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グラース国の王、アイヴィー・グラース。
彼女は生まれたときから統治者たるべく教育を受け続けてきた。
いずれこの国を背負う自覚はあった。けれど10歳にしてすぐにその座につくとは思わなかった。
だが涙を流す姿など見せられない。彼女の周りにいるのはすべて臣下なのだ。王の泣く姿など見てしまったら、不安にさせるか付け入る隙を与えるだけ。
自分は常に自信にあふれ、人を従わせなければならない。
だから。グラース国のためにも、この勇者召喚は成功だったと思わせなければならない。
ならない、のだが。
「はいっ、それでは言ってみよう! せーの『めあて グレートレントを倒そう』!!」
(やっぱり失敗だったかもしれない……)
葉太郎が模造紙(植物製)にでかでかと書いた文字を見ながら、王はぼんやりとそう思った。
自分は王だ。王様だ。偉いのだ。
なのになぜ玉座でもなんでもない椅子に座らさせられて、変な男に模造紙に書いた言葉を復唱させられそうになっているのだろう。
とんとん、と肩を誰かにつつかれた。
自分の隣に着席したひまりだ。ひまりは《《日本語》》で書かれた「めあて」を指差してこそりと耳打ちした。
「王様、あの文字読める?」
王は眉をひそめた。
「馬鹿にしているのか? 読めるに決まってるだろ」
王からすれば、文字の読み書きができるのかという質問に聞こえたのだろう。だがひまりの本意は別にあった。
(よかった。お話しも読み書きも、この世界の言語になってるみたい)
葉太郎が模造紙に書いた文字は日本語だ。だが意思疎通が図れるように、互いの言語を認識できる仕組みになっているらしい。
(異世界転生のお約束だもんね、うん)
1人納得するひまり。そんな2人に、すっかり先生気取りの葉太郎が声をかける。
「どうした2人とも、復唱だ。さん、はい!」
「めあて、グレートレントを倒そう!」
「……倒そう」
王は無視しようかと思ったが、この男に文字が読めないと思われるのも大変癪なので、小声で復唱したのだった。
「ではあらためてグレートレントの説明だ。青の宰相、絵を書いてくれ」
「え、絵ですか?」
突然指名された青の宰相は、眼鏡の奥の目を丸くした。
「文字だけより、絵があったほうが分かりやすいだろう」
青の宰相は渡された黒鉛筆を憮然とした表情で見つめた。ややあって、そのままそれを赤の宰相にパスする。
「赤の宰相は若い頃、数多くの戦争に参加し、魔物討伐も行っていました。絵を描くとなれば、実践で魔物をよく見ていた人が書くのがいいでしょう」
突然仕事を振られた赤の宰相は目をぱちくりとさせていたが、からからと笑った。
「ああ、そうか。青の宰相、絵心ないんですねえ。いいですよお!」
一言余計なことを付け足した赤の宰相は、ギロリと青の宰相に睨まれた。
赤の宰相は全く気にせず、模造紙に切株の絵を描いていく。
「王様。赤の宰相さん、絵が上手だね」
「……そうだな」
赤の宰相と青の宰相は、アイヴィーの教育係だった。それこそ幼子の頃からずっと一緒にいたが、こんな一面があるとは知らなかった。
そうしてグレートレントのイラスト(赤の宰相作)が完成した。
丸い切り株の短い胴部分に大きく穴が3つ空いており、目と口にも見える。枝の先には葉が丸く覆い茂り、ボクシンググローブのようになっていた。
「グレートレントは、直径2メートルの切株だと言っていたな。高さはどのくらいだ」
「どのくらいでしょうねえ、王様」
赤の宰相が、葉太郎の真似をしてアイヴィーに話を振る。
自国に生息する魔物のこともきちんと勉強していたアイヴィーは、淡々と答えた。
「1メートルもない。大きいものでも、私の背丈より少し低いくらいだ」
「そうなんだ。王様、よく知ってるね。すごいなあ」
「べ、別にこのくらい当たり前だ、王なんだから」
ひまりのほわほわとした笑顔がどうにもむずがゆくて、ぷいと視線を逸らす。王である彼女はなにもかも「できる」のが当たり前なのだ。
2人の間にほんわかした空気が流れる。
「では見た目が分かったところで、次に実際グレートレントと戦う時のことをイメージしてみるぞ。全長1メートル、つまり俺の身長の半分ほどだ」
葉太郎がズダァン! と勢いよくブリッジをして、そのままかさかさと動きながら2人に迫る。
ほんわかした空気が一瞬で台無しになった。
「実際には俺がブリッジをした状態より、もう少し大きい魔物が迫ってくるわけだ。さあアイヴィー! 俺をグレートレントだと思って想像しろっ! どう攻撃する!?」
首をぐりんぐりん動かしながら迫ってくる成人男性を見て、アイヴィーは後ずさろうとした。実際は背もたれにぶつかってできなかったが。
「え……、衛兵を呼んで牢屋にぶち込む……?」
「違う! 魔物だと思って考えろ!!」
両手を器用に動かし、背筋だけで背中を反らしたまま360度くるくる回る葉太郎。周囲の兵士たちも若干引いている。実質もう魔物みたいなものだった。
ここでそんな葉太郎をものともせずに手を挙げたのはひまりである。
「王様、グレートレントはどんな風に攻撃してくるのかな?」
「近づいてきた獲物を両手の枝で雁字搦めにする。トゲのように鋭く伸びたたくさんの枝が、獲物を逃がさないようになっているんだ」
ひまりがぽん、と手を打った。
「じゃあ、近くで戦うのは危険だね。遠くから魔術で攻撃するのがいいのかな」
赤の宰相が模造紙に花丸を書いた。
「おっしゃる通り。グレートレントは魔術師による遠隔攻撃が有利ですねえ。植物の魔物ですから、うーん、どんな魔術が効くと思いますかあ、王様?」
「やめろ、その質問形式。炎属性の魔術だ」
「素晴らしいぞ、2人とも!」
葉太郎が勢いよく上体を起こし、惜しみない拍手を送る。
近くの兵士たちもなんとなく釣られて手を叩く。謁見の間に拍手があふれた。
その空気に耐えられなくなった王様が勢いよく立ち上がる。
「ええーい、当たり前のことでいちいち褒めるな!グレートレントは炎の魔術で倒す!これでいいな?」
茶番は終わりだとばかりに、アイヴィーは青の宰相に声をかけた。
「青の宰相、こいつらに魔術を教えてやれ。私は執務に戻る!」
「承知いたしました」
王様はずんずんと勢いよく部屋を退出していった。
青の宰相はその背中を見えなくなるまで見つめたあと、ブリッジで髪の毛を振り乱した葉太郎に視線を移した。
「勇者殿、1つお尋ねしたいのですが」
「なんだ?」
「あなたの世界では魔物1匹倒すために、ここまで激しい前準備をするんですか」
「ああそうだ」
元の世界に魔物はいないが、葉太郎は即答した。
「子どもに何か教えるときは教えて、褒めて、伸ばすんだ。全身全霊でな」
「……異世界って大変なんですね」
「まあな。だがこちらが本気で接すれば、相手の心に伝えたいことがちゃんと残るぞ」
葉太郎はそう言ってひまりに微笑みかけた。
「ひまり、今日の授業では何が1番印象に残った?」
「えっとね、ブリッジして回転するお兄ちゃんかな」
「ロクなもん残ってないじゃないですか」
ブリッジのインパクトが強すぎる授業だった。




