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俺のかわいい妹がハッピーエンドをお望みだ~勇者志望の妹のため、兄は全力で裏方に徹する!なお、周囲の被害は気にしない~  作者: 結丸


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20/23

3-5

 ひまりのぐっすりお昼寝大作戦から5時間後。


(お、思いっきり眠ってしまった……っ!)


 目が覚めたら日が暮れていたアイヴィーは、よろよろと廊下を歩いていた。

 相当熟睡したのだろう。頭はものすごくすっきりしている。

 しかもお付きの兵士から「今日の執務は、できる範囲で宰相達がやっておくとのことです」と伝言までもらってしまった。

 何もかも見越しての行動なのだろう。


 修練場から出て、王城につながる渡り廊下を歩いていると、向かいからひまりがやってきた。葉太郎も一緒だ。


「王様! よく眠れましたか?」

「……そうだな」


 アイヴィーは小さい声で「ありがとう」と言った。ひまりは嬉しそうに跳ねる。


「あの、兵士さん。少し王様とお話ししたいんですが」


 王城にたどり着いたので、もう大丈夫と判断したのだろう。

 兵士は一礼すると、自分の持ち場に戻った。


 葉太郎、ひまり、アイヴィーの3人は、室内に入り廊下を歩いていく。

 廊下には、たまたま誰もいなかった。それを確認したひまりは、王様の横に並ぶ。


「王様、このまま歩きながら聞いてくれる?」

「なんだ?」


 葉太郎が左手をぱちん、と鳴らした。

 それはほんの一瞬のこと。3人を、薄い青色の膜が包み込む。

 王様がはっと周囲を見渡し、警戒の色を滲ませて葉太郎を振り返った。


「お前……!」

「焦るな、認識阻害の魔術だ」


 認識阻害。つまりこの3人が、周囲から認識できないようにしたのだ。

 曲がり角から歩いてきた使用人が、礼もせずにアイヴィーの横を通り過ぎた。葉太郎の認識阻害の魔術のせいで、アイヴィーに気づかなかったのだ。


「ど、どうやってこんな高等な魔術を覚えた」


 音や認識を阻害する魔術は繊細な技術を求められる。程度はあるが、使いこなせるのは城の中でもほんの数人程度だ。


「ギフテッドだ。イェルに幻影の魔術をかけてもらって、そこから編み出した」

(相手に幻を見せる術を、自分を見えなくする幻にしたのか? もはや別の魔術じゃないか)


 アイヴィーはゾッとした。今アイヴィーは誰にも認識されない。悲鳴をあげても、何をされても。

 アイヴィーの表情を見て、葉太郎は片眉を下げた。珍しく少し困った顔をしている。


「……そんな顔をするな。この魔術は俺にも扱いづらい。お前が大声を上げるなり、暴れるなりすれば、すぐに破れるだろう。少し内緒話ができる程度のものだ」


 葉太郎が手で自分の妹を指し示した。

 ひまりは申し訳なさそうに縮こまっている。


「驚かせてごめんなさい。本当は私が防音の魔術を教えてもらえばよかったんだけど……」


 そこでアイヴィーも少し冷静になった。

 おそらく葉太郎は、ひまりの望みでこの魔術を会得したのだ。

 アイヴィーと、内緒の話をするために。


「……ヒマリ、お前は私と何を話したいんだ」

「王様が勇者わたしを召喚した理由を知りたかったんだ」


 ひまりは、友人となった王のために何かできることはないか考えた。

 一緒におやつを食べたら楽しんでくれるだろうか。

 ぐっすり眠れたら喜ぶだろうか。

 葉太郎にもたくさん相談した。そうして、ふと思ったのだ。


「王はなぜ、勇者を召喚したのだろう」と。

 ひまりの読んでいたファンタジー小説では、勇者は魔王を倒すために呼ばれることが多い。

 だが宰相に聞いたところ、そういった分かりやすい悪は、この世界に存在しなかった。

 ならばなぜ王は自分を召喚したのだろうと、疑問に思ったのだ。

 グラース国の平和と安寧のため。それは理解できる。けれど、それだけではないと思ったのだ。


 ひまりの問いにアイヴィーは肩をすくめた。


「お前はなんでも素直に信じると思ったんだが、意外だな」

「うーん。お兄ちゃんもよく『俺が食べたかったんだ』って私が食べたいものを買ってくれたり、『ちょうどチケットが2枚空から降ってきたんだ』って言って、私が行きたいところに連れて行ってくれるから。だから、言葉と思いがちょっと違うことがあるのは、分かるよ」


