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俺のかわいい妹がハッピーエンドをお望みだ~勇者志望の妹のため、兄は全力で裏方に徹する!なお、周囲の被害は気にしない~  作者: 結丸


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1-2

 イェルがまぶたを開くと、光の糸で編まれた海が広がっていた。

 黄・橙・金の入り混じった暖かな色合いの海が、どこまでもどこまでも続いている。

 手足の感覚はない。自分の白い肌も、透明感のある薄水色の長い髪も見えない。

 鏡はないが、イェルはすぐに理解できた。自分は肉体から解き放たれ、魂だけの姿になってこの場所にきたのだ、と。

 神官に代々語り継がれた勇者召喚の術の中で、この場所はこう呼ばれている。

 異世界と自分の世界をつなぐ境目、すなわち「境界きょうかい」と。


(ここが境界……、とても神秘的ですね)


 美しい光景に思わず見とれたが、すぐに自分の役割を思い出す。


(早く勇者を見つけなくては)


 のんびりしている暇はない。イェルは感覚を研ぎ澄ませた。

 イェルの頭の上に、ぱっと小さな灯りが灯ったような感覚があった。

 これだ。イェルはその灯りを吸い込むようなイメージで引っ張る。

 灯りが少しずつ自分に近づいてくる。ぱしゃん、と光の海が波打った。

 なにかが境界に落ちてきたのだ。

 イェルはそっとそこに近づいていく。魂だけになっている今、自分が移動できるのかどうか不安だったが、泳いでいる自分をイメージすると、すぐにたどり着くことができた。

 たどり着いたその先で、黒髪の少女が光の海の中で静かに眠っていた。

 イェルと異なり、少女は肉体を伴っている。異世界から肉体ごと連れて来たからだ。

 年齢は王と同じ10歳前後の子どもだろう。イェルはほっと息をついた。


(よかった。召喚は成功です。あとは彼女が、勇者として正しき心を持っていてくれるよう願うばかりです)


 祈るように少女を見つめて、イェルはふと気づいた。

 黒髪の少女の胸元で、きらきらとなにかが光り輝いている。


(これは……、勇者の証明でしょうか? 確か言い伝えでは、勇者にはその証と力が授けられると言われていましたね)


 波に揺られながら、イェルがそんなことを考えていた時だった。


『ふんっ!!』


 どがしゃん、ばりん、ぼっちゃん。

 気合の入った鼻息とともに、光の海になにかが落っこちてきた。


(……?)


 イェルは首を傾げた。(実際のところ、魂だけになっているので首はないが)

