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葉太郎が神官イェル達と話していたその頃。
ひまりは宰相2人に別室へ案内されていた。
「どうぞこちらに。王はすぐ来られます」
「王様から防音の魔術を編むよう言われてますので、安心して内緒話してくださいねえ」
にこにこした赤の宰相とは対照的に、青の宰相は苦い顔をしている。
「いくら勇者様とはいえ、いきなり防音魔術を使った部屋で王と2人にさせるのは……」
「まあまあいいでしょう。青の宰相。女の子達の内緒話を居座って聞くなんて、悪趣味ですよお」
青の宰相の背中を押し出して、赤の宰相が扉を閉める。
ひまりはしんとした部屋の中で、ぴっと姿勢を正した。
(今度王様とゆっくり話したい、って言ったら、あっという間に王様の元へ連れてこられちゃった。……はっ! ゆ、勇者の職権濫用になるのかな!?)
年末特番で見た刑事ドラマで「職権濫用だ!」と偉い刑事が逮捕されていたのを思い出した。
違うんです、そんなつもりでは。誰もいないのに、ひまりはわたわたと言い訳する。
(次からお願いごとには気をつけなくちゃ。私は勇者なんだもんね)
部屋の扉が開き、少女が入ってきた。
美しいプラチナブロンドの、人形のような美少女。間近で見て、ひまりはその美しさにほうと息を吐いた。
緑の眼光がひまりを射抜く。ひまりは慌てて椅子から席を立ち、背筋を伸ばした。
「こんにちっ、こんばんは王様! 突然呼んじゃってごめんなさい。しょっけんをらんよーするつもりじゃなかったんです!」
「……ふん、別にいい」
アイヴィーは少し座高の高い椅子にひらりと乗って脚を組んだ。
「恨み言の1つくらい、聞いてやる」
「うらみごと?」
「突然連れてこられて、言いたいこともあるだろうからな」
勇者召喚は、理不尽な儀式だと思う。
アイヴィーがこれを知った時に最初に思ったのは「連れてこられた人はどうなる?」だった。
誰かのそれまでの人生を、立場を、ある日突然奪ってしまう。それが勇者召喚だ。
だから国としてできる限りの補償をする。怒りも受け止める。それが王の責任だとアイヴィーは考えていた。
「え、と。特にないかな。あ、ないです」
「敬語はいらない。……突然父と母と引き離されて、寂しくはないのか」
流石に自分と同い年の子どもが召喚されるとは思わなかった。
アイヴィーは父母と死別した。今でも時々会いたいと思う夜はある。
もちろん、誰にも言えないけれど。
「お父さんは去年死んじゃったんだ。お母さんは……、ずっと昔にお父さんと別れて。ええと、私のことはもう好きじゃないんだ」
ひまりは眉を下げて、困ったように首を傾けた。
「……そうか。そういうことも、あるだろうな」
アイヴィーは聡い子どもだ。
自分は親に愛されたが、そうでない世界があることも理解していた。
「なので恨み言は特にないよ。私はお兄ちゃんと一緒にいられれば、大丈夫!」
ぐっと拳を握ってガッツポーズをとって見せる。
純粋なその笑顔には、何の駆け引きも存在しない。
アイヴィーは眩しそうに眼を細めた。
「だったら、お前は何の話をしようと私を呼んだんだ」
勇者から話があると伝言を伝えられたので、てっきり文句を言いに来たと思ったのに。
問いかけられたひまりは、ちょっと照れながら手を差し出した。
「えっと、お友達になりませんか?」
アイヴィーは目を丸くした。瞬きも忘れてひまりを見つめる。
「と、友達……? 私は王だぞ」
「王様ってお友達いたらだめかな?」
「だ、だめとかそういう問題じゃない」
身分が違う。立場が違う。年は同じだけど、でも自分は王様だし。
考えすぎて、頭の中がぐるぐるした。今までアイヴィーにこんなことを言ってきた子どもはいない。
「いいか、私は王様だし。お前は勇者なんだぞ」
「勇者……あっ」
ひまりの頭のうえでぴこーん! と豆電球が光る。
「そうだね! お兄ちゃんも勇者なんだから、2人一緒がいいよね。お兄ちゃん呼んでくる!」
「待て、分かった呼ぶな、あいつはお前が名前を呼んだらその辺の壁とか壊して現れそうな気がする」
ひまりの肩をがっしり掴んで止めた。
勇者召喚に乱入大暴れ事件は、若干アイヴィーのトラウマになっていた。
「……分かった。友達、でいい」
アイヴィーがおずおずと差し出した手を、ひまりが両手で握ってぶんぶんと振る。
「よろしくお願いします!」
グラース国、勇者召喚の日。
勇者と王は友達になったのだった。
□□□□
「いやあ、世界を超えた友情。良かったですねえ、これぞ異文化交流」
