第19話 数字が止まる
変化は、静かだった。
誰も、気づかないほどに。
◆
朝。
役所の男が、帳簿を抱えて立っていた。
「……あの」
声が、わずかに震えている。
「何だ」
「人口が……」
彼は、紙を差し出した。
《人口推移:
流出 0》
俺は、黙って頷いた。
想定内だ。
◆
「昨日も、
誰も出て行っていません」
「そうか」
「……それだけ、です」
それだけ。
増えてはいない。
戻ってもいない。
だが――
減っていない。
◆
市場。
相変わらず、静かだ。
だが、店が閉じていない。
《店舗稼働率:維持》
一軒の店主が、ぽつりと言った。
「今日は、赤字じゃない」
それは、奇跡じゃない。
ただの、現実だ。
◆
畑。
作付けは、例年通り。
「増やせませんでした」
農夫が、申し訳なさそうに言う。
「それでいい」
彼は、戸惑った顔をした。
◆
夜。
帳簿を開く。
税収。
支出。
備蓄。
すべて、
昨日と同じ。
《収支差分:
±0》
AIの表示が、確定的になる。
◆
「……止まったな」
俺は、独り言を言う。
冒険者の時、
撤退できたダンジョンは――
死者が出なかった場所だ。
ここも、同じだ。
◆
数日後。
国からの使者が来た。
書類をめくり、首を傾げる。
「改善が、見えません」
「していない」
「では、失敗では?」
俺は、帳簿を指で叩く。
「失敗なら、
数字は下がる」
《論点:
成果定義》
使者は、言葉を失った。
◆
「だが、これは……」
「地味だ」
「ええ」
「評価できない」
「それでいい」
◆
使者は、最後に聞いた。
「調査官は、
何をしたのですか」
俺は、少し考え――
答えた。
「間違ったことを、しなかった」
◆
夜。
丘に立ち、領地を見下ろす。
灯りは、少ない。
だが、昨日と同じ数だけ、灯っている。
《生活継続率:100%(継続)》
AIが、淡々と示す。
(……十分だ)
英雄はいない。
祝福もない。
それでも――
世界は、続いている。
◆
俺は、背を向けた。
ここでの仕事は、
もう終わりに近い。
次に来る者は、
“変える人間”かもしれない。
だが、その前に――
壊れなかった。
それだけで、
この領地は、
未来に辿り着ける。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




