第6話 貴族というバグ
模擬戦演習の告知が出たのは、共同研究課題の直後だった。
「基礎課程合同模擬戦を実施する」
掲示板の前で、貴族生徒たちが楽しげに話している。
「やっと実戦形式か」
「評価、跳ねるぞ」
模擬戦は、学園で数少ない
“成績が一気に動く”授業だった。
◆
「嫌な予感がする」
カイルが、ぽつりと言った。
「剣士科は、こういう時いつも――」
「囮だな」
俺が言うと、カイルは苦笑した。
「言うなよ。
分かってる」
《役割予測:前衛・被弾率高》
AIの数値は、淡々としている。
◆
事前説明。
教師は、結界展開区域を指し示した。
「結界内での模擬戦だ。
実戦同様に動け」
安全性についての説明は、簡単だった。
「致命傷は防がれる。
以上だ」
《結界強度:未公開》
《安全保証:曖昧》
……情報が足りない。
◆
班分けは、すでに決まっていた。
魔法科上位。
貴族中心。
その前に――
剣士科。
「前に出ろ」
命令口調。
カイルが、小さく息を吐いた。
「行ってくる」
「無理はするな」
「無理しないと、評価されねえんだよ」
それが、この学園だ。
◆
模擬戦開始。
魔法が飛び交う。
派手な閃光。
爆音。
観客席から、歓声。
だが――
違和感があった。
《結界干渉:不安定》
《負荷偏重:前線》
結界が、剣士科側にだけ歪んでいる。
(……意図的か)
◆
「前に出ろ!」
貴族生徒の号令。
カイルたちが、前進する。
魔法が、後方から放たれる。
狙いは――
雑だ。
《命中誤差:大》
剣士科が、避ける。
受ける。
耐える。
それでも、前に出る。
◆
その瞬間だった。
結界が、歪んだ。
《警告:結界強度低下》
《推定原因:過剰出力》
「下がれ!」
俺は叫んだ。
だが、爆音がそれを掻き消す。
火球が、想定以上の威力で炸裂した。
結界が、耐えきれず――
割れた。
◆
衝撃。
視界が白くなる。
《致死確率:89.4%》
AIの数値が、冷酷に浮かぶ。
カイルが、前にいた。
俺の視界に、彼の背中が映る。
次の瞬間――
爆風が、すべてを飲み込んだ。
◆
静寂。
煙が晴れたとき、
結界は、再展開されていた。
「……事故だ」
教師の声。
「結界の想定外負荷によるものだ」
倒れている者たち。
その中に――
動かない一人。
カイル。
◆
駆け寄ろうとした俺を、制止する腕。
「下がれ」
貴族生徒だった。
「まだ危険だ」
《生命反応:消失》
AIが、確定を告げる。
◆
治療室。
白い布。
「……残念だったな」
教師は、そう言った。
「名誉ある事故だ」
名誉。
その言葉が、理解できなかった。
◆
数日後。
処分は、なかった。
結界担当は、軽い注意。
魔法出力者は、無罪。
「不可抗力だ」
それで、終わりだった。
《因果関係:切断》
《責任所在:消失》
◆
墓地。
簡素な墓標。
カイルの名だけが、刻まれている。
「……生き残れって言ったのに」
返事はない。
風だけが、通り抜ける。
《感情変数:不可逆損失》
AIが、初めて見慣れない項目を表示した。
◆
背後で、足音。
エリナだった。
「……ごめんなさい」
「君が謝ることじゃない」
「でも……」
彼女は、言葉を探す。
「この学園に、
あなたは向いていない」
「知ってる」
「それでも、ここにいたら――」
「次は、俺が死ぬかもしれない」
エリナは、否定できなかった。
◆
その夜。
寮の部屋で、俺は荷物をまとめた。
《学習フェーズ:完了》
《目的変数:再定義》
AIが、静かに表示する。
(学園では、生き残れない)
ここは、
壊す力を競う場所であって、
生きる力を育てる場所ではない。
なら――
行く場所は、一つだ。
評価されない正解が、
そのまま命になる場所へ。
《次行動候補:冒険者登録》
俺は、扉に手をかけた。
振り返らない。
ここで失ったものは、
ここでは、取り戻せない。
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