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かつてルガール大陸では、領土をめぐって戦争が続いていた。
長きに渡る戦争の末、大陸は3つの大国に分かれ、和平条約が結ばれた。そのうちの1国が、グラース国だ。
戦争終結からおよそ29年。グラース国の王から提案があり、なんと3国同時の勇者召喚が行われることになったのだ。
「勇者召喚」。
理の異なる世界から人間を召喚する魔術。
世界を超えた人間は神からたぐい稀なる力「ギフテッド」を与えられ、この世界を平和に導くと言われている。
民衆にとってはありふれたおとぎ話の1つだが、国を動かす者にとってはそうではない。勇者召喚は国の防衛手段の1つだ。
戦争終結後まったく行われていなかった勇者召喚。戦時下ではろくな記録も残っておらず、なにが起こるか見当もつかない。
普通の大人であればそんな未知の危険なものに手は出さなかっただろう。
だがグラース国を継いだ10歳の王、アイヴィー・グラースは違った。国同士の会合の場で、勇者召喚を行うと宣言したのだ。
そして神官イェルは命を受け、実に35年ぶりとされる勇者召喚を行った。
結果は成功。10歳のひまりを召喚し、目的を無事達成したのだ。
ただし「兄」というおまけ付きで。
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それから3時間後。
「一体どういうつもりですかあんたはー!!」
イェルは絶叫した。
場所は先ほどのラタの森ではなく、グラース国の王城である。
王城への道すがらに、葉太郎とひまりへ勇者召喚の事情が説明された。
ここはルガール大陸といい、現在大きな3つの国が支配していること。
グラース国の平和のため、勇者を35年ぶりに召喚したこと。
勇者に敵意はなく、むしろ来賓として歓迎したい。だから暴れないでお願い本当に、ということを懇々と説明し、なんとか葉太郎の警戒を解こうとした。
その間、ひまりははじめての異世界に、ずっと目を輝かせてあちこち見回していた。その様子はさながら、初めて遊園地に遊びに来た子どものようだった。
一方葉太郎は、終始うさんくさいものを見る目ですべてを警戒していた。その様子はさながら怪しい訪問販売の勧誘を受けているようだった。
しかし強い説明を受け、葉太郎はようやくひまりと一旦離れて、1人で話を聞くことを承諾したのだ。
そしてお城の別室に案内されたところで、冒頭のイェルの絶叫である。
むしろよくここまで我慢したほうだろう。
部屋の中にはイェルと葉太郎。それからもし何かあったときのために、フィーロが扉のすぐ側に待機していた。
「勇者ヨータロー、さっきのあれはなんですかっ」
「ワイヤーアートだ。ひまりに『お兄ちゃんすごいね』と言ってもらうため、ホームセンターのワゴンセールでワイヤーの束を買ってしこたま練習した」
「知らんわーー!」
イェルはびしっと杖で葉太郎に向けた。
「勇者の証を『ぽきっ』と折って人に渡すなんて、一体何を考えてるのかと聞いてるんです!」
「ああ。やっぱりこれが勇者の証なのか」
葉太郎は鼻を鳴らして、ポケットから残り半分の金の輪を取り出した。
ひまりと半分こした金の輪っかは、見事に真っ二つの半円になっている。
「ああ~、神聖なる勇者の証があ」
イェルは悲壮な声を上げた。
異世界よりこの世界へ渡った者に、祝福の証と力が授けられる。
言い伝えではそう習っていた。どんなものかは分かっていなかったが、葉太郎の腕に輝く金色の輪を見て、すぐに「これだ」とピンときた。もっともそれが、数分もしない内に真っ二つになるとは思っていなかったが。
「俺はいらん。ひまりに渡すことはできんのか」
「勇者の証をそんなぽんぽん渡せるわけないでしょうっ」
境界で葉太郎が乱入したことも、勇者の証が葉太郎に渡ってしまったことも、とんでもないイレギュラーなのだ。
「ち。俺が勇者になるというわけか……。お前らは、グラース国の平和のために勇者を呼んだと言ったな。魔物退治でもさせるつもりか?」
葉太郎の声音がわずかに低くなり、イェルの背筋がぴんと伸びる。
ほんの数時間一緒にいただけだが、葉太郎が「妹命」なことはよーく分かった。
そんな男が、グラース国のために魔物と戦ってくれるのか?
