13.長沙で地盤がため
中平4年(187年)12月 荊州 長沙郡 臨湘
家族も呼び寄せたので、張り切って政務に励んでいたら、いきなり朝廷から使者がやってきた。
「孫堅よ。今回の反乱鎮圧の功により、貴殿を烏程侯に封ずる。今後も漢王朝のため、忠勤に励むように」
「はは~っ」
なんと俺を、列侯にしてくれるという話だった。
この列侯ってのは、漢で設定されている20等爵の中でも最高位の爵位で、領地を伴うものだ。
俺の場合は故郷の呉郡にある、”烏程”という県をもらった形になる。
ただし領地といっても、そこの支配権はなく、領民が納めた租税の一部を受け取るだけだ。
そして領地を統治するのは、国から派遣された役人たちになる。
これは下手に支配権を与えて反乱を起こさせないための、国家の知恵だな。
いずれにしろこれで俺も、本格的な支配階級の仲間入りだ。
瓜売りの息子が32歳で列侯なんて、とんでもない大出世だと思う。
ちょっとは誇ってもいいだろう。
しかしこのきな臭いご時世、それぐらいで浮かれるのは危険だった。
そこで今後について、配下を集めて会議を開いた。
「忙しいとこ集まってもらって、悪かったな」
「いえ、それは大したことではありませんが、一体なんの御用でしょうか?」
そう問うのは、郡丞の劉先だ。
他には張紘、程普、韓当、呉景、孫静、孫賁、孫河、徐琨と、俺の腹心ばかりなので、劉先は居心地が悪そうだ。
そんな彼の緊張をほぐそうと、にこやかに説明する。
「ああ、それなんだがな、いかにこの長沙を良くしていくか、それを話し合いたいんだ」
「長沙を良くする、ですか? それについては賛同いたしますが、なぜ私なのでしょうか?」
「おいおい、郡丞を抜きで、こんな話はできないだろう。それに貴殿は有能かつ有徳の士でもあるからな。劉先のような協力者が多いほど、改革を進めやすいというものだ」
「はあ……ずいぶんと評価していただき、嬉しく思います」
面と向かって褒められた劉先が、ちょっと照れている。
しかし俺の言ったことは、全くの本音であった。
何しろこの後漢末期は、腐敗がひどかった。
そもそも当時の漢朝トップである霊帝が、官職を金で売るような時代である。
この売官制度がひどいもので、空いてる官職を銭で売り払うというシロモノだった。
当初は名誉を求める商人なんかを、ターゲットにしていたといわれるが、そんなもので済むわけがない。
もし誰かが大金をはたいて官職を手に入れたなら、その多くはただちに回収に走る。
租税を取れる職なら民に重税を課し、許認可権を持つ職なら賄賂を取る、なんて具合である。
この売官制度により、それまで曲がりなりにも隠れてやっていた汚職が、堂々と行われるようになってしまった。
しかもこの国には、また別の問題もあった。
そもそも漢王朝とは、膨大な数の小農民を基盤にして成り立つ帝国だった。
自前の土地で農業をする小農民が土台にあり、彼らが税を納め、兵役や労役をこなすことで、成り立っていたんだな。
しかし時代が進むにつれて、農村の土地や人民を、地方豪族が支配下に入れる、”兼併”という現象が進んだ。
ただでさえカツカツでやってる小農民が、災害なんかで困窮した末に、豪族(大土地所有者)に吸収されちまうのだ。
それでも豪族が正直に、所有する農地や人員を申請すれば、徴兵や徴税は従来どおりにできるだろう。
だが権力を持つ人間が、素直にそんなことするはずがない。
心無い豪族どもは、多くの土地や人員を抱えるにつれ、虚偽の申請で脱税するようになっていく。
本来なら農地ひと畝当たり幾らの土地税、領民1人当たり幾らの人頭税を納めねばならないのに、農地や人員を過小報告して、それを免れるわけだな。
当然、それがばれないように地方役人には賄賂を送り、下手すると中央の役人でさえ抱きこんで隠蔽する。
これによって徴税額が減少するので、立場の弱い小農民から多めに取って、つじつまを合わせるなんてことまでも起きる。
すると今度は他の小農民までもが困窮し、農地と人員がさらに豪族に吸収されるという、負の連鎖に陥ってしまう。
そんな救えない状況が進行してるのがこの後漢末期であり、多くの民が疲弊していた。
当然、この長沙もひどく乱れていた。
前任の太守も、豪族の脱税や役人の横領で軍備がおろそかになり、反乱に対応できなかったのかもしれないな。
ちなみに前の郡丞もいろいろ不正をしていたから、劉先にすげ替えたという流れもある。
しかし正しいことをやっていれば、全て丸く収まるというわけでもない。
「俺がこの長沙を良くするには、この地にそれなりの地盤を築かなければならないと思うんだ。そのために何をするべきか、みんなの意見を聞きたい」
すると待ってましたとばかりに、張紘が口を開く。
「なるほど。ではまず、長沙劉家に接触し、協力を要請すべきと存じます」
「長沙劉家? それはなんだ?」
ひょっとして劉先に関わることかと思って彼を見ると、苦笑しながら説明してくれた。
「百年以上前に、長沙王として封ぜられていた一族ですよ。私とは関係ありません」
「ふむ、長沙王か。察するに、この辺で強い影響力を持っているんだろうな?」
「ええ、そうです。大地主でもあるので、長沙の経済にも名士層にも、隠然たる影響力を持っています」
「なるほど。張紘はその劉家に、接触するべきだと言うんだな?」
「はい、地道に実績を積み上げるのも手ですが、それにしても有力者の協力は不可欠です。ここは一発、本命狙いで口説くのがよいかと」
自信たっぷりに張紘に言われ、俺は少し考える。
