紀行記怪談『姫路城・山鳥毛の太刀』
これは、兵庫県の姫路城を訪れた時のお話です。
先に、岡山県の備前長船刀剣博物館を訪れた話を書いてあります。
少し前の、お盆の時期のことでした。
備前長船刀剣博物館の駐車場に車を停める。予約した入館時間には、まだ少し間があった。
長船ふれあい物産館では、さまざまな日本刀関連のグッズが売られ、隣のイベントコーナーでは、『刀剣乱舞』とのコラボ企画も実施されていた。
物産館を抜け中庭に入る。隣接する備前おさふね刀剣の里には、日本刀作成の7つの工程を演示する建物が並んでいた。
刀鍛冶、研師、白銀師、金工師、鞘師、柄巻師、そして塗師の各ブース。ガラス窓の向こうで、職人さんたちが、黙々と作業を続けている。
博物館の建物へと入る。
一階、そして二階へと、刀剣が展示された部屋を回る。照明の光に、鋭利な光を鈍く放つ、数多の日本刀が並ぶ。
研ぎ澄まされた鋼の地肌に、白く様々な刃文が浮かんで見える。それらの刃文は、目線の位置を上下に変えるたび、その姿を朧げに変えた。
錚々たる刀剣が居並ぶ二階の展示室の中央で、ガラスケースの真ん中に収まり、それは展示されていた。
国宝『太刀 無名一文字(山鳥毛)』
備前福岡一文字派 最盛期の最高傑作と称される、鎌倉時代中期に打たれた太刀。
令和2年、瀬戸内市の所有となり、備前長船刀剣博物館で展示公開がされていた。当時の取得価格は、5億円とされる。戦国時代の名将「上杉謙信・景勝」の愛刀として有名な太刀でもあった。
丁度、コロナ禍の入場制限展示の中、展示ブースを見る時間はたっぷりとあった。
ガラスケースを覗き込む。
山鳥の毛のような刃文が、刀身に焼きも高く、白く浮かび上がっている。
刀身の刃先に沿って目線を動かしていくと、ハバキ元に大きな刃こぼれがあるのが見てとれる。解説では、誉傷と言われ、昔、実戦で使用されたことの証だそう。
国宝になるほどの太刀で打ち合うとは、今ではとても考えられない事なのだろうが、それだけこの太刀が、武器としての信頼も大きかったのか。命を託すに足るほどの。
その激しく華麗な重花丁子乱れに焼かれた、乱れ刃の華やかな刃文が醸す霊験の力だけではなく。
それは時代の価値観の違いなのか、それとも単なる偶発的な事故ゆえの出来事だったのか…。今となっては知りえない事ではあったが、歴史のロマンを感じさせてくれる ” 誉傷 ” でもあった。
鎌倉中期に、ここ備前福岡の地で打たれ、歴史を彩るどれほどのそうそうたる武将たちがこの太刀を手にし、幾重もの歴史を紡いできたのだろう。そして幾人の武将たちが、夜陰の灯にこの太刀を翳し、その姿を愛でて来たのか。
改めて、里帰りを果たしたこの太刀の、内に秘める歴史の重さを感じた一瞬だった。
( 展示される 『国宝 山鳥毛』 )
◇◆◇◆◇…
「いちま~ぃ、 にま~ぃ、 さんま~ぃ、 よん … 」
毎夜、お菊の井戸の前で、お菊さんは家宝の皿の数をかぞえる。
「いちま~ぃ、 にま~ぃ、 … じゅうま〜ぃ。 … じゅういちま〜ぃ⁉」
だがいつも、お皿の数はなぜか一枚多い。
「…また今夜も、一枚多い …… 」
「うらめし、ゃ~ 」
お菊さんは遠い眼を周囲に向けると、寂しそうにそう小さく呟く。
やがてお菊さんの姿は闇と同化し、夜闇の中に溶け込むように消えていく。
◇◆◇◆◇…
姫路市のビジネスホテルに宿泊した翌朝、私はホテルの契約コインパーキングから車を出した。
いつものように右から車が来ていないことを確認し、駐車場から道路へと左折した。
「 ‼ ‼ ‼ 」
四車線の道路を走る全ての車が、私に向け走り迫ってくる。
眼前に迫る車が私に向け、鋭くパッシングの光を放つ。
「 ‼ 、 ⁉ ⁉ ⁉ 」
私は咄嗟に、無意識に左にハンドルを切ると、脇道へと車を滑り込ませた。
瞬時に、車の車列が私の後ろを猛スピードで走り去っていく。
