紀行記怪談『厳島神社・錦帯橋』
これは、広島県の厳島神社を訪れた時のお話です。
先に、山口県の錦帯橋を訪れた話を書いてあります。
やはり数年前のお盆の時期で、まだ、厳島神社の大鳥居の改修工事が行われている時期のことでした。
国道二号線を、広島県との県境を越え、山口県岩国市へと入る。
国道を右折して、ずっと、川沿いの道を辿っていく。
道が開けた先に、『錦帯橋』はあった。
橋の袂を降り、川原の敷地に車を乗り入れる。小石だらけの川原に広がる駐車場に沢山の県外ナンバーの車が停まり、駐車場から橋までの間には飲食の茶店が建っている。
観光客を呼び込むのぼり旗の横に並ぶテーブルでは、大勢の客たちが話しに興じていた。折りしも、丁度、お盆の時期。多分、都会から帰省した観光客らで混み合っているのだろうか。
橋の入口わきの商店通りを歩く。少し入った所に建つ古の酒屋さん(観光交流所)で、錦帯橋の「御橋印」を頂く。
寺社の御朱印や、お城の御城印だけでなく、御橋印。最近、こういうのが増えているのか。つい、頂いてしまうけれど … 。
日本三名橋の一つ、錦帯橋が、錦川の広い川をまたぎ渡っている。
その長さ、約193mの木造橋。およそ35m間隔で円錐状に積まれた白く高い石垣の上を、五連のアーチ橋が連なる。
その、アーチの最高部から川面までの高さは、約13mとのこと。
橋の袂の料金所を抜け、錦帯橋へと足を踏み入れる。
板を横に敷き詰めた橋桁が、目の前に高く盛り上がり、アーチを描きながら向こうへと、ずっと続く。
青空へと向かって迫り上がる橋桁のアーチの向こうに、濃い緑の木々が茂る山並みが連なる。
眼下に広がる白い石畳の中の川面には、広い川原を流れる淡く澄んだ水の流れが、晩夏の渇水にも淀むことなく碧く流れる。
正面に見える、小高い山の緑に茂る木々の間に、小さく、石垣の上に白い三層のお城の姿が佇んでいた。それは、城山の山頂に立つ『岩国城』だった。
錦帯橋との景観を考慮して、城山の今立つ場所に移築・再建されたとも聞くが、果たしてどうだったのだろうか。
橋を歩きながら望む城山の緑の木々と、お城の白い壁と塀とのコントラストは景色に映て、中々素敵だと思うけど。
階段状に木の板が張られた橋の上を、大勢の観光客たちが思い思いに歩き、行き交う。
橋の頂上からは、眼下に光る青い川面に、日射しを銀鱗に煌めかせ泳ぐ鮎の姿が見えた。そして橋脚下の影の中には、編み笠を頭に、ジッと竿先を流す一人の釣り人の姿があった。
茹だるような陽光の中、アーチの間の上り坂は、中々、普段の運動不足の身には応える。が、時おり川面から吹き上げてくる風は、一抹の涼を汗ばむ肌に運んでくれる。
日傘を手にした若い女性たちが、太鼓橋状のアーチの坂を、晩夏の強い日差しを受けながら傘の作る影の中を歩いてゆく。
その傘が創り出す陰の中、欄干の木組みの陰に巣食い蠢くこの世ならぬモノたちも、歩く女性たちの背後を窺っているのだろうか。
この晴れ渡った明るい陽の光の中、憑く刻を見計いながら。
錦帯橋には、やはり心霊スポットとしての一面もあった。
かつて、橋の近隣にあった処刑場跡。そして橋の建設時、立派な石積の橋脚のいずれにか、埋められたという人柱の怨念とか … 。
『 ぅをぉ~ぃ … ぅぉおぉぉ~ぃ … 』
『 ぅぉぉぉ~ぃぃ たすけてぇ~ … … だれぇ か~ … 』
橋を渡る身に、夜ごと遠くで誰かが呼び掛けてくる、何かを訴えるような苦しみの声。
処刑場にうち捨てられた胴体が、今も首を探しさまよい上げるうめきの声か。それとも橋の欄干の陰に染み付いた、磔に胴を貫かれた魂が上げた、断末魔の苦悶の叫びの声か。
果たして、橋脚の白い石積の中に塗り込められる、人柱の髑髏が夜ごと上げる恨みの声なのか。
夜闇の中、写真に写り込む不自然な人影。夜闇の陰の中から、突然背後に迫る足音と、背中にまとわり付く、ぞわつくような冷気の影 … 今も、この橋を取り巻く異様として語られる、これらの怪異。
やはりこの橋も、昼と夜の狭間は、この世とあの世を繋ぐ入口となるのかもしれない。
この世にある多くの橋が、そうであるように。
