第7話 別れと、出発
退学届は、驚くほどあっさり受理された。
理由を問われることもない。
引き留めも、説得もない。
《処理時間:即時》
《備考:問題なし》
問題がないはずがなかった。
だが、この学園にとって――
俺が消えることは、問題にならない。
◆
寮の部屋は、最初から何もなかった。
粗末な机。
ベッド。
最低限の私物。
まとめるほどの荷物はない。
《滞在履歴:短期》
AIの表示が、淡々と事実を並べる。
◆
廊下に出ると、
剣士科の訓練場から、いつもの金属音が聞こえた。
一人、欠けている。
それだけで、空気が違った。
「……行くのか」
カイルの同期が、声をかけてきた。
「ああ」
「逃げるわけじゃねえよな」
「生き残るだけだ」
彼は、少し考えてから頷いた。
「それでいい」
◆
学園の正門。
見上げると、結界が張り巡らされている。
守るための結界。
だが――
守られない者もいる。
《結界構造:閉鎖的》
AIが、冷静に分析する。
◆
「待って」
背後から、声。
振り返ると、エリナが立っていた。
制服姿。
だが、いつもの自信はない。
「……行くのね」
「ああ」
「あなたなら、
この先でも評価されないかもしれない」
「知ってる」
「それでも?」
「評価されなくても、死なない場所に行く」
エリナは、唇を噛んだ。
◆
「私は、残る」
彼女は、そう言った。
「ここで、力を得て、
守れる立場になる」
「それが、君の選択だ」
「……あなたは?」
「俺は、ここじゃない」
《選択分岐:確定》
AIが、短く表示する。
◆
エリナは、一歩近づいた。
「あなたのやり方は……正しいと思う」
初めて、はっきりと。
「でも、この世界では、
正しいだけじゃ、上に行けない」
「上に行く気はない」
「……嘘」
図星だった。
俺は、少しだけ視線を逸らす。
「生き残った先で、
必要になったら考える」
エリナは、苦笑した。
「本当に、変な人」
◆
「これ」
彼女は、小さな魔導具を差し出した。
「簡易鑑定器。
支援・研究科の試作品」
「いいのか」
「どうせ、評価されないもの」
《装備取得:鑑定補助》
AIが、静かに反応する。
◆
「また、会える?」
エリナの声は、かすかだった。
「生きていれば」
「それ、答えになってない」
「冒険者は、そんなものだ」
少しだけ、沈黙。
「……気をつけて」
「ああ」
それで、別れだった。
◆
門をくぐる。
結界の感触が、背中から消える。
《保護領域:離脱》
空気が、少しだけ重くなった。
危険だ。
だが――
自由だ。
◆
街道。
荷馬車が行き交い、
行商人が声を上げる。
生きるための音が、満ちている。
(ここからだ)
俺は、歩き出す。
《次目標:冒険者ギルド登録》
《環境変化:高リスク》
AIが、淡々と告げる。
「……カイル」
俺は、心の中で名前を呼んだ。
ここから先は、
評価も、肩書きも、結界もない。
あるのは――
当たるかどうかだけだ。
俺は、前を向く。
静かに。
確実に。
学園は、終わった。
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