幕間: 英雄の妻
私の名は呉 雨桐。
長沙太守 孫堅さまの妻です。
旦那さまと結婚して、もう15年も経ちます。
最初にお会いした時は、まだ県尉でした。
しかし若いながら、頼りがいのある、素敵な人だと思いました。
ただ、あいにくと実家の格が低く、結婚相手にはならないだろうと諦めていたのです。
ところが孫堅さまは、足繁く私を訪ねてくれました。
何度も会っているうちに、強く惹かれるようになります。
何と言ってもあの方は、女性を尊重してくれるのです。
女の事を、子を産む道具ぐらいにしか思っていない殿方が多い中、私という人格を認め、敬ってくれます。
それがとても新鮮で、やがて添い遂げたいと思うようになりました。
そして運命のあの日。
「雨桐。俺と結婚してくれないか? 絶対に大事にするから」
「…………そのお言葉を待っていました。こちらこそよろしくお願いします」
「本当か! やった! 俺は富春一の幸せ者だ!」
「まあ、孫堅さまったら」
ちょっと親戚の反対が気がかりでしたが、弟の助けも借りて、乗り切りました。
そして誰はばかることなく、私たちは夫婦になったのです。
その後の結婚生活は、おおむね順調でした。
旦那さまはよく働き、近隣でも有名になるほどです。
そして私の事もおろそかにせず、絶えず愛情を注いでくれました。
私の母や親戚を見る限り、こんなに大事にされている女を知りません。
あの時の決断は間違っていなかったと、改めて思います。
しかし旦那さまの勇名が仇となり、会稽の妖族討伐に駆り出されてしまいました。
いくらあの方でも、大軍には敵わないかもしれません。
私は旦那さまの無事を祈りながら、その帰りを待ちました。
その思いが通じたのか、3ヶ月ほどで無事に戻ってくれたのです。
「戻ったぞ、雨桐」
「お帰りなさい、あなた。おケガはありませんか?」
「ああ、五体満足だ。それどころか、手柄を立てたぞ。上手くいけば、県丞になれそうだ」
「まあ、さすがは孫堅さまですね」
「お前に早く会いたいから、がんばったんだ」
「ウフフ、お上手ですこと」
無事に戻ったどころか、手柄を立てて出世とは、さすがは旦那さまです。
その晩は親族をあげてお祝いしました。
そしてしばらくすると、本当に県丞への就任が決まりました。
疑っていたわけではありませんが、あまりに上手くいきすぎて、怖いほどです。
勤め先は徐州なので、いいことばかりではありませんでしたが。
しかし孫家の妻として、しっかり支えていかねばと思ったものです。
あれから孫堅さまは、徐州で3ヶ所の県丞を務めました。
その間、子宝にも恵まれ、順風満帆と言ってよいでしょう。
ちなみに旦那さまって、夜のお勤めも上手なのですよ。
私は他の殿方を知りませんが、周りの話を聞いていれば分かります。
さすがに他人には言いませんが、優越感を感じているのは、私だけの秘密。
ああ、あの方と結婚してよかった。
しかしそんな幸福も、長くは続きません。
またもや旦那さまが、黄巾討伐に駆り出されたのです。
なんでも旧知の将軍さまから呼ばれたとのことで、喜々として出陣していきました。
無事に帰ってきてくれればと、切に願ったものです。
その後、徐州にいる必要もなくなったので、実家に帰って子育てに励みました。
やがて旦那さまは黄巾討伐で手柄を挙げたものの、都勤めになってしまいます。
たまに帰ってきてはくれるものの、寂しくは思います。
もっとも、子育てが忙しくて、あまり気にはなりませんでしたけどね。
しかしそんな日々も、ようやく終わったのです。
「父上っ!」
「ちちうえっ!」
「おお、策、権。大きくなったな~」
「あら、あなた、お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま。だがこれからみんなには、長沙へ引っ越してもらうぞ」
「ウフフ、ようやく一緒に住めますのね」
「ああ、待たせたな」
なんと旦那さまが、長沙の太守になって迎えにきたのです。
あの方の出自で、郡太守になられるだなんて、素晴らしいことです。
これもあの方が、命懸けで武勲を挙げてきたからこそ。
そして今後もまた、戦い続けるのでしょうね。
今は長沙で穏やかに暮らしていますが、世の中があの方を放ってはおかない気がします。
いずれ孫堅さまは、英雄と呼ばれるような存在になるのかも。
私も英雄の妻として、恥ずかしくないよう振る舞わねばなりませんね。




