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さて。
ラタの森で勇者が追加で召喚されたその頃。
グラース国の要であるグラース城で、1人の宰相が落ち着きなくうろつき回っていた。
目につくのは、肩に巻いた鮮やかな青の布。顔に刻まれたたくさんのシワは、長く生きてたくさん経験を詰んだ証だ。
銀縁眼鏡の奥の目が、知的な光を宿している。
「青の宰相サマ、少しは落ち着いたらどうです? まーだ徘徊するお年じゃないでしょ」
飛んできた軽口の主を、青の宰相はぎろりと睨む。
睨んだ先には40代ほどのガタイのいい男と、老人が1人。こちらの老人は、肩に赤い布をまとっている。
ガタイのいい男の軽口に、赤い布を身につけた老人がのんびりと笑う。
「仕方ありませんよ、騎士団長。私も彼も、もう56ですよお? 私なんて最近、もの忘れが激しくて。昨日のご飯も忘れましたね」
「さすがに早くね?」
騎士団長──、ヒイラギ騎士団の団長は「あーあ」と腕を頭の後ろで組んだ。
「しっかりしてくださいよ。あのガキ……、じゃねえや、王様はまだ若いんだから、お二人にグラース国をまとめてもらわんと」
「……その王が、我々を遠ざけているんですけどね」
青の宰相がだんだんと片足を鳴らす。
「召喚の儀に私たちを城に置いておくとは。まったく、宰相を一体なんだと思っているんです」
「一応王様なりに考えたんでしょう。勇者召喚は成功するまで、城の一部の者にしか知らせないようにしています。『城の要人が全員出払ったら、事情を知らない者たちが不審に思うかも知れないから』っておっしゃってましたしい」
「ええ、ええ。『宰相も騎士団長も誰もいないときに、城で万一があったら困る』とも言って譲りませんでしたね。その『万一』が王に起きた時のほうが一番困るんですけどね!」
ヒートアップする青の宰相。その激しさは爆発魔法の音に驚いて暴れる馬に似ていた。騎士団長と赤の宰相が「どうどう」となだめる。
「王にはしこたま防御魔術が重ねがけしてありますし。いざとなったらすぐ駆けつけられるように、俺に高速移動の魔術もかかってますから」
「そうそう、そんなに怒ると血管切れますよお」
騎士団長が窓の外を指差した。その先には、深い緑に覆われたラタの森がある。
「ここにいれば、問題が起きた時にすぐに合図の光が見えますよ。危険が赤で、なんかよく分からんことが起きたらとりあえず緑です」
騎士団長がそう言った瞬間。
森を突き抜けて空にぱぁんと緑の光が上がる。
「「「…………」」」
一同沈黙。
さらにぱんぱぱんぽぽぽぽーんと緑の光がやけくそ気味に上がる。
おそらくラタの森で、なんだかものすごく訳が分からないことが起きている。
「……騎士団長、行ってきまーす」
「ああっ、もう! だから不安だったんだ!」
青の宰相の怒号を合図に、窓から騎士団長が飛び出した。
□□□□
さて。場所は戻ってラタの森。
葉太郎はさっきまでアスファルトで補整された道路を歩いていた。
それが突然光の海に投げ出され、現在は大自然の真っ只中。
さらに周囲にはRPGにいそうな兵士やら、虫にさされそうな恰好をした女神官もいる。
一体何がどうなっているのやら。普通の人間なら混乱のあまり思考停止するところだろう。
だがしかし。葉太郎は妹が絡むと、平常の120倍の適応力を発揮する。
ここがコンクリートジャングルだろうと、本物のジャングルだろうと関係ない。
相手はかわいい(×10)ひまりをさらおうとした。イコール葉太郎の敵、イコールぶっ飛ばす!
シンプルイズベストな回答と共に、葉太郎は近くにいた兵士に渾身のタックルをかました。
「ぼっ!」
「ぐうえっ!」
兵士が鎧をへこませて、周囲の兵士を巻き込みながら吹っ飛んでいく。
想像より敵が吹っ飛んだことに多少驚いた。まるで自分の力が10倍も20倍も強くなっているようだ。
「ま、待ちなさい! 話を聞いて!」
イェルが声を上げるが、頭に血が上っている葉太郎には届かない。
そんな彼女の横を、一迅の影が通り過ぎていく。副団長のフィーロだ。
「合図!」
鋭く一言だけそう告げて、フィーロが剣を抜く。
抜き放った剣を手首で回転させると、ヒュッと風を切る音がする。そのまま速度を緩めることなく、葉太郎の喉元を狙って剣の切っ先を繰り出した。
「うぉらあっ!」
「!」
葉太郎は先ほど吹っ飛ばした兵の剣を拾ってフィーロの剣を弾いた。
フィーロはわずかに目を見開いた。葉太郎の動きは、剣術などまったく分かっていない素人の動きだ。しかし腕力だけで自分の剣を弾いた。先ほどは鎧兵も吹っ飛ばしていた。
(なんという膂力。未開の地に住んでいる山賊みたいだ)
そのままフィーロにタックルをきめようとした葉太郎。だが、体に横殴りの衝撃を受けて地面を転がった。
「副団長! ご無事ですか!」
「相手に近づくな! 距離を取って魔術を打ち込むぞ!」
兵士達が魔術を展開し、フィーロの援護を始めた。
フィーロが片手で剣を構えて深呼吸する。
(合図となる緑の光は打った。団長が来るまでおよそ30秒。俺たちのすべきは、それまで王を死守することだ)
とはいえ、相手を殺すわけにもいかない。曲がりなりにも召喚された勇者なのだから。
追撃しようとする彼らを前に、イェルが一歩前に出て叫ぶ。
「皆さん、やめてください! 勇者たちは召喚されたばかりで混乱しています。どうか落ち着いて!」
兵士たちの間にわずかに迷いが生まれた。
むくりと葉太郎が起き上がる。
「……貴様ら」
魔術による攻撃をものともしていない。驚異的な頑丈さに、兵士達が一歩後ずさった。
葉太郎は自分の腹部をさすり「かっ!」と目を見開いた。
「こんな空気砲……、もしひまりに当たったら転んじゃうだろうがああああっっ!!」
怒号一発。
葉太郎を中心とした全方位から、風の砲弾が発射された。
「なっ……」「え!?」「びゃーっ!」「ぎゃおーっ!」「うわあああ」
フィーロが、イェルが目を見開き、兵士たちが悲鳴と共に飛んでいく。
フィーロもとっさに防御の構えをとったものの、衝撃を殺しきれず後ろの木に体を打ち付けた。
彼らが弱いわけではない。葉太郎が魔術を使えるという発想がなかったのだ。
(理の違う世界であれば、空気中の魔素も違うはず。それなのに、いきなりあんな強力な魔術を使いこなした……!?)
唖然としたイェルの長い髪を、魔術が生んだ風が揺らす。その衝撃で髪飾りが舞い上がり、くるくると回転して葉太郎の足元に突き刺さった。
信じられない剛力に、王兵を圧倒する魔術の才能。
異なる世界からやってきた男に、その場の皆が戦慄する。
(これが、勇者──!)
皆が圧倒される中、葉太郎は彼らを吹っ飛ばそうと容赦なく地面を蹴った。
そのときだ。
「ううん……? おにい、ちゃん?」




