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ひまりが魔術の特訓をしていたその頃。
「お」
「あ」
城内の鍛冶場で、葉太郎と青の宰相が遭遇した。
2人は特に話すこともなく、どうも、とお互い会釈する。
「おんやあ、青の宰相様。どうしてこんな熱い場所に」
恰幅のいい鍛治師の親方が、どすどすと歩いてきた。
青の宰相は小脇に挟んでいた書類を見せる。
「追加申請された鉱石の量を確認していただこうと思いまして」
「ほっ。わざわざすまんのう。氷柱のそばで待っててくれ」
鍛冶場には火の熱さを軽減するため、魔術で生成された氷柱が並べられている。
葉太郎と青の宰相は、なんとなく並んで座った。
「勇者殿はどうしてここに?」
「いや、鍛治師達に少し相談をしようと思ってな」
鍛治師に相談?
武器でも頼みに来たのだろうか。
そこで青の宰相は「はっ!」とした。
(……そういえば、この人丸腰じゃないですか!?)
服と鎧は支給していたが、肝心の武器を持たせていない。
そのままグレートレント討伐に行って帰ってきたのだと、今さら気づく。
いやでも、だってほら、と青の宰相は頭の中で言い訳する。
なにせこの男、グレートレント討伐の任を受けてから、ひまり用の雨ガッパを鍛冶師に依頼したり、魔術師に虫除けの術をかけさせたりと、ほうぼう飛び回っていたのだ。
しかも出発の時は、達成感に満ちた魔術師&鍛治師達から盛大に送り出されていた。あれだけ準備をやり切った感を出して送り出されて、誰が気づくだろう。
準備が万端だったのはひまりだけで、この男はほとんど着の身着のまま魔物退治に行ったということに。
……それはそれですごいことだが。
青の宰相はだらだらと汗を流した。
(いけませんっ! グラース国は勇者にろくな装備も与えず魔物討伐に行かせたなどと思われては、こけんに関わります! なんとかして今から挽回しなくては)
「そ、相談とは武器のことですか?」
「ああ。この前のグレートレント戦は無事終わったが、今後もそううまくはいかないだろう」
葉太郎はくっと悩ましげに首を振った。
「ひまりはお年ごろだ。本当はもっとかわいい変身ステッキとかを装備したいはず。見た目は戦闘のモチベに大きく関わってくるからな」
「ちょっと待ちなさい」
青の宰相はストップをかけた。
「あなたの武器を作りにきたんじゃないんですか?」
「俺は別にいらん。ひまりのQOL向上が最優先だ」
「……あなたは本当に、ヒマリ様が大切なんですね」
「大切だ。お前もそうなんじゃないのか」
アイヴィーを大切にしているのだろう、と。
暗にそう言われて青の宰相はため息交じりに笑った。
「そういうのとは違います。私は前王の時代からこの国に仕えていました。代替わりしたから、次の王に仕える。ただそれだけです。」
「ほー。それでわざわざ王の学びにイラストや人形劇を取り入れたりしたのか」
「なぜそれをっ!」
青の宰相はばっと葉太郎の方を見た。葉太郎はにやりと笑う。
「グレートレントの授業の後から、積極的に絵や豆知識を交えて教えるようになったらしいな。王と一緒に歴史の授業を受けたひまりが言っていたぞ」
「あれは……、試しにやってみただけです! 学びの吸収率がよくなるなら、それに越したことはありませんから!」
もっともイラストが下手すぎて、授業を覗きに来た赤の宰相にさんざんからかわれたのだが。
「成果は出ているぞ。ひまりはしっかりとノートにとっていたからな」
「あー、そうですか。それは何よりです」
鍛冶師の親方が書類を持って戻ってきた。
青の宰相はそれを受け取って、足早に歩き出す。
入口の手前で止まり、葉太郎の方を振り向いた。
「あなたも何か武器を作ってもらったらどうです。ひまり様のことを思うなら、なおさら自分のことも大切になさい」
言葉を受けて、葉太郎はふむ、と思案した。
「ひまりのことを思う武器……か。戦闘中にひまりを応援できるように、うちわとか頼むか……」
ぶつぶつと思案する葉太郎を見て「わしら、また妙なもん作らされるんかのう」と鍛冶師の親方は不安になったのだった。
□□□□
それから数時間後、夜もとっぷり更けた頃。
グラース城会議の間。
数日前、グレートレント討伐の報告会が行われていた場所。今そこには青の宰相が1人きりだった。
「やあ、遅れて申し訳ありません。勇者ヒマリ殿と王様の魔術の特訓に付き合っていたものですからあ」
のんびりとした声と共に、赤の宰相が入ってくる。
赤の宰相は防音の魔術をかけて着席した。
「どうしたんですかあ、青の宰相」
「……ヒマリ殿を呼んでから、王様の様子はどうですか」
「そうですねえ、ちょっと雰囲気が柔らかくなったと思いますよ。友人のような存在ができて、嬉しいんでしょう。勇者召喚では予想外の良い効果が得られましたね」
赤の宰相はへらりと笑う。
「あなたが心配していた『戦争をするために勇者を召喚した』可能性も、これで解決するんじゃないですかあ?」
アイヴィーが宰相達にも教えない、勇者召喚をした本当の目的。
青の宰相と赤の宰相が考えたのは「他国と戦争をするために召喚した」だった。
流行り病で父と母を亡くし、ある日突然玉座に座らされた王。
幾多の修羅場をくぐり抜けてきた大人たちの悪意の渦に、小さなその身で飲み込まれてしまった王様。
即位してから、他国との会談で命を狙われるなど珍しくもない。グラース国を揺さぶろうと、国境付近で小競り合いを仕掛けられることも増えた。
のしかかる重責と敵意。アイヴィーが相当なストレスにさらされたのは、想像に難くない。
人は突然攻撃をされたり、悪口を言われれば怒る。報復だってするかもしれない。
当たり前の話だ。アイヴィーだってそうだろう。
ただ彼女の場合、報復を行えば、そのまま戦争へとつながってしまうというだけだ。
腹が立ったから強い勇者を召喚して、他国をやっつける。
子どもの理由だ。宰相達はアイヴィーがそんな子どもの感情に振り回される子どもではないと分かっている。
だが2人は、戦争中に何百人と見てきたのだ。理不尽な悪意と災害に見舞われ、精神的におかしくなる人間を。
アイヴィーがそうならないとは言い切れない。
「確かにヒマリ殿が王の精神的な支えになっているようですが、まだ油断はできません。そもそも、我々が予測している目的が当たっているかも分からないのです。我々は引き続き勇者の有用性を示しつつ、王を見守らねばなりません」
「ま、それはそうですねえ」
赤の宰相は少し首を傾けた。
しわだらけの指で、赤い肩布を掴んで見つめた。
「青の宰相。もし王が本当に戦争をしようと言い出したら、あなたは従いますかあ?」
問いかけに、青の宰相は不愉快そうに眉間の皺を増やして即答する。
「──それが王の望みなら」
「ですよねえ」
赤の宰相はへらりと笑う。
「そのときは、なるべく勇者2人は遠ざけたいですねえ。絶対反対するでしょうし」
「まずそうならないように努めます」
話は終わりだとばかりに、2人は同時に席を立って歩き始める。
渡り廊下から見る庭園の上にはまん丸い月が上っていた。
「ところで青の宰相。教える意欲が高いのはいいですが、せめて魔方陣の絵はもうちょっと練習したほうがいいですよお」
「うるさい」




