第8話 冒険者ギルド
王立魔法学園の外に出ると、
世界は驚くほど無秩序だった。
人が多い。
声が大きい。
空気が、重い。
《環境危険度:学園比+37%》
AIの表示が、静かに現実を告げる。
(……ここが、現場か)
◆
冒険者ギルドは、街の中心にあった。
装飾はない。
威厳もない。
代わりにあるのは、
傷と、怒鳴り声と、酒の匂い。
「登録か?」
受付の男が、顔も上げずに言った。
「ああ」
「身分証」
俺は、学園の退学証を差し出す。
男は一瞬だけ目を上げ、鼻で笑った。
「学園落ちか」
否定しなかった。
《対人評価:低》
◆
手続きの途中、
男は淡々と説明を続ける。
「ランクはF。
雑用が中心だ」
壁に貼られた依頼札を、顎で示す。
「薬草採取。
報酬は銀貨二枚」
銀貨二枚。
学園で一か月暮らす食費より、少し安い。
《報酬期待値:低》
「死んでも、街は困らない」
率直すぎる言い方だった。
◆
「異論は?」
「ない」
「なら、これ持ってけ」
木札と、簡単な地図。
「帰ってきたら、金を渡す」
それだけだ。
◆
初仕事は、街道から外れた林。
同行のFランク冒険者が、軽口を叩く。
「割に合わねえよな。
銀貨二枚じゃ」
「生きて帰れればな」
俺が言うと、笑われた。
「大げさだ」
《危険度:低→中》
AIの表示が、変わる。
◆
風向きが変わった。
地面の魔力が、わずかに歪む。
「……戻った方がいい」
「今さら?」
男は聞き流し、先に進んだ。
◆
五分後。
草むらが揺れた。
「――出たぞ!」
低級魔物。
数は少ない。
だが、位置が悪い。
《包囲率:上昇》
俺は、最小出力で魔法を放つ。
派手さはない。
だが、確実に止める。
一体。
二体。
残りは、逃げた。
◆
静寂。
荒い息。
「……助かったな」
同行者が、舌打ちする。
「銀貨二枚にしちゃ、危なかった」
「だからだ」
「何がだ?」
「帰ってからの話だ」
◆
ギルドに戻ると、
受付の男が、少しだけ驚いた顔をした。
「全員帰還?」
「ああ」
「……珍しいな」
報告書を渡す。
地形。
風向き。
魔物の数。
男は、途中でペンを止めた。
「細けえな」
「覚えてるだけだ」
《虚偽率:0%》
◆
男は、引き出しから銀貨を二枚出した。
机の上に、軽い音を立てて置く。
「これで終わりだ」
俺は、銀貨を受け取る。
軽い。
だが――
確実に、手元に残った。
《収支:黒字》
◆
ギルドを出ると、
夕方の光が街を照らしていた。
学園より、ずっと汚い。
だが、ここでは――
生きて帰ることが、仕事になる。
《暫定結論:
生存=成果》
AIの表示が、短くまとまる。
(……悪くない)
ここなら、
評価されない正解が、
金という形でも残る。
俺は、次の依頼札を見上げた。
赤い印。
【高リスク】
銀貨の枚数は、
その下に小さく書かれている。
《報酬:銀貨十五枚》
……生きて帰れれば、だ。
俺は、札を剥がした。
静かに。
確実に。
冒険者としての一歩が、
今、現実の重さを持って始まった。




