紀行記怪談『淡路島・丸亀城』
これは、数年前の、お盆の時期のお話です。
車での一人旅で、四国から中国、近畿地方を回った時の事でした。
( 一応、ホラーのつもりですが … )
徳島で、阿波おどりを見学して楽しんだ後、そのまま、阿波踊り会館横のコインパーキングに停めた車に乗り込む。
阿波おどり期間中の、会場周辺の交通規制をナビの指示で上手く掻い潜り、幹線道路を避け、鳴門方面へと。
翌日の16日の晩、京都での五山送り火を見るために、深夜、鳴門海峡大橋を渡り、神戸淡路鳴門自動車道を淡路島へと向かう。
白くライトアップされ、暗闇に両脇を持たれかける鳴門海峡大橋の上からは、多分眼下で黒々と渦巻いている渦潮の姿さえも、何一つ見えはしなかったけれど。
真夜中の高速道路は、日中の時間帯の喧騒に比べれば、走りゆく車の台数も少なかった。
まあ、お盆の帰省の時期でもあったから、深夜にも係わらず、まあまあの数の県外ナンバーたちが連なって、かなりのスピードで私の車の横を走り抜けていったが。
今し方見た、阿波おどりの《《わちゃわちゃと》》したリズムの音に酔いしれた興奮も醒めぬまま、漆黒の、深夜の高速を運転する。
耳の奥で、鉦の二拍子の軽快な音の音と、踊る女性たちの『 やっとさ~ 』の掛け声が、まだガチャガチャと跳ね回っているようだった。
深夜の夜闇に沈む鳴門海峡を抜け、真直ぐで単調な道路をひた走る。
淡路島は南北に、とても長い島だった。車窓を、単調な夜の帳がただ走り抜けていく。
目の前を流れる夜景が、ただ、頭の中をそのまま素通りしていく。私の意識に触れることなく …
さすがに、ブラックの缶コーヒーのカフェインでは追い払えないほどの強烈な眠気が、瞼の裏からも忍び寄る。
先を走る車の二つのテールランプが闇の中でぼんやりと赤く滲み、次第に大きくなりながら、自分に向かって迫り来る。
「 《《‼》》 」
「やばっ! …」
慌てて、減速する。
途中の、淡路島SA(淡路ハイウエイオアシス)で車中泊。
「連日車の運転で、強行軍だしなぁ~ …」
淡路島SAは、大きな観覧車がSAの背後に聳える、神戸淡路鳴門自動車道の淡路島北端に位置する大きなサービスエリア。
この先の明石海峡大橋を渡れば、神戸の街並みはすぐそこだった。
もう明日になろうとしている真夜中にも係わらず、広い駐車場は色とりどりの県外ナンバーで溢れかえっていた。
SAの建物からかなり離れた駐車場の一角に、車中泊のために車を停める場所を確保する。
お盆の深夜とはいえ、辺りは熱気もむんむんと、熱帯夜の夜気が取り巻く。とてもエアコン無しでは眠れそうにもなかった。
停めた車のセルを回す。
( … … …、… ) 「うん⁈、…」
再度、キーを捻る。( … … … )
「やばッ! …」
嫌な予感が、脳裏を過る。
( … … … ) 果たして、エンジンは掛からない …。
実は今回、車のバッテリーが劣化したまま、ここ四国への旅に出ていたのだった。
「いざとなったら、バッテリー直結でジャンピングスタートさせてもらえばいいさ …」 そう、軽い気持ちで。
トランクルームには、充電のためのブースターケーブルは載せてあった。しかも、周りにはエンジンの掛かった県外ナンバーの車が山ほどもいた。
… でも、周りの誰かに声を掛ける勇気が、何故かその時なかった。他人の車のバッテリーから充電させてもらうのが、なぜかためらわれた。
相手の車の、バッテリー端子に傷を付けてしまうから … 多分、そう感じていた。
J〇Fに電話をする。
「ここは …。 神戸淡路鳴門自動車道 淡路島SAの … 多分、バッテリー上りで … …」
「上り線ですか、それとも下り線ですか? 近くには何か場所の目印はありませんか?」
不慣れに焦りが重なり、自分の居場所を上手く説明できない。
… ◇ …
およそ一時間後、J〇Fの職員の手で、無事にエンジンは掛かった。
「バッテリーが劣化して、もう駄目ですね。直ぐに、神戸の『〇ート〇ックス』へ行って、バッテリーを交換して下さい!」
J〇Fの若い兄ちゃんは、私にそう言いながら、会員証を確認すると書類に記入していく。
何とか、バッテリー上りをさせずに、夜を明かした。
(阿波おどり
『 やっとさ~ 』
わちゃわちゃとした音の余韻が、耳の中で跳ねる … )
◇◆◇◆◇…
『丸亀城』。
駐車場に車を停め、城郭を見上げる。
