10.董卓との遭遇 (地図あり)
中平2年(185年)10月 司隷 京兆尹 長安
張温に呼び出されてから2ヶ月ほどで、軍勢は長安に到着していた。
そこで張温は状況を確認しようと、董卓を呼びだしたのだが、なぜか2日も待たされた。
「お呼びにより参上いたしました」
「遅いぞ、董卓」
「これは失礼を。道中に問題がありまして、時間が掛かってしまいました」
遅参しても悪びれない董卓に、張温が怒りの目を向ける。
張温を舐めきっているのが、その態度からうかがえた。
董卓 仲潁。
知ってのとおり、三国志でも随一の悪役だ。
年齢は47歳で、体格は大柄で威圧感が強い。
よくデブと言われるが、筋肉で固太りしたような感じで、動きは鈍くなさそうだった。
顔立ちはさほど悪くもないが、強面でヒゲが濃いためか、いかにも悪役っぽい。
もっとも、それには俺の先入観もあるかもしれないが。
「それで、辺章と韓遂の討伐はどうなっておる?」
「特に何も。皇甫嵩どのが、罷免されてしまいましたからな」
「しかし貴殿の下には、3万もの兵力があるであろう。それで何も進んでおらんとは、怠慢ではないか!」
「申し訳ありません。あの皇甫嵩どのですら、手こずるような相手なので、小官も攻めあぐねております」
「くぬう……」
そう言う董卓の顔はちっとも悪びれておらず、張温も怒りに言葉を失うほどだ。
他の武官たちも、あっけに取られて見ていた。
そこで俺は張温を援護するべく、疑問の声を上げた。
「しかし剛勇をもってなる董卓さまが、賊軍ごときに手も足も出ないとは、不思議でなりませぬ。ひょっとして何か、別の意図でもおありでしょうか?」
「貴様、何者だ? 何をもって俺の忠勤を疑う?」
董卓がギロリとにらみながら、俺に問う。
しかしこちらも負けずに睨み返し、自己紹介をした。
「これは失礼。私は孫堅 文台。張温将軍のご厚情によって、討伐軍に加わることとなりました。以後、お見知りおきを」
「孫堅? フンッ、朱儁のところにいた若造か。生意気な」
「董卓さまに覚えてもらえていたとは、光栄です。しかし話を戻しますが、董卓さまほどの武勇がありながら、賊軍を放置しておく理由が分かりません。何か、特別な事情でもございましたか?」
「そんなものはない。あまり無礼なことを言っておると、斬り捨てるぞ」
そう言って脅す董卓の迫力は、本物だ。
この孫堅の体じゃなけりゃ、ちびってたかもしれない。
しかしそれはおくびにも出さず、言い返す。
「おお、怖い。しかし将軍の配下として、言うべきことは言わねばなりません。董卓さまは敵が手ごわいとおっしゃるだけで、何も詳しい情報を出しておられない。その辺をご説明いただけませんか?」
「クッ、小賢しい。よかろう。状況を説明してやる」
それから董卓による状況説明が始まった。
辺章と韓遂は現在、右扶風の美陽を中心に、周囲を荒らし回っているそうだ。
そもそもこの反乱は、3月に辺章たちが周辺の反乱勢力をまとめ上げ、”宦官誅殺”を大義に掲げて、三輔地方へ攻め入ったのが発端だ。
(三輔地方:右扶風、左馮翊、京兆尹の3郡)
それがある経緯を経て反乱軍となり、涼州の金城郡を支配した。
傘下には羌族や胡族などの異民族を含む、賊軍10万を従えているとか。
おかげで董卓もうかつに手を出しかねている、という話だった。
そう聞くと、”それも仕方ないか”、と思いそうだが、董卓がそんなかわいいタマであるはずがない。
彼は自身の軍勢を温存しつつ、涼州の混乱を利用して、さらなる権力を得ようとしていると思われた。
そのためには反乱でいくら民が苦しもうが、一向に構わないのだろう。
本来なら俺はここで、”董卓を処罰しろ!”って張温に詰め寄らなきゃいけない。
史実ではそうなってるからな。
だけど思うところがあって、今はそれをしない。
張温にもこの場で董卓を罰するつもりはないため、董卓と周慎に軍を進めるよう指示して、この場は終わった。
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中平2年(185年)11月 司隷 右扶風 美陽
あれから右扶風の美陽へ軍を進めると、反乱軍も続々と集まってきて、両軍はそこでにらみ合った。