部屋の外でうんうんと頷く赤の宰相。
そんな彼に、青の宰相は半眼を向けた。防音魔術をかけた術者である赤の宰相は、中の音を自分には聞こえるようにちゃっかり工夫していたのだ。
「盗み聞ぎのほうが悪趣味でしょう」
「あはは。得体の知れない異世界人を王と2人にはできませんて。だいたい私は、お話を聞いているだけですよお。あの部屋中にあらかじめ魔術を張り巡らせて、いつでも勇者を吹っ飛ばせるようにしているあなたの方が、よほど怖いです」
青の宰相と赤の宰相。
彼らは若かりし頃、戦争の時代を駆け抜けた男たちである。
穏やかそうになったのは見た目だけ。
裾の長い宰相の服に身を包もうと、年を重ねて目元のしわが増えようと、いつでも敵を排除できるよう牙を研いでいる。
「そーいう物騒なの、下の奴らに見せないでくださいよ」
声は廊下の向こうから。騎士団長のレージュが2人のもとにやってきた。
「ああ、騎士団長。もう1人の勇者様は?」
「副団長に押し付けてきました。年も近いし話も弾むでしょ」
「あなたねえ……、少し下の者を労わりなさい」
「まあまあ。若いうちに苦労は重ねとけってね」
騎士団長は勇者と王がいる部屋をちらりと見た。
「なんであのガキ、勇者召喚なんて言い出したんでしょうね」
青の宰相が騎士団長の足をげし、と踏む。「不敬ですよ」と睨まれて、騎士団長は肩を竦めた。
「だって『他の国から自国を守る抑止力にするため』って。めちゃくちゃ建前でしょ」
「少し前に辺境で隣国と諍いがあったでしょう。それで危機感をもった、と本人が言っていました」
「それにしちゃ動きが遅すぎる。だいたい、他にやり方がいくらでもあるだろ。わざわざ神官に貸しを作ってまで勇者召喚をするとか、おかしいでしょう」
神官イェルは、もとい「神官」はグラース国の者ではない。
神官は公平中立を謳い、どの国にも属さない集団だ。
それが許されているのは、彼らがいくつもの強力な魔術を秘匿しているからだ。3国で世界の均衡と平和を保つという約束の元でのみ、それらの魔術の使用は許可される。
今回の勇者召喚は、若き王を導くために行われた。
ただし、先ほどの「3国で世界の均衡と平和を保つ」という約束の元で。
「バランス取るために、他の2国にも勇者が召喚されているはずだ。リスクの方が大きい。王もそのくらい分かってるでしょう」
「「…………」」
「ていうか、お2人がそのへんに気づいていない訳ないでしょ。なんで詰めないんです」
分かっている。
アイヴィーが勇者召喚の裏に、何か目的を隠していることは。
宰相2人は勇者召喚が決まったその日、当然王を問い詰めた。
「本当の目的を話しなさい」と諭す2人に、アイヴィーはただ「頼む」と頭を下げた。
2人はそれ以上問いただすことができなかった。
前王と王妃が病で死んで1年。虚勢を張って玉座に座り続けた少女のそんな姿を、初めて見たから。
「……なんでも拘束して、宰相の言葉を聞かない暴君になっても困りますしい」
「ええ。それに、勇者召喚は何かあっても我々で対処できる施策だと判断したまでです。実際、他国にグラース国を警戒させるのに、それなりに役立ったと思いますよ」
青の宰相の言う通り、2国の意識が『統治者が子どもになったグラース国』から、『3国それぞれに召喚された勇者』に向いたのは確かだろう。
今の状況は、3つの国それぞれに、神からランダムに強力な武器がラッピングされて与えられた状態。
自分のラッピングの中身は? 他国は何をもらった? と気になるのは当たり前だ。
もっとも、それもアイヴィーを庇う弁舌に過ぎないと、騎士団長は理解しているが。
騎士団長は分かりましたよ、と両手を上げた。もとより、この2人に口で勝てるとは思っていない。
「お2人がいいなら止めませんけど。勇者2人はちゃんと監督してくださいよ」
「分かっています。勇者はあの少女と、男が1人。大人の男はともかく、まだ幼い子どもは善悪の分別が難しいでしょうからね」
「子どもは大人の予想をぽーんと上回りますからねえ。私たちが気をつけないと」
「……いやどっちかっつーと、兄の方がやばいんですヨ……」
森での騒動を思い出し、騎士団長は遠い目になったのだった。
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ヤバい兄もついてきちゃった異世界転移ファンタジー開幕です。
毎日かる~く笑えるコメディを目指していきます。
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