内堀を、跨ぎ見える大手門の向こう、高く、白く高く連なり見える石垣の上に、小さくこじんまりと、白く輝く天守閣が青空に聳え立っていた。
生駒親正によって築かれた、3層3階の、現存12天守の木造天守。標高66mの亀山に築かれた平山城。別名『亀山城』とも呼ばれる。
天守は四国内で最も古く、万治3年(1660)に完成した。日本一小さな現存木造天守である。
三の丸北側の石垣は、丸亀城の石垣のなかで最も高く、20m以上の城壁が続く。隅角部の石垣は算木積みされた美しい曲線美で、「扇の勾配」と呼ばれる。
「石の城」と形容されるその名のとおり、丸亀城は「高石垣」の、石垣の名城としても有名だった。
そしてこの「高石垣」と、各郭に残る「井戸」は、今に伝わる怪談話でも有名に …。
二の丸にある『二の丸井戸』。
丸亀城で最高所にある井戸で、深さは36間(約65m)あるそう。築城に係る、悲しい伝説のある井戸である。
石工の羽坂重三郎は、常に仕事をする時は裸になって一生懸命に働くことから、「裸重三」と呼ばれる名工として知られていた。
そして何より、この丸亀城の石垣を完成させた功労者でもあった。
重三郎が積んだ石垣を見た殿様が、
「さすがは重三郎の築いた石垣だけあって、完璧だ。見事である。これでは空飛ぶ鳥以外、この城壁を乗り越えられるものはあるまい」と、ご満悦だった。
ところが、この殿様の言葉を聞いた重三郎は、
「私に尺余りの鉄棒を下されば、容易に登ることができます」と言って、すいすいと城壁を登ってしまったとのこと。
重三郎が敵に通じた場合、恐ろしい事になると恐れた殿様は、後日謀り、二の丸井戸の底の調査を重三郎に命じ、その隙に井戸に石を投げ入れ殺してしまった。
まさに、『雉も鳴かずば撃たれまい』の諺どおり。
… 恐ろしく、また、悲しくもある伝承である。
そして、更に恐ろしい井戸の伝承が、丸亀城にはあった …
『三の丸井戸』。
築城時、石垣工事が難航した折り、人柱を立てようという事に。
「ト〜フー ト〜フー」
しとしとと雨の降る、ある夕暮れ、一人の豆腐売りが、作業場近くを豆腐を売りに通りかかった。
これを待ち構えた工事の人夫たちは、豆腐売りを捕らえ、用意した穴に投げ込み、無理やりお城の人柱として生きたまま埋めてしまった。
工事は無事完成したものの、この事以来、雨の降る夜は、「ト~フ ト~フ」と声が聞こえるように。
人々は、これは人柱となった豆腐売りの怨霊が泣き続けるのだと、噂をするようになったとか …。
家では、彼の帰りを待つ、お上さんや子供たちもいただろうに …。
… 、不憫でもあり、実に恐ろしゃ … …
やはり、城郭に纏わる怪異の伝承の、なんと多いこと。
ましてや、現存12天守の一つ、丸亀城。歴史ある、軒瓦が風雪を重ねる、古の古城。
戦国乱世の世からの、『人死に』と常に隣り合わせに在りつつ、武士の世とともに刻を積み重ねてきた、国を守る者たちの命を護る郭としての城。
途切れる事もなく、古より伝承として語られてきた、数大くの悲話の数々。その裏に見え隠れする、人の心の裏に常に潜む、悲しく残虐な人間の持つ本性の定めとして、逃れ得る事のできぬ性。
そして、それら人の心の中に巣食う闇が産み出した、数多の恐ろしくも悲しき伝説として今に伝わる怪異たち。
城郭とは、これら怪異としての ” 闇の住人たち " が潜むための憑代でもあるのだろうか。
その ”怪しさ” が、歴史ある城の持つ、風雪に磨かれた風格だけでなく、ある意味、私が魅かれる魅力の一つなのかもしれない。
昼の、明るい陽射しの中に、凛とした貌で堂々と立つ天守閣。
だが、深夜、夜闇の中に佇む城郭の天守で、果たして、異形の者たちにより何が、行われているのか …
それも、私を引きつける魅力だった。
何時か、可能ならば見てみたいと思うのだが …
(切り立つ石垣の上の、丸亀城天守)
(丸亀城天守 近景)
(了)
お読みいただき、ありがとうございました。
近畿から中国、四国へと旅したうち、徳島県の『阿波おどり』と兵庫県の『淡路島』でのアクシデントに触れつつ、香川県で見学した『丸亀城』について書いてみました。
現存12天守の一つ、『丸亀城』。見事な「高石垣」の上に、凛と佇む立派なお城でした。青い空を背景に、空に向かってシャープに聳え立つ石垣と天守閣。
また訪れたいと思っています。




