第3話 天才は、精度を知らない
実技演習の日は、学園全体が浮つく。
理由は単純だ。
この授業だけは、分かりやすく優劣が決まる。
出力。
範囲。
どれだけ派手に壊せるか。
王立魔法学園における実技評価は、それがすべてだった。
◆
「本日の課題は、初級攻撃魔法の威力測定だ」
教師が淡々と告げる。
「結界は最大強度で展開している。
遠慮はいらん。
出せるだけ出せ」
制御についての言及は、ない。
《評価項目:出力・範囲・視認性》
《命中精度:評価対象外》
AIが即座に整理する。
(……なるほど)
当たるかどうかは、問題ではないらしい。
◆
魔法科の生徒たちが次々に前へ出る。
火球。
雷撃。
風圧。
結界が揺れるたび、観客席から歓声が上がる。
「すごい……」
「今の見たか?」
派手であること。
それ自体が、評価だった。
◆
エリナの番が来ると、空気が変わった。
詠唱は短い。
だが、魔力の集まり方が違う。
《魔力総量:異常値》
《出力予測:高》
放たれた火球は、
的を粉砕し、その奥の結界を大きく歪ませた。
衝撃音。
教室がどよめく。
「さすがだ……」
「やっぱり天才だ」
教師は満足そうに頷く。
《制御誤差:+9.3%》
《暴発リスク:17.8%》
――だが、それは誰にも指摘されない。
◆
カイルが、小さく舌打ちした。
「……剣だったら、怒鳴られてるぞ」
「魔法は違う」
俺はそう答えた。
「壊せばいい」
《世界評価関数:破壊力重視》
AIの表示は、冷たい。
◆
次が、俺の番だった。
前に出ると、
視線の質が変わる。
期待ではない。
確認だ。
「どれだけ低いか」を。
《推奨出力:40%》
《命中率:97.1%》
(抑えすぎか?)
だが、出力を上げれば、
俺の魔力制御では散る。
火球は、控えめだった。
音も小さい。
範囲も狭い。
だが――
的の中心だけを、正確に撃ち抜く。
焦げ跡は、円形で、無駄がない。
一瞬、静寂。
教師が口を開く。
「……威力不足だな」
それだけだった。
《評価:低》
命中については、
一言も触れられない。
◆
席に戻る途中、
カイルが拳を握っていた。
「なあ……」
「分かってる」
「当たってた」
「ああ」
「じゃあ――」
「この授業じゃ、意味がない」
それが、答えだった。
◆
休憩時間。
エリナが、こちらに歩いてくる。
初めて、はっきりと。
「あなた」
周囲が、息を呑む。
「どうして、威力を上げないの?」
「上げられるからといって、上げる必要はない」
「当たらなくなるでしょう」
「でも、当たってた」
彼女は、一瞬言葉に詰まった。
《感情反応:困惑》
《自己評価揺らぎ:微》
「魔法は、感じるものよ」
「感じるだけじゃ、外れる」
その瞬間、
エリナの眉がわずかに動いた。
「……あなたの魔法は、弱い」
「そうだな」
「でも」
言葉を探すように、一拍置く。
「……気持ち悪い」
それだけ言って、彼女は去った。
◆
カイルが小声で言った。
「褒めてないよな?」
「警戒だ」
《相互干渉:深化》
AIの数値が更新される。
◆
その夜。
寮の天井を見ながら、俺は考える。
(この世界では、
壊せる力が正義だ)
だから、天才は疑わない。
自分が正しいと。
自分が安全だと。
《仮説:高出力魔法は、長期的に事故率が上昇》
《補足推論:高出力魔法は、短期戦向き。長期戦では魔力枯渇率が急上昇する》
AIが、静かに示す。
だが――
その結果が出るのは、もっと後だ。
評価される間は、誰も止めない。
(なら)
俺は、目を閉じた。
評価されない正解を、積み上げるしかない。
ここでは意味がなくても。
ここを出た先で、意味がある。
《学習フェーズ:進行》
《次段階条件:未達》
静かな夜だった。
だが確かに、
“天才の魔法”と“俺の魔法”の間に、
埋まらない溝ができ始めていた。