 お前のせいか、と後ろに控える葉太郎を睨んだが、ぷいとそっぽを向かれた。


「それで? お前はどう思っているんだ?」


 宰相達は、アイヴィーが戦争を目論んでいるのではないかと考えている。

 この少女は、どんな結論を出したのだろうか。

 目の前の小さな勇者は、真っ直ぐにアイヴィーを見つめた。


「……私は、王様が誰かに助けて欲しくて勇者を召喚したんだと思った」


 アイヴィーの緑の瞳が大きく見開かれた。


 勇者を召喚したアイヴィーを見て、ひまりが思い出したのは過去の自分だった。

 自分にはどうしようもない力で、兄と離れ離れになったとき。兄から笑顔が消えて、人形のようになってしまったとき。

 ひまりはどうすることもできず、ただ無力な自分を悔やみながら祈った。


 寂しい、悲しい、誰か、どうか。


 ──サンタさん。


 ひまりが願いを捧げたのは、「サンタ」だった。

 どうしようもない理不尽で幸福を奪われた人を救って欲しくて、人を超えた力を持った対象に祈った。


 だからアイヴィーも「そう」なのかもしれないと、そう思った。


「自分ではどうしようもないことが起きて、誰かに助けを求められなかったから、勇者を呼んだんじゃないかって、そう思ったよ」


 ひまりは自分の胸に手を当てた。


「ここなら他の誰にも聞こえないよ。王様の言葉が聞こえるのは、勇者だけ。だから、もし私たちにして欲しいことがあるなら、言って欲しいの」

「…………」


 アイヴィーの肩が小さく震えた。

 ひまりと葉太郎、勇者2人の視線が注がれる。

 アイヴィーは唇を噛んで俯いて、震える声を吐き出した。


「……その、通りだ」


 ひまりの言う通りだった。

 前王が死んだあの日。アイヴィーには秘密ができた。城の人間には言えない秘密。だから、この国のものではない勇者を呼んだ。


「……あ、ぁ」


 今この時は、まさに絶好の瞬間だった。

 勇者を呼んだ目的を、この2人にのみ明かすことができる。

「よくぞ分かったな」と告げなければならない。凛とした態度で、王らしく。

 だって、自分は王なのだ。グラース国を背負うことができる、たった1人の人間なのだ。

 だから。


「……あ、青の宰相か、赤の宰相が、国を裏切って戦争を始めようとしているんだ……」


 ──だから。

 くしゃくしゃに歪んだ泣き顔など、見せてはならない。

 助けて欲しいのに、誰にも助けを求められなくて、どうしたらいいか分からなくなって。

 それで勇者を呼んだなんて。

 そんな子どもじみた理由を、知られてはならない。

 ……なのに涙が止まらない。


「ど、どちらかは分からない。前王が死ぬ間際……、情報を……っ、私はそれを元に、証拠を探した。だが、これ以上動けば、……う、裏切った宰相に気づかれる。でも、城の者は裏切り者に通じている可能性が……あるっ」


 しゃくりあげながら必死に伝える。

 1番信頼していた王の右腕。その宰相2人の内、どちらかが国の平和を壊そうとする裏切り者。

 さらに城内の者は、既に宰相の息がかかっている可能性が高い。

 アイヴィーはもう、誰のことも信頼できなかった。


「だ、だから、だから……っ」

「うん、分かった」


 アイヴィーの目から溢れる大粒の涙を、柔らかい布が掬う。涙を拭ったタオルから、ひょこりとプテラノドンのぬいぐるみが顔をのぞかせた。


「大丈夫だよ、王様。あとは勇者に任せてください」


 プテラノドンタオルをアイヴィーに渡して、ひまりは真剣な顔で頷いた。

 葉太郎も一歩前に出て、アイヴィーの前で片膝をついた。


「俺たちが、どちらが戦争を始めようとしているのか調べてやる。……だからもう泣くな」


 ひまりがアイヴィーの手を握る。

 アイヴィーは大粒の涙をこぼしながら、何度も何度も頷いたのだった。


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