しかし意気盛んな反乱軍に対し、官軍はどうにもピリッとしない。
これもやる気のない董卓のせいだが、張温や周慎も消極的で、官軍は常に押され気味だった。
しかしある晩、大きな火の玉のような流星が落ちてきて、賊軍の陣営を明るく照らした。
これに肝を冷やした反乱軍が、にわかに退却をはじめる。
もちろんそれを見逃す官軍ではなく、追撃してさんざんに敵を討ち取ったが、その大部分は逃げおおせた。
すると張温は、俺と周慎に3万の兵で追撃を命じ、董卓にはやはり3万の兵で羌族を討てと指示する。
これに対し、董卓と俺は猛反対して、全軍で辺章らに当たることを進言した。
いくら逃げ出したとはいえ、依然として敵は強力であり、全軍をもって当たるべきだと。
しかし張温にとって反乱軍は、すでに物の数ではないらしく、変心させることは叶わなかった。
金城郡を実力で支配してるような連中が、そんなに甘いはずがないというのに。
それならせめて勝率を高めようと、俺は張温の前で、周慎に提案を持ちかけた。
「どうやら敵のこもる楡中には、兵糧の蓄えが少ないようです。ならば周慎将軍が2万の兵で楡中を囲み、私が残り1万を率いて、敵の補給路を遮断するというのはいかがでしょうか?」
周慎はわずかに考えるそぶりを見せたが、すぐに否定の言葉を返す。
「それは許可できない。ただでさえ少ない戦力を2つに分けるなど、言語道断だ。貴様は私の指示に従っていればよい」
「……了解、しました」
俺は一縷の望みを託し、張温に視線を向けたが、彼は何も言わない。
結局、工夫も何もない力押しをすることに決まり、その場はお開きとなった。
思うようにならない状況に、苛立ちながら歩いていると、ふいに董卓から声をかけられる。
「無能な上司を持つと、お互い苦労するな?」
「……大きな声では言えませんが、全くそのとおりです」
突然のことに驚いたが、董卓が苦笑しているのを見て、俺も話を合わせた。
すると彼はおもしろそうに話を続ける。
「さっきの補給線を断つ作戦は良かった。俺だったら絶対に採用していただろう」
「ありがとうございます。まあ、周慎将軍の立場も、分からないではないですが」
「フンッ、あいつらは何も考えておらんのだ。どうせ中央の連中も、三輔地方が静かになればいい、ぐらいにしか思っておらんしな。だからあまり無理をせず、適当にやった方がよいぞ」
「たぶん、そうなんでしょうね。心に留めておきます」
「おお、今度、酒でも飲もう」
そう言うと董卓は、軽く手を振って去っていった。
その所作は気さくであり、史実で言われる”暴虐の魔王”のような雰囲気は感じられない。
いくらか腹黒いところはありそうだが、それほどの悪人とは思えなかった。
そもそも歴史書で語られる董卓は、あまりにも悪すぎるのだ。
それはもう、非道無道のオンパレードで、作為的に書かれたとしか思えないほどに。
まあ、歴史なんて、勝者に都合のいいように書かれるものだ。
先入観だけで決めつけてはいけないと、改めて感じた。
おかげで親近感が高まった俺と董卓が、たまに会って酒を酌みかわすようになるのは、少し先の話である。
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中平3年(186年)2月 司隷 右扶風 美陽
ハロー、エブリバディ。
孫堅クンだよ。
あれから涼州に逃げこんだ反乱軍を攻めたものの、主将の周慎は力攻めするばかりで、攻略は一向に進まなかった。
そうこうするうちに、敵に補給路を遮断されて、こっちが撤退する始末だ。
そのままダラダラと美陽に駐屯していたら、とうとう張温が朝廷から呼び出され、軍の撤退も決まる。
どうやら本当に三輔地方さえ守れればよかったらしく、反乱軍を残したまま洛陽へ帰還した。
ちなみに董卓の羌族討伐もうまくいかなかったようで、本当にグダグダの討伐だった。
一応、董卓は軍を温存して帰った功績が認められ、列侯に封ぜられたという。
そして俺も、なぜか議郎に任命された。
同じ光禄勲府の中でも、文官よりの仕事である。
大して功績を立ててもいないのだが、これも史実どおりだと思って、俺は受け入れた。




