紀行記怪談『足摺岬(あしずりみさき)』
これは、初めて四国を訪れた時のお話です。
鳴門海峡大橋から四国に。初めての四国。
鳴門の渦潮を見たいと、鳴門海峡大橋の展望遊歩道を歩く。長さ450m、海面からの高さ45mとのこと。わくわくして遊歩道の展望室へ。
展望室の足元のガラス窓から、下の海峡の海へと目を落とす。そこには迫力の渦潮が… が、そこにはのっぺりとした、穏やかな海峡の海だけが広がって見えていた。
「 は? … 」潮の満ち引きの時間を間違え、渦潮の渦の字も一つも見えない。
「まぁ、話のタネにはなるか…。橋の上を走ってた時、欄干の向こうに渦の切れ端が見えてたような気もするし…」
もう、笑うしかなかった。
徳島から、徳島自動車道、そして高知自動車道を経て高知市に向かう。
徳島を一般国道を南に下り、下道を室戸岬まで行っても良かったのだが。なんか遠い気がして、徳島から高速を高知市まで行って、そこから室戸岬に回り込んだ。(むしろ、こちらの方がよほど遠いが…)
途中の下道を、白衣に遍路笠を被り、金剛杖を手にしたお遍路さんが歩いていた。唯一人。否、道中、同行二人。
高知市から室戸岬への国道55号線の下道は、とにかく遠い。
『室戸台風』。昭和9年に室戸岬付近に上陸して、京阪神地方を中心に甚大な被害をもたらした台風。更には、昭和36年の『第二室戸台風』も。
地学が好きで、気象に興味があった私は、これらの台風に名前を冠した『室戸岬』を訪れたいとずっと思っていた。
海岸は、大きな岩がごろごろと連なる岩場海岸。岬の先端の山の上に、白い灯台が見える。
青空の中にのほほんと、明るく開けた海岸だった。ごつごつとした岩の上に濃い緑の灌木が茂り、その向こうに海が広がる。
端正な貌をした高知城が、木立を背景に、蒼い空に悠然と聳え立っている。白い、瓦を乗せた白壁が、こじんまりとした庭の周りをぐるっと囲む。
オリジナルの天守が今に残る、現存12天守の一つで、重要文化財の立派なお城だった。
桂浜入口の広い駐車場に車を停め、海岸に歩いて行く途中に、坂本龍馬像が立っていた。像の高さは5.3m、台座を含めた高さは13.5mとのこと。像の前に立ち、見上げてみると思いのほか高く感じる。像の横に櫓が組まれていて、お金を払えば上って銅像の顔を間近から見ることもできる様だった。上らなかったけど。
日本の渚百選に選ばれる桂浜は、月の名所とのこと。海も、月も好きな私は、何時か海から昇る満月を見てみたいと思う。山から昇る、お盆のような満月も素敵だが、正直もう見飽きてしまったし。
太平洋を望む、青い海に美しい弓状の砂浜が広がる。途中の水族館を横に見ながら、南端の『龍王岬』まで歩いてみた。岬の上には神社の祠があって、そこからの海の眺めは最高だった。
海のづーーっつと向こう。水平線ぎりぎりの、ちょうど空との境目を、何隻もの大きな船がゆったりと進んでいく。
「いいなー…」思わず呟いた。
赤い『はりまや橋』。たまたまキャンセルがあって、泊まれたビジネスホテルの裏側にあった、こじんまりとした、赤い欄干の小さな太鼓橋。
気を付けなければ見逃しそう。がっかりスポットなんて言われているみたいだけれど、いや、中々雰囲気があって良かった。
これは江戸の時代の橋を再建したもので、横の、路面電車が通る広い交差点の道路に架かるのが、今の時代の現役の『はりまや橋』。向かいのビルの壁面に、小さなからくり時計が見える。
道路を渡った向こうに、明治の時代の鉄製の『はりやま橋』が架かっていた。
交差点の向こうのビルにあった、大きなパチンコホール。食後、旅打ちのノリで、マイジャグラー打って一度も光らず。2000回転越え、途中からだったけれど…。背中に嫌な汗かきながら、多分常連さんたちの注目の的に。
「また、やっちまった…」
単発終了! 悪い癖だねー。
足摺岬に向かう途中、四万十川に沿って流域を走る。
『岩間沈下橋』を車で渡る。沈下橋は、増水時に川に沈んでしまうように設計された橋で、水の抵抗を少なくするため欄干がなかった。橋の幅も狭く、左右にすぐに川面の水面が見えて、車で走り渡るのに中々、落ちはしないかと恐怖心を感じた覚えがある。
周りの山並みの景色も、ゆったりと流れる水面も空も、全ての様子が良かった。
「いいわー…」
ただ、山間の、川沿いを下る道 『 対向車が来たらどうするの? 』みたいな、車のすれ違いもできないほどの細い急なカーブが続く道だけがやたらと怖かったけど。
道の駅で、四万十川を眺めながら食べた御飯が最高に美味しかった。シイタケだったかな?