片道二車線道路だと思い込んでいた道は、四車線の一方通行路だった。
「危な…。こんな立派な一通、初めて見たわ…」
前日のもう遅い夕方、駐車場の位置を案内するナビに気を取られていた私は、その通りが片側二車線の交互通行路だと勝手に思い込んでいた。だから朝、こうして逆走をしでかしていたのだった。
「姫路城の周り、何か一方通行多くない?」
それが、素直な感想だった。
世界遺産『姫路城』。
大手門から城を正面に見ながら、三の丸の広い芝生広場を横切る。
菱の門をくぐると、右手に、三国堀と高い石垣、そして白壁の向こうに大天守が、小天守を従え聳え立っている。そこは、絶好の撮影ポイントだった。
西の丸、二の丸を経て、大天守へ。
大天守を上る急な階段は、無言で上へと続いている。
途中三階では、城を支える二本の大柱(東・西大柱)が向き合い、デンと、見事に聳え立っていた。
大天守最上階には小さいお社があって、姫路城の守り神『刑部神社』が祀られている。
最上階の金網が張られた四方の窓からは、姫路市街を一望にすることができた。
姫路城は、心霊スポットとしても有名だった。確か。
そしてその歴史と、城が纏う優美さ故か、怪異の伝説も多く伝わる。
私が子供の頃の心霊ブームの中でも、その優雅に積まれたどこかの石垣を背景に写真を撮ると、霊が写り込むとか…。
有名な『お菊井戸』。ありました。二の丸の高い石垣の前に、石柱で囲まれて。
辺りは真夏の青空の下、周囲をあっけらかんとした明るさが包んでいた。
「はちま〜ぃ、 きゅうま〜ぃ。 … 」
「 … 一枚足りない … 」でしたね。
有名な、番町皿屋敷の怪談。お菊井戸としては、どうやらこちらが本家のよう。
網で囲まれた井戸の底を、大勢の若い女性の観光客たちが覗き込んでいた。
井戸の底はとても暗く、暗くて何も見えはしなかったのだが…。
多分、この井戸の周りも、真夜中の黄泉の時間は世界が変わるのだろう。すぐ手前には、多くの侍たちが切腹した腹切丸もあったから。
毎夜、この井戸の前で、お菊さんは皿の数をかぞえ泣いているのか。
「 ぅえ~ん … ぅえ~ …… 」
静まり返った夜闇の中、聞こえて来るお菊さんのすすり泣く嗚咽の泣き声…。
うら若き女性の、すすり泣く嗚咽の声。私もかつて、別の所で聞いたことがあったのだが、それはもう身の毛がよだつ経験だった。いまだ思い出すだけで鳥肌が浮き立ち、身体がぶるっとするほどの。
城の奥深くにあるこの場所も、深夜は誰もが入れる場所ではないのだろう。が、もしその嗚咽の声を聞いてしまったとしたら … その時は……。
姫路城は、完成直後から傾き出し、歴代の城主らが対応に追われて来たとも言われる。
築城時の土台の基礎固めに原因があったようで、明治期の改修を経て、昭和の大改修でやっと倒壊の恐れも無くなったとのこと。
そして、城の建築を担った棟梁は、その責任感から城の上から身投げをして亡くなったとも。
他にも、姥が石や、宮本武蔵の天守閣に巣くう妖怪退治の物語りとか、姫路城に纏わる伝説には事を欠かない。
中でも、大天守最上階に祀られる『刑部姫』は、代々の城主が怖れた怪異としての存在だったようである。
姫路城が、今にその壮厳な姿を残していること自体が、本当に数々の偶然の積み重なりによるとも聞く。
だから、やはり姫路城には、これまでの歴史の中で積み重ねた風雪の数だけの怪異もまた、城の守り神として蔭の中に棲み付いているのかもしれない。
( 三国堀からの天守連 )
(了)
お読み頂き、ありがとうございました。
姫路城。現存12天守の一つにして、世界遺産。高く聳え立つ白亜の立派なお城でした。
また訪ねたいと思います。
山鳥毛は、さすが国宝のお刀でした。コロナ禍の最中でしたが、逆にじっくりと間近で鑑賞できたのは幸いでした。
刀剣博物館も、刀剣の展示は素晴らしいものでした。
日本刀好きの私としては、大満足です。




