11.孫堅、太守になる (地図あり)
中平4年(187年)6月 司隷 河南尹 洛陽
「孫堅よ。貴殿を長沙太守に任ずる。すみやかに現地へおもむき、反乱を鎮圧するように」
「ははっ。勅命、承りました」
辺章と韓遂の乱から1年あまり。
洛陽で議郎を務めていた俺は、ふいに上司から呼びだされ、なんと長沙郡の太守に任命された。
なにやら、区星という賊徒が長沙で暴れまわり、往生しているそうだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、俺ってわけだ。
今までがんばってきた甲斐あって、それなりに認められてたのかな。
何はともあれ、長沙へレッツゴーだ。
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中平4年(187年)7月中旬 荊州 長沙郡 臨湘
ハロー、エブリバディ。
孫堅クンだよ。
反乱討伐を命じられた俺は、チャッチャと身の回りを整理して、長沙へ跳んだ。
なんだかんだ言って家族も呼んでなかったので、身軽なものだ。
それに南陽郡からは水路で行けるから、わりと早いものだった。
もちろん配下である程普、韓当、呉景、孫静も、一緒である。
ちなみに彼らの年齢は今、こんな感じだ。
程普:37歳
韓当:32歳(孫堅と同い年)
呉景:29歳
孫静:28歳
最初に戦に連れだした時は、中学生レベルだった呉景や孫静も、すでにいい年である。
しかもそれぞれ戦いに揉まれて、立派な武将に成長していた。
このきな臭い後漢末期において、実に頼りがいのある連中だ。
それはさておき、長沙の郡都である臨湘へ着くと、まずは状況確認だ。
「長沙太守に任命された、孫堅 文台だ。以後、よろしく頼む。それで、反乱の方はどうなっている?」
「は、ご就任、おめでとうございます。我ら一同、心よりお喜びを申し上げます。反乱の件ですが、区星という賊が約1万もの兵を集め、長沙南部を荒らし回っております」
「そうか……それで我が方の兵は、どれぐらい集まる?」
「はぁ、それがそのう……この臨湘で徴兵できた2千人のみとなります。各県にも招集は掛けているのですが、自衛のために兵は出せないと言われまして……」
郡丞の男が、額に汗を浮かべながら弁解する。
しかし俺にとっては、2千の兵力で十分だった。
「それだけいれば十分だ。2、3日訓練をしてから、討伐に出る。そのように手配しろ」
「は?……しょ、承知いたしました」
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中平4年(187年)7月下旬 荊州 長沙郡 湘南
俺は予告どおりに出撃し、湘南県の南側で反乱軍と激突した。
「掛かれっ!」
「「「おお~~っ!」」」
2千人の官軍が、一斉に反乱軍に襲いかかる。
敵は1万もの大軍だったが、大半は素人だ。
逆にこちらは程普や韓当など、歴戦の将の指揮で局所的な優位を作りだし、危なげなく戦っていた。
その間、俺は50人ほどの兵とともに、戦いを静かに眺めていた。
一見、悠然たる態度だが、中身はそうでもない。
なぜなら俺の中では、こんな感情が渦巻いているのだから。
「うお~~っ! 血だ、もっと血を流せ! 首だ、もっと首を刈れ! 貴様ら、気合いが足りんぞ!」
どこの魔王だよって、思うよな?
これは俺の内にひそむ、ソンケンの人格だ。
とにかくこの男は血の気が多く、ちょっと油断していると、喜々として争いに突っこんでいく。
黄巾討伐では、それで命を落としかけたのだから、さすがに慎重になるというものだ。
幸いにも、俺自身が興奮状態にならなければ、ソンケンは押さえこめた。
そのため最近は、率先して突っこまず、指揮に専念するようにしていた。
これは俺が昇進して、部下を多く持つようになったので、周りから見て不自然でもない。
しかし静観しているだけでは、済まない場合もある。
「む、敵の一部が側面に回りこもうとしているな。我らで阻止しよう。俺に続け!」
「「「おおっ!」」」
敵の一隊が右翼側に回りこもうとしているのを見て、俺は駆けだした。
もちろん徒歩である。
この荊州南部は、そこら中に水路が存在する湿地帯なのだ。
そんな場所で大規模な騎馬戦ができるはずもなく、軍はほとんど歩兵で構成されている。
一応、指揮官は馬を使えるが、それも移動時のみ。
かくして俺は、剣を振り上げながら、敵に斬りかかった。
「うおおっ!」
「ぐはっ」
敵は数百人はいそうだったが、手当たり次第に斬り捨てる。
その勢いに味方も引きずられ、敵を押し返しはじめた。
すると俺の中で何かが膨れ上がり、我を忘れて暴れそうになった。
「くっ……これ以上の深追いは危険だ。陣形を立て直せ!」
「なぜですっ?! もう少しで敵を崩せそうなのに!」
「馬鹿者っ! そう言うヤツから、死んでいくのだ。落ちつけ!」
「「「ははっ」」」
あ、あぶねえ~。
もうちょっとでソンケンに、主導権を握られるところだった。
そうなるともう、抑えが利かないんだよな。
今回も自分の舌を噛んで、衝動を押さえ込んだほどだ。
まったくもって、厄介な体である。
戦闘力は高いんだけどなぁ。
幸いにも初日の戦いで、反乱軍を大きく削ることができた。
その後も追撃を続けるうちに、とうとう首領の区星を討ちとることに成功する。
これにて反乱討伐、完了である。
しかし事は、それだけで収まらなかった。
「零陵と桂陽でも、反乱が続いているだと?」
「ええ、周朝と郭石ってヤツが、それぞれ反乱軍を率いて暴れてるって話です。元々は区星の動きに、呼応したみたいですね」
「ふむ、それなら無関係とは言えんな。ついでに討伐するか」
程普とそんな話をしていたら、地元の武官が止めに入る。
「待ってください。我らに他の郡に入る権限などありません。各郡の太守に任せるべきです」
「貴殿の言うことはもっともだな。しかし区星と無関係ではないし、このままでは民の被害が膨らむ。零陵と桂陽の太守に使者を送りつつ、反乱軍の動きを探るのはどうだ?」
「そ、それならばまあ、言い訳も立つでしょう」
「よし、決めた。まずは零陵の反乱軍を追うぞ」
「「「おうっ!」」」
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中平4年(187年)8月中旬 荊州 桂陽郡北部
結局、零陵で反乱軍を追っているうちに、なし崩し的に戦闘となり、俺たちは周朝を討ちとった。
区星との戦いで味方は少し減っていたのだが、敵は4千人もいなかったので、あっさりと蹴散らせた。
その足で桂陽へ入ったところで、ようやく桂陽太守から連絡が入る。
それもなんと、”ぜひ郭石を討ち取ってくれ”、との嘆願つきで。
どうやら桂陽には、ろくな人材がいないらしい。
俺はこれ幸いと反乱軍を追い、最後の攻撃を仕掛けた。
「掛かれっ!」
「「「おお~~っ!」」」
郭石の軍も4千人ほどしかおらず、またまた一方的な結果になった。
さんざん敵を蹴散らした末に郭石を討ちとり、区星に端を発する荊州南部の反乱は終息する。
それは俺が長沙に入ってから、ほぼ1ヶ月後のことだった。