『足摺岬』。遠い。おおよそ全部下道。ほんとに遠い。嫌になるほど遠かった。
大型観光バスが駐車場にとまる。白いお遍路の服装に身を包んだ、大勢のお遍路さんの団体がどやどやとお寺の山門の中に消えていく。そしてお参りを済ませると、またどやどやとバスに乗り込み、次の札所へと去って行った。
足摺岬には、弘法大師が建立した四国八十八か所、第三十八番札所『金剛福寺』がある。そしてそれにまつわる数々の不思議が遊歩道沿いに点在していて、それを総じて『足摺七不思議』と言うとの事である。
足摺岬に続く遊歩道は、両側に丈の低い灌木が鬱蒼と生い茂り、天まで伸びた枝葉で空も所々しか見ることができない。
その遊歩道沿いの、岩が密集している場所に小さな穴が開いている場所があった。これが足摺七不思議の一つ、『地獄の穴』だった。
そこにお金を投げ入れると、チャリンと音を響かせながら金剛福寺まで転がって行くという話の様。
穴の周りをお地蔵さんが囲んでいて、中々、良い雰囲気を醸し出している。地獄まで繋がっているから、地獄の穴。
地獄の穴は、” 地獄に堕ちたご先祖を救うためにある ” とも書かれている。
何か、救いのある話の様な、恐ろしいような。
小銭を穴に落とす。
( チャリン… )
十円玉は、そう長く金属音を響かせながら、真っ暗な穴の底に消えていった。
”” 果たして、私は救われるだろうか? ”” ふと、そんな事を思った。
足摺岬は、有名な心霊スポットとして知られる。
なぜなら…。それは、いわゆる自殺の名所というやつだからだそう。
灯台下に口を開ける断崖絶壁から、垂直な崖下に広がる海へとダイブするのだろうか。崖下の海と交わる岸壁に、白く泡立つ太平洋の荒波が、激しく寄せては白く砕け散る断崖の絶壁に。
やはり私は、ここが自殺の名所で心霊スポットなどとは全く知らなかったのだが。
灌木に囲まれる遊歩道の切れ間に、ぽっかりと開けた空き地に足を踏み入れる。そこには白く、真っ白なコンクリートの肌を青い空に高く聳え立たせる灯台があった。
気のせいだろうか、白い灯台は孤独な雰囲気を纏い、近づく者を拒絶するかのオーラの中に佇んでいる様にも見えた。
果たしてそれは、足元から海へと続く断崖の黄泉の世界への入り口として、生者が近づくことを拒んでいるからなのだろうか。
遊歩道をぐるっと回り込み、灌木の中の高台に設けられた展望台へと至る。
展望台からは、今し方歩いてきた、鬱蒼とした灌木の茂みの中から聳え立つ白い灯台や、太平洋へと落ち込む茶色く切り立つ断崖絶壁の崖が眼下に広がる光景が見渡せた。
濃い緑色に染まる灌木の林と、それが海に垂直に落ち込む茶色い断崖絶壁の連なりが続く。切り立った断崖に、太平洋の荒波が白波を伴い押し寄せては、また引いていく。
そして弓状にずっと伸びてゆくのが見えている海岸線の遥か遠くに、室戸岬が霞んで見えていた。
( 足摺岬の灯台と、灯台下に続く断崖絶壁 )
(了)
お読み頂き、ありがとうございます。
私は車での一人旅が好きです。何も決めずに、ただ一番遠くの目的地だけ決めて、後は気分で行き当たりばったりと。着替えだけ車に積み込んで。
泊まる場所も、現地でビジネスホテルを検索して。確保できなければ、気ままに車中泊。
途中、気になる所があれば、ナビに打ち込んで向かう。計画したルートなんて無いのだから…。
それは旅行ではなく、自由気ままな旅。全部、未定。だから一つも失敗はありません。良いです。