明日の盆の送り火の夜、黄泉の国から帰った懐かしい顔たちもまた、この橋を渡りあの世へと帰っていくのだろうか。
( 錦帯橋 と 岩国城 )
◇◆◇◆◇…
『まもなく、目的地周辺です』
ナビが、そう告げる。
世界文化遺産 『厳島神社』。
広島市を過ぎ、国道二号線をたどり入った廿日市市。
空は真夏の青空が広がり、辺り一面眩い日射しに包まれた午後のことだった。
道の両脇に、沢山の駐車場入り口を案内する看板が置かれた通りを進む。
お盆料金に吊り上がった駐車料金を払い、フェリー乗り場へと向かう。
乗り場は人で溢れかえっていた。
フェリーに揺られ、約10分。船は静かに、宮島の船着き場へと泊まる。
フェリーを降り、人の流れに乗って歩く。
御笠浜を回り込むと、大鳥居が見えた。大鳥居は令和の大改修工事の最中で、シートに覆われた中に薄らと、鳥居の朱色の姿が透けて見えている。
朱色が鮮やかな社殿。
朱色の柱と天井の梁が支える長い廊下の板敷と、厳かな社殿の建物が続いてゆく。
鮮やかな朱の色彩と、床板の茶、屋根に葺かれた檜皮の軒の黒色とのコントラストが、強く、網膜の奥に刺さる。
廊下の所々からは、神殿を囲む浜の海が見える。海からは、強い潮の香りが風に乗って漂う。
社殿は、ただただ、とても厳かな雰囲気に包まれていた。
「神の島 … 」 そう感じた。
おみくじを引く。
1番。『吉凶未分』
「うーん … 中々に、微妙、か … 。」 一応、持ち帰る。
参拝を終え、焼きガキを食べながら周辺を歩く。
強い日差しの中、鹿たちが、川に架かる橋の下の日陰で休んでいる。
朱色の五重塔に、豊国神社の千畳閣の大きな建物。
塔脇にある階段の坂を下りながら、五重塔を見上げて写真を撮る。中々のアングルで、塔が青空に映えている。
坂下の食堂で食べた名物のあなごめしは、とても美味しかった。でも、少し … かなりタレが甘いような。
厳島神社近くの、宝物館を訪れる。
宝物館には、数多の煌びやかな刀剣や鎧などの宝物が展示されていた。
中でも、平清盛が、平家一族の繁栄を祈願して、厳島神社に奉納した装飾経である『平家納経』の華やかさは、平安貴族の趣味やその当時の感覚を良く伝えてくれる。
展示されているのは複製だったが。充分に、その雰囲気は感じさせてくれた。
「大潮で波が満ちた時に、また、ここを訪れるといいよ。」
「そうすれば … その時、どうして清盛が、ここにお社を建てたかが解るから… 。」
そう、宝物館を案内してくれたガイドの人は言った。
( 大潮の波が満ちた時 … )
私が厳島神社を訪れた今日、潮は全くの干潮の時間だった。
海の波が、浜に立つ社殿の橋脚に打ち寄せ洗うどころか、神殿の床下からは、浜の沖合に立つ鳥居の方へと向かって引く潮が、まるで川の流れのように見えていた。
各社殿が建つ敷地の間には、浜の砂の上にあちらこちらと潮だまりが、池の様に残り見えていただけだった。
だから今の厳島神社は、普通の砂浜に立つ社に見えた。海に浮かぶ … のではなく。
全て、私の無計画な性分が招いた、旅の結果だったのだが。
あれから、まだ、私は厳島神社を再訪できてはいない。
だから、あのガイドさんがあの時、私に言った言葉の真意は、まだ私は確かめられずにいる。
約850年前に、平清盛がこの場所に厳島神社を建てた、『本当の意味』を…。
次に訪れる時は、満潮の潮の満ちる時間を確かめて、確実に海に浮かぶ社の姿を眼にしたいと思う。
宮島は、太古から神の島と呼ばれる。
厳島神社を訪れると人生が変わるとも、人生の転機を迎える人は、神社に招き呼ばれるとも言われている。
だから、また、ここを訪れるつもりでいる。
私もまだ、残りの自分の人生を、何とか変えてみたいと思っているから… 。
(神殿内からの、改修中の鳥居遠景)
(了)
お読み頂き、ありがとうございました。
錦帯橋良かったです。
世界遺産、神の住まう島 厳島神社。やはり最高です。鳥居が改修工事中だったのが、少し残念でしたが。
海に浮かぶ朱の神殿。大潮の日、海の波が、神殿の渡り廊下の板敷を洗う様を見てみたいです。
ぜひ、また訪れたいです。




