第18話 最初に、何もしない
翌朝から、視線が増えた。
役所の職員。
市場の商人。
畑で働く農夫。
皆、同じ目をしている。
――いつ、何をするのか。
◆
「調査官様」
役所の男が、恐る恐る切り出す。
「税についてですが……」
「触らない」
即答だった。
男が、言葉を詰まらせる。
「……上げも、下げも?」
「どちらもしない」
《税率変更:否》
AIが、淡々と記録する。
◆
「では、公共事業は?」
「やらない」
「雇用が……」
「今は、動かさない」
沈黙。
空気が、重くなる。
◆
「何もしない、ということですか」
ついに、誰かが言った。
「何もしない」
否定しない。
誤魔化さない。
◆
外に出ると、
すでに噂は広がっていた。
「何もしてくれないらしい」
「期待外れだ」
「やっぱり捨てられた土地だ」
《住民感情:
不安/失望》
当然だ。
彼らは、
“何か”を待っている。
◆
丘に立ち、領地を見下ろす。
畑はある。
家もある。
人も、まだいる。
だが、余力はない。
《余剰資源:極小》
(ここで動けば、
必ず誰かが脱落する)
冒険者の時と、同じ判断だ。
◆
夜。
帳簿を広げる。
税収。
人口。
流通。
どれも、悪い。
だが――
今日より悪くはなっていない。
《日次変動:
悪化なし》
それでいい。
今は。
◆
数日後。
一人の商人が、領地を出ようとした。
馬車一台分。
止める理由は、ない。
だが――
引き止める施策も、打たない。
《介入:否》
結果、
商人は、戻ってきた。
「……外も、同じだった」
小さな変化。
だが、確かだ。
◆
さらに数日。
市場は、相変わらず静かだ。
それでも、
閉じてはいない。
《市場存続:維持》
誰も評価しない成果。
だが――
消えていない。
◆
役所の男が、再び来た。
「このままで……
本当に、よいのでしょうか」
「良くはない」
俺は、はっきり言った。
「ただし、
最悪ではない」
《判断基準:
最悪回避》
◆
男は、納得していない。
当然だ。
英雄的ではない。
分かりやすくもない。
だが、
これ以上の一手は――
まだ、打てない。
◆
夜。
窓の外。
誰かが、灯りを消した。
だが、別の家では、灯りが点いたままだ。
《生活継続率:100%(本日)》
AIが、静かに示す。
(……止まったな)
改善ではない。
回復でもない。
だが、
崩壊が止まった。
◆
俺は、帳簿を閉じた。
最初にやるべきことは、
いつだって同じだ。
踏み込まない。
焦らない。
死なせない。
改革は、
生き残った後でいい。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
あと数話で完結になります。
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