最終話 止めなかった世界
国の使者は、三人だった。
以前に来た男と、
書記官、それから――
神殿の印を付けた僧。
場違いなほど、静かな部屋。
◆
「報告を」
男が言う。
俺は、帳簿を差し出した。
税収。
人口。
流通。
どれも、変わっていない。
《期間集計:
悪化なし》
書記官が、何度も数字を見返す。
「……改善がありません」
「していない」
「施策は?」
「打っていない」
◆
神殿の僧が、口を挟む。
「奇跡は?」
「起きていない」
「加護は?」
「確認できない」
嘘はない。
◆
沈黙。
誰も、評価できない。
「つまり……」
使者の男が、言葉を探す。
「これは、成功なのか?」
俺は、少し考えた。
そして、答えた。
「失敗ではありません」
◆
「基準が、違う」
僧が、不満げに言う。
「救っていない」
「変えていない」
「導いていない」
俺は、頷いた。
「その通りです」
◆
「だが」
俺は、帳簿を閉じる。
「今日、誰も死んでいません」
それだけ。
◆
再び、沈黙。
使者の男が、深く息を吐いた。
「……評価は、できない」
「それで結構です」
◆
数日後。
俺は、領地を去った。
後任が来るかどうかは、知らない。
肩書きも、失効した。
《職務:終了》
AIが、静かに表示する。
◆
数年後。
その領地は、
地図から消えていなかった。
大きくもならず、
豊かにもならず。
だが――
存在していた。
◆
俺は、別の場所で、
別の帳簿を見ている。
名もない町。
似たような数字。
《世界継続率:
許容範囲》
AIは、もう多くを語らない。
必要なのは、
派手な答えじゃない。
間違えないことだ。
◆
英雄はいない。
神も、倒れていない。
世界は、
救われなかった。
だが――
今日も、
誰も死ななかった。
それで、十分だ。
完
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この物語では、
「何かを大きく変えること」よりも、
「間違えないこと」に価値を置いています。
派手な勝利も、劇的な奇跡もありません。
世界は救われず、神も倒れません。
それでも、今日を生き延びた人がいる。
それだけで、続いていく世界がある――
そんな考えから、この物語は生まれました。
主人公は特別な力を持っていますが、
それを振りかざすことはありません。
彼がしてきたのは、
「踏み込みすぎない判断」と
「遅れない決断」だけです。
学園、冒険者、領地。
立場は変わっても、
選び続けた基準は同じでした。
もしこの物語を読み終えたあと、
「派手じゃないけど、悪くなかった」
そう感じてもらえたなら、
それ以上のことは望みません。
最後まで、お付き合いいただき、
本当にありがとうございました。
またどこかで、
“続いている世界”の話ができれば幸いです。