答えはどう考えても「No」だ。「なんで俺が縁もゆかりもない誘拐犯のために戦わなにゃいかんのだ」と言うところまで目に見えている。
(勇者召喚失敗、大失敗です。あああ、大神官になんと言えばいいのか)
ずんと重たい気持ちで、イェルは「まあ、そんな感じです」と伝えた。
葉太郎は眉間にしわを寄せ、顎に手を当てて口を開いた。
「条件がある」
「はい条件が……、え?」
イェルと扉の前にいたフィーロが目を見開いた。
絶対に断られると思っていたのに。どういう風の吹き回しだ。
「条件って、それを満たせば勇者として魔物を退治してくれるってことですか!?」
「そうだ、本当は嫌だが仕方ない。ひまりは断らないだろうからな」
ひまりは優しい。困っている人がいて自分に助けられる力があるのならば助けようとする。
優しく愛しい妹。彼女が異世界を救いたいと願うならば、葉太郎も救うのだ。
「まずひまりの衣食住を保障することは大前提だが、それとは別に1つ条件がある」
ごくり、とイェルとフィーロの喉が鳴る。
異界の勇者が求めるのは、果たして富か、色か、名声か。
「勇者はひまりと俺の2人ということにしろ。あるいはひまりが勇者で、俺はおまけでもいい」
「どういうことですか?」
意図が読めずイェルは首を傾げた。
「ひまりはファンタジーに憧れるお年頃。学校で配られたプロフィールカードの将来なりたい職業欄に『勇者』と書いたのをこっそり消して、みんなとおそろいの『動画配信者』と書き直したことをお兄ちゃんは知っている」
「はあ」
「ひまりを勇者にしてやりたい。だが、さすがの俺も魔術や超能力を会得することはできなかった。だがそこに突然降って湧いた勇者チャンス。これを逃す手があろうか、いやない」
かわいい妹のためならば、魔王だろうが聖女だろうが勇者だろうが叶えてみせよう。
それが兄のつとめというものだ。
イェルは一方的な兄の会話を嚙み砕いて理解しようとする。
「ええと……、つまりあなたの妹を勇者として扱えと、そういうことですか?」
「そうだ。ひまりが勇者だ。そのための魔物退治やサポートは俺がする。そうしてひまりは街の人々を助け英雄となり、やがてこの国の誰もがひまりの可愛さに心酔し崇拝するのだ」
「「さらっと国を乗っ取ろうとするな」」
フィーロとイェルのツッコミがきれいにハモる。
それまで黙っていたフィーロが扉から離れて葉太郎達に近づいた。
「いいのか?それはつまり、名誉も勲章もお前には一切与えられないということだぞ」
「いるかそんなもん」
葉太郎の願いはいつだって変わらない。
ひまりの笑顔。それ一択だ。
葉太郎の即答に、2人はちょっと目を丸くした。
しばし沈黙して、先に頷いたのはイェルの方だった。
「分かりました。国の治安を守ってくださるというのでしたら、私も協力しましょう」
「俺もだ。グラース国の味方であるならば問題はない。ただし昼間のような騒動は起こすなよ」
「ふん、いいだろう」
ずっと眉を吊り上げて怒っていたイェルは、ようやくはにかんだ笑みを見せた。
17歳の年相応の女の子の笑顔だった。
杖を引っ込めて、代わりに葉太郎に手を差し出す。
「では、ヨータロー。これからよろしくお願いします」
葉太郎は意外と素直に握手に応じた。
めちゃくちゃなところもあるが、妹を大切にするいい人間かもしれないと、2人は葉太郎の印象をちょっとだけ改めた。
「で。ひまりの生活についてだが、特別な行事を除いて夜10時までには就寝させるように。食事アレルギーはないが、3食バランスの取れたものを心掛けろ。それから」
「「…………」」
やっぱりめんどくせーなこいつ、と2人は思った。