 既に勇者は境界に呼び込んだはずだ。一体何が落ちてきたのだろう。

 不思議に思って落下物に近づこうとしたその瞬間。


『ひ  ま  り  いいいいーーっっつ!!』


 波しぶきと共に、成人男性が激しいバタフライでこちらへ突進してきた。


『キャーッッ!?』


 イェルは叫んだ。魂だけになっても叫べるんだ、知らなかった。

 突進してきたそれは少女の前で急停止。激しい波にさらわれ、イェル(魂)は水面を転がるビーチボールのようにぽーんと飛んでいった。

 バタフライ男、もとい葉太郎は光の海で眠るひまりを抱きかかえ、外傷がないか確認した。ただ眠っているだけだと分かると、全身で安堵あんどの息をつく。


『ああ、ひまり。怖かっただろう、ごめんな。さあ、一緒に帰ろう』

『ちょちょちょ、待ってください。なんなんですか、あなたは!』


 波に流されるままだったイェルは、慌てて乱入者の元にばしゃばしゃ戻ってきて叫ぶ。


『勝手をされては困りますっ。彼女は選ばれた勇者なんです。グラース国を救っていただくという使命が』

『ああ……?』


 葉太郎がぎろりとイェルの魂を睨む。その恐ろしい形相ぎょうそうに、イェルの魂がぴょんと跳ねた。


『さては貴様が、この妙な空間にひまりを連れ込んだ張本人か。誘拐犯』

『ゆっ……!? わ、私は3国の中立を担う神官で』


 葉太郎はがしっ!とイェルの魂をわしづかみにした。

 わあ、魂って掴めるんだ、とどこか他人事のように心の中でつぶやく。


『どんな手品かは知らんが、LEDライトの分際ぶんざいで俺の妹をさらおうとはいい度胸だなあ!? 瓶詰めして玄関に吊るして、センサーライトにしてくれるわ!!』

『ギャーッッ!? イヤーッ!!』


 イェルは叫ぶ。LEDもセンサーライトも分からないが、とにかく怖い。怖すぎる。

 光の海がぐにゃりとゆがむ。それに合わせて、ひまりの体がゆっくりと飲み込まれていく。


『おい! ひまりを放せLEDライト!』

『たぁすけてええーーっ!』 


 どったんばったんと暴れる2人。その横ですやすやと眠るひまり。

 暴れる最中、ひまりの胸元で輝いていた光が「ぽろっ」と剥がれ落ち、葉太郎の腕に張り付いた。

 しかし騒ぐ2人と眠る1人がそれに気が付くことはなく──、3人は光の波の中に落ちていったのだった。



 □□□□



 そして場所は戻り、勇者召喚(しょうかん)の儀式の場。


 そこはラタの森と呼ばれる場所だ。グラース王城の東にあるその森は、大樹からあふれ出る魔素で満ちている。そのためさまざまな祭事をおこなう場として利用されていた。

 しかし今日行われているのは勇者召喚。普段の祭事とはわけが違う。

 警備を任されたヒイラギ騎士団の間にも、いつもとは違う緊迫感きんぱくかんただよっている。

 彼らの中心には石の祭壇に横たわったイェルがいた。眠るイェルに、王であるアイヴィーがひょこりと近づいた。

 そんなアイヴィーを、騎士きし団員が再び後ろに引き戻す。先ほどイェルを受け止めた青年だ。


「王、何度も言いますが危険です。あまり近づかないように」


 彼はグラース国のヒイラギ騎士団副団長、フィーロ。21歳という驚きの若さだが、その冷静さと剣の腕を買われて副団長という地位についた。

 35年ぶりの勇者召喚だというのに、その表情からは興奮こうふんも緊張も一切読み取れない。

 アイヴィーは口を尖らせた。


「そうは言っても、寝てるようにしか見えないぞ。本当に大丈夫なのか?」


 なんでも魂だけをここではない空間に飛ばし、異界から勇者を連れてくるという話だが、本当にそんなことができるのだろうか。


「大丈夫です。よく御覧ごらんください。あの神秘的な姿を」

「う……ゔ~ん……、瓶詰びんづめはいや……」

「うなされてるようにしか見えないが」

「もっと真剣に、心の目と耳でご覧ください」


 真顔で無茶ぶりをする副団長。

 こいつこういうところがあるんだよなあ、と王は心の中で呟いた。

 一応もう一度祭壇を見てみる。額に汗をかきながら、イェルはうんうんと唸っていた。


「やっぱり寝てるだけじゃ……」


 言いかけたその時。

 イェルが「かっ!」と目ん玉をかっぴらき、ばねのように飛び上がる。


「ぎゃーっ!!」

「ぎゃーっ!?」


 イェルが叫びながら飛び起きた。その勢いに驚いた王がひっくり返った。

 静かに見守っていた周囲の人間たちがざわめきだす。


(神官殿が目覚められた!)

(ということは、勇者がついに召喚されるのか!)

(一体どこに……!?)


 期待に胸を躍らせる騎士団一行。周囲に満ちるお祝いムード。

 そんな中、祭壇から降りてぜいぜいと肩で息をしたイェルが、青い顔で叫ぶ。


「気を付けて! ()()()!!」


 何が「くる」のか。それはもちろん彼らが待ち望んだ存在「勇者」だろう。

 だが「気を付けて」というのは? 兵士たちが顔を見合わせて首を傾げる。

 彼らの疑問が解けるより早く、イェルの背後の空間が歪む。光の糸が空で揺らめき、大きな花のつぼみになった。

 神秘しんぴ的な光のつぼみがゆっくりと花開き──、静かに眠る長い黒髪の少女が1人現れる。

 その神々しさに誰もが息を呑み、そして確信する。

 あれが、あれこそが勇者なのだ、と。

 皆が歓声をあげようとしたそのとき。


「わしっ」と。光の花びらからもう一本手が生えた。


 その腕には燦然さんぜんと輝く金色の輪っかが付いている。イェルがその輪っかを見て出目金のように目をひんいた。

 ごつごつとしたその手は、眠る少女の手を決して離さないとばかりに強く握りしめる。


『貴ぃ様らああぁぁ』


 ずもももも、と不吉な効果音と共に。

 少女の背後からさらに男が飛び出してきた。


(なんか出てきた)

(追加で出てきた)


 予想外の出来事に、思考停止する王兵一同。

 男は少女を大切そうに寝台に寝かせる。そしてゆらりと首をもたげ、兵士たちを見渡した。

 獲物えものを捕らえたその目が、ぎらりと光る。


「俺の妹を連れ去ろうとは……、いい度胸どきょうだなあああ!?」

「「「ぎゃーっっ!!?」」」


 歴史に残る勇者召喚。

 グラース国の大騒ぎはのちのちまで語り草になった。


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