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いったいなんなんだこれは。
アイヴィー・グラースは木の上から、目の前の光景を茫然と見つめていた。
ちなみになぜ木の上かというと、兵士が安全のために登らせたからである。
父と母が病に倒れ、少女は10歳という幼さで王となった。
当然他国は、国内が混乱しているこの隙に土地を乗っ取ろうと目を光らせている。
だから勇者という武器を従えて、父と母に代わってグラース国を守る、はずだったのだが。
アイヴィーはもう一度眼前の光景を見つめる。
精鋭騎士団をあっという間になぎ倒し、神官とわあわあ言い争っている勇者を。
あの暴れ馬を従える? 自分が?
(む、む……いや無理じゃない! 無理じゃないからな!)
思わず頭の中で「無理」と呟きそうになった自分を叱る。
王である自分に失敗は許されないのだ。
大丈夫、大丈夫だ。自分は厩舎で一番気の荒い馬だってなだめたことがあるのだ。
アイヴィーは木にしがみついたまま、すうと大きく息を吸った。
最初に主導権を握るのが肝心だ、がんばれ自分。
「おい! こちらを見ろ!!」
全員の視線が一斉にアイヴィーに向いた。
アイヴィーは背を伸ばし、めいっぱい威厳を出そうと「きりっ」と眉を釣り上げた。
もっともコアラよろしく木にしがみついた状態では、威厳もなにもあったものではなかったのだが。
「お前が異世界から召喚された勇者だな! 私はこの国の王、アイヴィー・グラースだ。お前達の名は!」
「ひ、ひまりです!」
「…………葉太郎だ」
ひまりがぴしっと直立して名乗ると、葉太郎も大人しく自己紹介した。
(よしっ、私の威厳が通じたぞ!)
アイヴィーは心の中でガッツポーズ。
実際には、木にひしっと張り付いた妹と同い年の少女を見て、少し冷静になっただけなのだが。
「勇者ヨータローとヒマリだな! お前たちを歓迎しよう。まずは我がグラース城に招待する」
「いやだから、とっとと元の世界に……」
葉太郎はそこで口をつぐんで、ちらりとひまりを見た。
ひまりは目を輝かせて小さな王を見ている。
だが葉太郎の視線に気がついたのか、はっと視線を逸らした。
憧れの異世界転移。未知の冒険。テレビでしか見たことのないお城に行ける。
10歳の子どもにとって、あまりにも魅力的なわくわくイベントが満載だ。
きっとひまりは今、ときめきでいっぱいなのだろう。けれど言えば兄が困るから、何も言わず地面を見ている。
葉太郎は口をひん曲げ、眉間にシワを寄せた。
ぐうう、と唸り、やがて小さく息をついた。
「……分かった、招待に預かろう」
「そ、そうか! よし、いいだろう」
アイヴィーはほっと全身の力を抜いた。
安心しすぎて、木の枝に乗っていた体がずるりと傾いた。
「きゃあっ!」
「「「あ」」」
小さな悲鳴と共に、少女の体が落ちていく。兵士たちが一斉に駆け寄る中、その後ろから1番早く飛び出した影が、ふわりとアイヴィーを抱き止めた。
「ほっと。ご無事ですか。王様」
「騎士団長!」
フィーロの呼びかけに、アイヴィーを片手で受け止めた騎士団長が「よ」ともう片方の手を挙げた。
「ちょっと前について様子を見てたけどな、お前ら素人の魔術に簡単に吹っ飛ばされすぎ」
「も、申し訳ありません」
兵士たちが一様に頭を下げる。
「帰ったら鍛錬な。王様、けがはないです?」
「……ない、降ろしてくれ」
アイヴィーはややぶっきらぼうに告げた。
王らしからぬ悲鳴を皆の前であげてしまったのが、やや恥ずかしかったのだ。
「話はまとまった。儀式も成功した。勇者たちを連れて王城に戻るぞ」
「あ……」
王が身をひるがえす。ひまりはその背中に声をかけようとしたが、大勢の兵士に囲まれてしまい、結局諦めた。
(もっとちゃんとあいさつしたかったな。同い年くらいだし、お友達になれるといいな)
次は機会を逃さずあいさつしよう、とひまりは気合をいれて頷いた。
そんなひまりを、葉太郎はじっと見つめていた。
正直こんな得体の知れない場所でひまりを連れ回したくはないが、仕方がない。
何かあれば自分のすべてを賭して妹を守る、そう決意を固める。
王への謁見、RPGで言うならば初歩の初歩。まだそんな段階なのに、すでに葉太郎のテンションはラスボスへ挑む手前のそれである。
そんな葉太郎の襟首を、神官イェルが後ろからぐいと引っ張った。
きっと目を怒らせて葉太郎を見る。
「話をうやむやにしようったってそうはいきませんからね。お城についたら、もう一回話し合いです!」
「しつこいなお前も、というかお前はいったい誰……、あ。さっきのLEDライトか」
「だからなんですかそれはー! イ ェ ル です!」
ぷんすかと怒るイェル。一応勇者召喚の儀においては最高権力を持っているのだが、ちっともその権力を発揮できない。
葉太郎は兵士たちのあとに続いて歩き出す。もちろん、ひまりの手はしっかり繋いでいる。
「そもそも、いったい何なんだここは。状況がさっぱり分からん」
説明をする前にお前が暴れ出したんだろうが、というツッコミを一同は飲み込んだ。
「それでは、私から説明しよう」
副団長のフィーロが、葉太郎達の横に並んだ。
「私はヒイラギ騎士団副団長のフィーロ。先頭を歩く少女が、我が国の王、アイヴィー・グラース様。その隣が騎士団長レージュ様だ」
揺れる銀髪と、ガタイのいい男の背中を指し示しながら説明する。
「そちらは神官イェル殿だ。……勇者召喚の儀を行える、この大陸でも数人しかいない名だたる神官だぞ」
葉太郎のイェルへの態度を諌めるように、神官の説明を付け足した。
「ここはグラース国。あなたはこの国を守るために呼ばれたんだ、勇者ヨータロー・ヒマリ」
そしてフィーロは語り始める。
葉太郎が暴れなければもう説明が終わっていたであろう、この大陸の歴史を。