「ふむ、しかし本当に協力できるかな? 下手に改革を訴えたばかりに、邪魔される場合もあると思うのだが……」
「私が調べたところ、劉家はこの長沙の地を愛しているとのことです。孫堅さまがここに平和と繁栄をもたらすなら、協力は可能でしょう」
「なるほど……劉先はどう思う?」
「はあ、私も劉家の悪い噂は聞きません。なので素直に協力を願った方が、よいのではないでしょうか」
「そうか……分かった。至急、劉家の頭領との面会の場を、設けてくれるか?」
「了解しました」
それを張紘に頼むと、今度は程普に目を向ける。
「程普、軍の方はどうだ?」
「はい、各県の警備体制については、ひととおり確認できました。しかしどこも大した兵力はありませんな。どいつもこいつも、てめえの腹を肥やすことしか考えていないようで」
「やっぱりか。道理で区星ごときを、鎮圧できないはずだ」
すると劉先が、驚いた顔で訴える。
「いえ、あれほどの反乱、並みの県や郡では、対応できませんよ。孫堅さまが、お強すぎるのです」
「そんなことはないだろう。敵の5分の1程度の兵力で、鎮圧できたんだぞ」
「いやいやいや、そんなこと普通はできませんって。それについては、さすが都から派遣されたお方だと、皆が感心しているのです」
「そうなのか……まあ、劉先が言うのだから、そうなのだろうな。ということは、劉家との交渉にもこれは使えそうだな」
「え~と……そうですね。孫堅さまの武力については、劉家も無視できないと思います」
「ふむ、ありがとう。他に気づくことがあれば、遠慮なく言ってくれ」
「はい、承知しました」
ここで再び、程普に目を向けて話を戻す。
「各県の兵力だが、人口に応じた数を集めて訓練するよう、指示を出そう。そして程普たちが各県を回って、状況を確認しつつ訓練をつけるんだ。指示に従わない県令や司馬がいれば、バシバシ首をすげ替えてやるから、遠慮なく言ってくれ」
「フハハッ、了解しました。腕が鳴りますな」
「うへえっ、また忙しくなりそうだ」
程普が楽しそうに笑えば、呉景が予想される苦労に顔をしかめている。
まあ、そこはがんばってもらうしかないな。
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ハロー、エブリバディ。
孫堅クンだよ。
張紘が長沙劉家との面会を設定してくれたので、さっそく会いにいった。
「はじめまして、孫堅 文台と申します」
「うむ、儂が長沙劉家の当主 劉興じゃ。ようやく会えたな」
そう言うのは50絡みの男性で、なかなか威厳のある人物だった。
「ごあいさつが遅れ、申し訳ありません。なにぶん、長沙のことには不慣れなもので」
「かまわん。そちらも忙しかったであろうからな。それよりも、区星めを討ち取ってくれたこと、民に代わって感謝する」
「もったいないお言葉。私も仕事を果たしたまでのことですので、お気遣いなく」
「フフン、殊勝なことよな。ところで貴殿は最近、いろいろ動いておると聞く。その塩梅はいかがかな?」
「はい、そのことですが、今日はご相談とお願いがあって参りました」
「ほう」
劉興が興味深そうな顔で、俺の言葉を待つ。
「ご存じのように今、中華の各地には混乱が多くあります。この長沙のみならず、隣の零陵や桂陽でも、反乱が起こっていたのがその証。とりあえず賊徒は討ち取りましたが、このままでは似たようなことが繰り返されるでしょう」
「うむ、それはそうじゃな。どいつもこいつも、自分の懐を温めることしか考えておらず、治安は乱れる一方じゃ」
苦々しい顔で劉興が言うのを見て、俺は手応えを感じていた。
彼は回りくどい言い方をせず、本音を見せているからだ。
「そのとおりです。そこで私は、”良民が保護され、公文書が正しく処理され、そして賊徒がしかるべき処罰を受ける治世を望んでいる”、と配下に伝えました。あいにくとまだ道半ばですが、私は長沙において、それを成し遂げたいと思っております」
「フハハ、顔に似合わず、青くさいことを言うな。しかし儂は嫌いではない。そもそも官吏とは、そうあるべきだと思っておる」
「おっしゃるとおりです。しかし残念ながら、このような無骨者に賛同してくれる者は少のうございます。そこで劉家の方々に、お力添えをいただけないかと、愚考する次第です」
劉興はこちらを値踏みする目で、俺に問う。
「ほう……それで貴殿は一体、何を望むのかな?」
「いえ、大したことではありません。劉家の方々がお知り合いと話す中で、このように言ってもらうだけです。”あの孫堅というのは、なかなかにおもしろい。しばらくは様子を見ようと思う”、と」
「フハハハハッ。欲張りなヤツじゃな。この劉家に、貴様の後ろ盾になれと言うか?」
「とんでもない。しばし様子を見るだけでけっこうです。その先はまた結果を見て、お考えください」
「フハハハハッ。ずいぶんと自信があるようじゃ……よかろう。少しだけ、貴様の背中を押してやろうではないか。ただし、監視は付けさせてもらうぞ。瞬!」
「はい、お爺さま」
そう言って現れたのは、15歳ほどに見える子供であった。
「儂の孫の瞬じゃ。そろそろ修行に出そうと思っていたので、好きに使ってくれ」
「劉瞬です。よろしくお願いします」
「こちらこそ頼む」
こうして長沙劉家との面談は、想像以上に良い形で終えられた。
見張りは付けられたが、まあ、せいぜいこき使ってやろうじゃないか。
長沙劉家(劉氏)というと、劉備の養子になった劉封が、その係累だそうですね。
ちなみに劉興や劉瞬は架空の存在です。(過去の劉家当主の名前を拝借)




