1-1 記念すべき勇者召喚、もとい、乱闘。
幸上 葉太郎。
アルバイトで鍛えた肉体と貫禄のある老け顔のせいで、よく年上に間違われる19歳。
昔は水族館や映画館で「学生1枚」を主張するたび、窓口の人に首を傾げられたものだ。しかしそんな葉太郎も昨年高校を卒業して就職。ついに「おとな1枚」の仲間入りを果たした。
学生証の割引が無くなったのは痛手だが、家族のために金が稼げるようになったことは嬉しい。
家族、そう、妹。
葉太郎の妹、幸上 ひまりは、葉太郎の生きる意味そのものだった。
ぴかぴかの小学5年生。大きな瞳にぷくぷくのほっぺ。背たけはクラスで真ん中くらい。
ささいなことで陽だまりのように笑い、誰かの幸せを自分のことのように喜ぶ。
優しい妹、かわいい妹。嗚呼、ひまりイズフォーエバー。
そんな幸せの象徴に、自分が捧げられる幸福をすべて与えたい。それが葉太郎の願いだった。
この物語は、そんな重度のシスコンの異世界転移ファンタジーコメディである。
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本日は日曜、晴天なり。
葉太郎とひまりは、近所のコンビニに向かっていた。目当ては期間限定品のアイスである。
ひまりが長い黒髪をゆらしながら、ぱたぱたと足踏みをした。
「お兄ちゃん、早く早くっ」
「はは、ひまり。そんなに急がなくてもアイスは逃げないぞ」
彼女の首元には、葉太郎が去年プレゼントしたプテラノドンタオルが巻かれている。
プテラノドンタオルとは、デフォルメされた翼竜の頭がついた肩掛けタオルだ。
タオルをくるりと肩に巻くと、プテラノドンの頭がちょこんと肩に乗る仕組みになっている。
これを装着したひまりは可愛さ120%アップ。葉太郎はしょっちゅう「えっ、俺の妹かわいすぎ……?」と1人で口元を抑える茶番をやっている。
「お兄ちゃんはレアチーズ味とプリン味、どっちがいい?」
優しく微笑むひまりを見つめ、葉太郎の幸福ホルモンが爆上がりした。今絶対細胞とか若返っている。(根拠はない)
「迷うなあ。ひまりはどっちがいい?」
「うーんとね」
ひまりが小首を傾げると、プテラノドンの首もこてんと倒れる。
かわいい。アイスをダース単位で買ってあげたい。
(くっ、俺にもっと財力があれば! 家から石油でも湧いてこんだろうか)
葉太郎がそんな突拍子もないことを考えた瞬間、突如ひまりの足元が光る。
「まさか石油!?」という考えが頭をよぎった。しかしその光は石油のように湧き出ることはなく大きく広がり、底なし沼のごとくひまりの足を飲み込んだ。
「!? お、お兄ちゃん!」
「ひまり!」
とぷん。ひまりの小さな体が悲鳴ごと光に飲み込まれた。
突然のファンタジー展開。一般人なら茫然と立ち尽くすであろうこの状況。
しかしシスコン葉太郎はブレない。
突然ワームホールが生まれようが、恐竜が現れようが、優先事項はただ1つ。
それすなわち、ひまりの安否。
葉太郎は迷わず両手を前に地面を蹴り上げ、プールに飛び込む水泳選手のごとく、光の穴に飛び込んだ。
「ひまりいいいいいーっ!!」
葉太郎の華麗なストリームラインとともに、彼らの異世界転移は始まったのだった。
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さて、ひまりが光に飲み込まれた異世界の話をしよう。
場所は変わり、世界も変わり。
日本とは異なる理を持つ世界──、異世界ルガール大陸。
その大陸の3分の1ほどの領地を持つグラース国では、今まさに勇者を召喚する儀式が執り行われていた。
神聖な魔素に満ち溢れた森の中。
白い貫頭衣に身を包んだ長い髪の女性が、銀の杖を鳴らす。それに合わせて、髪につけた花飾りもしゃらりと揺れた。
彼女の名は神官イェル。17歳でありながら、勇者召喚という大役を与えられた女性である。
「只今より、勇者召喚の儀を執り行います。儀式の間、私神官イェルはこの場において最上位の権利を有します」
涼やかな声で宣言し、周囲をぐるりと見回した。彼女を取り囲むのはグラース国王城の精鋭騎士団「ヒイラギ」の面々。そしてその中心には、1人の少女。
年は10歳ほど。輝くプラチナブロンドに緑の瞳。礼拝堂で見たならば、神の使いと見間違う神秘的な美しさ。その表情には、年に不釣り合いな不遜さが見て取れる。
しかしそれも当然のことだろう。
なぜなら彼女こそはグラース国の頂点。アイヴィー・グラース国王その人なのだから。
イェルの元に、騎士の1人がひざまずいて捧げものをした。
紺の布にずっしりと沈んだ、表面に傷ひとつない深緑の宝玉。勇者召喚の儀にあたり、グラース家の王冠からくり抜かれたものだ。
最高級品の宝玉を受け取り、イェルは王へ頭を下げた。
「グラース国王、アイヴィー・グラース。その御心をここに」
銀の杖を揺らすと一陣の風が吹いた。
「その望みを、この風に」
これは儀式の一環だ。王の望みを風に乗せて神へと運ぶ。
望みを口にしろと言われた王は、片方の眉を上げて口の端を歪めて笑う。
「他の国を圧倒する強い勇者を、ここに」
ぶわりと舞う風が、王の前髪を揺らす。イェルが手にした宝石が煌めいた。
イェルの瞳がゆっくりと閉じていく。意識を失った体を騎士団員が抱え、大理石の寝台に寝かせる。
王は疑いの眼差しでイェルを見つめた。事前に神官達から受けていた説明どおりなら、今彼女の魂はこの場を離れ、異世界から勇者と召喚すべく狭間の世界に飛んでいったはずだ。
「本っ当にうまくいくんだろうな……」
──幼い王の言葉どおり「強い勇者」は召喚される。
妹をとても大事にしていて、ものすごーく大事にしていて、それ以外のことを全然考えていなくてめちゃくちゃ強い、とてもはた迷惑な勇者が、グラース国にやってくるまであと5分ちょっと。
本作は完結まで書き進めております。
大体毎日更新する予定です。
久しぶりの投稿となります。ギャグコメファンタジー好きの方は是非お読みください。
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