪いですよ」
「気にすんな。これでも県丞やってるんだ」
「「ええっ!」」
予想外のお偉いさんと知らされ、びっくりした。
しかし孫堅さまは偉ぶるでもなく、そのまま酒を酌み交わしながら話をする。
「そうかい、幽州とは、また遠くから来たもんだ」
「ええ、まあ、いろいろありまして」
「できれば、腰を落ち着けたいんですがね。どこもかしこも、不景気で」
「へえ、北はそんな感じかい」
「そうですね。その点、この下邳はいい感じです」
「そうかい。お世辞でも嬉しいな」
「いえ、本当ですよ」
実際問題、この下邳はよそよりマシだった。
他に比べると治安はいいし、汚職も少ない気がする。
そう考えると、県丞をやってるこのお方が、なんとなく頼もしく見えてきた。
「ところであんたら、腕っぷしが強そうだな」
「ええ、まあ、それなりに自信はありますね」
「へへ、地元ではけっこう鳴らしたもんですよ」
「やっぱりな……そうだ、あんたら、郡司馬の下で、衛兵をやらないか?」
「「ええっ!」」
またもやとんでもないことを言われ、大声を上げてしまう。
しかし孫堅さまは、なんでもないことのように続ける。
「いや、ここの司馬とはけっこう仲がよくてな。腕っぷしの強い奴は大歓迎なんだ。一応、腕前は見せてもらうが、たぶん大丈夫だろう」
「ほ、本気ですか? 今日会ったばかりの俺たちに」
「ハハハ、人を見る目には自信があるんだ。あんたらなら、問題ないだろうよ」
「そりゃまあ、悪さをするつもりはありませんが」
「あまりに美味い話すぎて、戸惑いますよ」
「ハハハ、そうかもしれんな。明日、司馬に会わせてやるから、騙されたと思ってついてきな」
「は、はあ……」
その後は故郷の話なんかで盛り上がった。
そして翌朝、待ち合わせると、本当に司馬のところに連れていかれる。
「おう、司馬どの。使えそうな奴を連れてきたぞ」
「ほう、孫堅の推薦なら期待できるな。よし、腕試しをしてやる」
「よ、よろしくお願いします」
その後、無事に腕試しをくぐり抜け、衛兵として雇われた。
ちなみに孫堅さまとも立ち会ったのだが、コテンパンにやられている。
あれが県丞とは、冗談のような話だ。
聞けば、揚州で武勲をあげて、こちらへ赴任してきたとか。
さもありなん。
それから俺たちは衛兵として働き、それなりに昇進もした。
それまでの生活とは雲泥の差だ。
もちろん恩人である孫堅さまとは親しくしていたが、ある日お誘いを受ける。
「程普、韓当。中郎将の朱儁さまから、黄巾討伐に誘われてるんだが、お前らもどうだ?」
「ええっ、中郎将から? 凄い伝手があるんですね」
「ああ、以前、話した会稽郡の戦いでご一緒したんだ。それでどうする?」
「もちろんご一緒しますよ」
「ヘヘヘ、腕が鳴りまさあ」
俺と韓当は一も二もなく飛びついた。
孫堅さまの恩に報いるためにも、大暴れしてやろうじゃないか。
それにこのお方と一緒なら、どんな戦場も生き抜けると思えたのだ。
大急ぎで部隊を仕立て、潁川郡へ駆けつけると、そこでは凄惨な戦いが繰り広げられていた。
しかし孫堅さまは、そこでいきなり大役を引き受けてきた。
「ええっ、敵のど真ん中へ潜りこんで、火付けですかい?」
「ああ、お前たちに無断で悪かったが、ここは命の張りどころだと思ったんだ。皆、協力してくれ」
「……仕方ないですね。お供しますよ」
「ヘヘヘ、その代わり、報酬は弾んでくださいよ」
「ああ、任せとけ」
普通なら絶対にお断りしてるとこだが、俺たちはその話に乗った。
そして多少の犠牲は出しながらも、見事にやり遂げたのだ。
これも孫堅さまの指揮能力と、野性的な勘のなせる業だ。
あの人の鼻の良さときたら、半端じゃないからな。
その後も俺たちは、休みなく戦場を駆け巡った。
汝南では大将が敵中で行方不明になる騒動もあったが、なんとか救出できた。
その後すぐに回復して、また暴れまわるんだから大したものだ。
そうして無事に黄巾討伐を生き残ると、都でのお勤めとなり、涼州の反乱討伐にも駆り出された。
それらの武功が認められたのか、孫堅さまはとうとう長沙太守に任命される。
代わりに区星という賊徒の討伐を命じられたが、大将にとっては大した相手でない。
実際にまたたく間に片付けると、近隣の賊徒まで討伐してしまった。
その強さときたらもう、呆れるほどだ。
ところが孫堅さまは、武力だけのお人でもなかった。
「俺がこの長沙を良くするためには、この地にそれなりの地盤を築かなければならないと思うんだ。そのために何をするべきか、みんなの意見を聞きたい」
なんとこの長沙で地盤を築くため、我らに知恵を出せと言うのだ。
しかもそれは自身が蓄財するためでなく、長沙自体を良くして、民にも恩恵を与えたいと言う。
なんと器の大きなお人だろうか。
その会合の後、俺は韓当と話し合う。
「なあ、韓当。うちの大将は、本当に凄い人だな」
「何を今さら。会ったばかりの俺たちの力を見抜いて、抜擢してくれたんだぜ。あの時からベタ惚れだよ、俺は」
「ハハ、そうだったな。しかし今日みたいな話は、とても予想できなかった。大将がどこまで行くのか、今後も楽しみだ」
「そうだな。今は太守だが、いずれ将軍とかもあり得るか」
「将軍か。状況によっては、歴史に名を残すような名将になるかもしれんな」
「そしたら俺たちも、その股肱の臣として、名が残るかもな」
「ハハッ、そいつはいい。そうなるためにも、大将を支えていこう」
「ああ、お互いがんばろうぜ」
孫堅さま股肱の臣か。
その名に恥じぬよう、精励せねばなるまいな。




